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 「ゲイル、起きてください。ゲイル」

 相棒の呼ぶ声で、ゲイルは目を覚ました。納屋の中は、まだ暗い。蔀窓から覗く夜空には、まだ星が輝いている。

 「何だよサム……もう朝メシか?」

 「通信が入りました」

 まだ眠気が覚めないゲイルは、欠伸をしながら目をこする。夢見が悪かったせいか、やけに喉が渇いていた。

 「通信? 定期報告はまだのはずだろ?」

 「とにかく応答してください」

 出します、とサムの両目が光ると、納屋の暗闇に一人の男性の姿が現れた。立体映像ホログラフだ。

 「貴様ら、仕事は万事順調か?」

 通信相手の姿を見た瞬間、ゲイルは露骨に嫌な顔をして舌打ちをする。

 「いったい何時だと思ってるんだよ。今が朝に見えるようなら、眼鏡と時計を買い換えるんだなクソ野郎」

 頭をかきながら、ゲイルは男に向かって悪態をつく。だが男は冷笑を浮かべるだけで、まるで気にした様子はなかった。

 「相変わらず口の利き方がなってないな。ダラズ・ウェストパック特務捜査課長殿と呼べ」

 「フン、誰のお陰で課長になれたと思ってやがる。お前が昇進できるのは、俺たち特務捜査官が挙げた功績を掠め取ってるからだろ」

 「飼い犬が獲って来た獲物を、主人が食って何が悪い。貴様ら犬は黙って私のために狩りをすれば良いのだ。それとも、恋人がどうなっても構わないのか?」

 爬虫類じみた笑みを浮かべ、ダラズは片手で眼鏡の位置を正す。薄い色のついたレンズの奥の眼光は、彼が冗談や脅しで言っているのではない事を証明している。

 「てめえ……。ぐっ……」

 ゲイルは敵意を剥き出しにするが、すぐに苦痛で顔を歪める。ダラズに怒りを覚えるだけで、脳に粛清の痛みが走るのだ。

 「どうした? また良からぬ事を考えたか? 犬でも痛みを与え続ければ従順になるというのに、貴様はいつまで経っても学習しないな。この犬以下め」

 嘲笑するダラズの声が、ゲイルの痛みを増加させる。ダラズへの怒りの炎が燃えるほど、熱く脳を焼かれる。だがゲイルはダラズを憎む事をやめない。痛みに屈して服従するくらいなら、脳を焼かれて発狂する事を選ぶだろう。だがそれはできない事だ。

 「まるで狂犬の目だな。噛みつきたくてウズウズしているようだ」

 「よく解かってるじゃねえか。それが立体映像じゃなかったら、今すぐ噛み殺してやるんだがな」

 痛みを抑え込み、ゲイルはにやりと笑って骨すら噛み砕く歯を見せつける。威嚇するようにがちがちと鳴らすと、完璧に安全だと判っているダラズですら、僅かにたじろいだ。

 「無駄話はこれくらいにして、そろそろ本題に入っていただけませんか。ダラズ・ウェストパック課長殿」

 「む……そ、そうだな……」

 サムの言葉に、ダラズは冷静さを取り戻す。気を落ち着けるように眼鏡を正すと、先ほどまでの怯えた様子はどこにもなかった。

 「それで、どういったご用件でしょうか? 定期報告はまだだと思いますが」

 「なに、キャサリンが稼動したのをこちらで確認したのでね。その理由を問い質しに来たのだよ」

 「チ、いちいち小言を言いにきやがって。お前は小姑か」

 「ゲイル、経費は無限じゃないのだよ。あれを稼動させるのにいったいどれくらいのエネルギーを必要とするのか、知ってて言っているのかね? 私が納得できる理由があるのなら、言ってみたまえ」

 「私が報告します」と、サムが片手を上げる。

 「我々は標的の位置を特定するサンプルを入手しました。そのデータを元に惑星全域をサーチする事で、捜査の時間が短縮され、結果的に経費節約になると判断したのです」

 ゲイルはポーチを探ると、蟻頭から抜き出した核を取り出した。

 「こいつがそのサンプルだ」

 ダラズはゲイルの手の上で光る核を見て、ふむと頷く。ぶつぶつと何か小声で呟いているのは、頭の中でソロバンを高速で弾いているのだろう。経費はかかるが短期間で捜査を終えるのと、経費を安く抑えても捜査が長引くのでは、どちらが自分の評価に良いか。ダラズは耳から煙が出そうな集中力で演算する。

 「……まあ今回は大目に見てやろう。ただし、今回だけだぞ。経費に見合う結果が出せなかった時は、覚悟しておけ」

 捨て台詞を残し、ダラズの姿は掻き消えた。どうやら彼の弾いたソロバンは、サムの判断を是としたようだ。

 サムの両目から光りが消えると、納屋に再び暗闇が訪れる。蔀窓から入る僅かな星明かりだけが、うっすらと中のがらくたを浮かび上がらせていた。

 「フン、覚悟するのはてめえだ」

 ゲイルはダラズが立っていた場所に唾を吐く。立体映像だろうが、彼が立っていたというだけでその地面が汚染されたかのような反応だ。

 「管理職というのは、経費や部下の事で頭を悩ませるのが仕事ですからね」

 「フン。あんな奴、上司でも何でもねえ。ただの敵だ」

 「気持ちは解かりますが、彼しかキャサリンを助けられないという事を忘れないでくださいね」

 「わぁってるよ。それに、俺たちは直接あいつを攻撃できない。……何とか上手い手を考えないとな……」

 う、と眉間に皺を寄せるゲイル。だがそれは知恵を絞って考えているせいではない。恋人を奪った憎き相手に怒りを覚えるだけで、彼の脳には耐え難い苦痛が走るのだ。だがその痛みが脳改造手術の後遺症で記憶障害を持つ彼に、キャサリンを助けたいという思いと、ダラズたちを憎む気持ちを深く刻み込んでくれるのだ。

 だから彼は、この脳が焼け付く痛みをあえて受ける。この思いを決して忘れないように。

 「幸い、我々には時間だけはあります。焦らずにじっくりと策を練りましょう」

 「……そうだな。こればっかりは焦りは禁物だ。失敗は許されないからな」

 ダラズ一人を殺すくらいなら、方法などいくらでもあるだろう。だが冷凍刑にされたキャサリンを解凍し、精神を電脳から肉体に再移植する権限を持つダラズにとって、彼女は人質というよりは保険だ。無論、ダラズもそれを計算に入れているはずである。

 苛立つ気持ちを抑えつつ、ゲイルは再び横になる。今度は目が冴えて、なかなか寝付けなかった。

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