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 村長はゲイルの向かいに座り、観察するようにじっと見つめていた。

 ゲイルは食事を中断されたのが気に入らないのか、むすっとした顔を台所に向けている。台所ではサーシャが、村長が何の用かと緊張した面持ちで覗いていた。娘の背後ではリネアが、できあがった料理を運べず冷めてしまうのではないかと困っている。

 「それで、いったい俺に何の用だよ?」

 不機嫌さを隠さない声で、ゲイルが村長に言う。礼儀も何もない物言いだが、村長は気にしたふうもなく真剣な眼差しをゲイルに向けている。

 「実は、おりいってご相談がありまして、こうしてお話をさせてもらいに参りました」

 丁寧が過ぎる話し方に、ゲイルは舌打ちする。肩書きのある人間や目上の者がこういう話し方をする時は、どうせ禄でもない話だろうという感情がありありと出ていた。

 「森の怪物を、貴方が倒されたと孫から聞きました。さぞや名のある武芸者だとお見受け――」

 「能書きはいいからさっさと本題に入れ。俺はメシを邪魔されるのが、不味いメシの次に嫌いなんだよ。そしてその次に嫌いなのが、メシが冷める事だ」

 「これは……知らぬとはいえ、お食事を邪魔して申し訳ありません。では――」

 村長は卓の上で手の指を組むと、大きく息を吐いた。言いたくない事を仕方なく言わなければならないような、そんな溜め息にも似た吐息だった。

 「貴方にこの村に留まって、用心棒になっていただきたいのです」

 「どうせそんなこったろうと思ったよ」

 相手が用件を予想していた事に、村長の表情が明るくなる。

 「そ、それでは――」

 「いやなこった」

 だが明るくなった顔はすぐに曇った。

 「え…………?」

 「俺たちにはそんな暇も、この村を守る理由も無い。だいたい、この村には自警団があるだろ。あいつらを鍛えろ。特にお前の孫を」

 「し、しかし……怪物は城の騎士団ですら歯が立たないのです。そんなものに勝てるようになるまでには、いったいどれほどの月日がかかるか……」

 「だいたい、森の化け物はもう居ないんだ。用心棒なんて必要ないだろ」

 「それが、そうでもないのです……」

 どういう事だとゲイルが促すと、村長は訥々と語り始めた。

 最初に怪物が現れたのは、やはり十年前。村の守り神である火山が活動を再開した直後だった。

 だが怪物は知能があまり高くないのか、それともそういう性質なのか、縄張りの森からほとんど出なかった。おかげで今まで村が無事だったのだが、その怪物がいなくなった今、空き物件となった森に次の新たな怪物が住み着く可能性がある。それどころか下手をすると、新しい怪物は餌を求めて縄張りを広げる性質を持っているかもしれない。そうなれば森に近いこの村は、格好の餌場となるだろう。

 つまりゲイルのした事は、いたずらにこの村の危険を増やしただけなのだ。一つの因子を排除すると、全体のバランスが崩れて思わぬ災害が起きる。自然とは、人間が手を加えて調整できるほど単純ではないのだ。

 「こう言いたくはありませんが、貴方には責任をとっていただきたい。せめて安全が確認されるまで、しばらくこの村に留まっていただけないでしょうか?」

 責任を問われ、ゲイルも無碍に断ることはできなくなった。さすが村長である。下手に出ていながら追求すべきところはする。見かけに似合わぬ老獪さに、ゲイルは苦虫を噛み潰すような顔をした。

 「わかったよ……責任とってやるよ」

 ゲイルが観念したように言うと「おお、それでは……」と今度こそ村長の顔が明るくなる。

 「ただし、俺たちにも都合というものがある。一週間で手を打とうじゃないか」

 「ほほお、一ヶ月も滞在してくれますとな?」

 「いや、一週間だって」

 「へ? 最近耳が遠くなって……。一年とはまた気前がいい」

 「おい、じじい……」

 「わかりました。まずは一週間という事で、よろしくお願いします」

 「長生きするぜ、クソじじい……」

 「おかげさまで、今年九十歳になります」

 平然としている村長に、ゲイルは苦笑いする。老人に手玉にとられたような気がするが、不思議と怒りは湧かなかった。


 「……で、何であんたがあたしの家に居候するのよ?」

 「別に俺がそうしたいって言ったわけじゃねえよ」

 寝耳に水な話に唖然とするサーシャに、ゲイルは不機嫌そうな顔で悪態をついた。

 「あら、お母さんは賛成よ。若い人がいると、にぎやかになっていいじゃない」

 「年頃の娘が居る家に、男を泊める母親がどこに居るのよ!」

 「安心しろ。俺はお前を女だと思っていない」

 「あんたは黙ってて!」

 村長が帰った後、サーシャの家ではゲイルを交えて家族会議が開催されていた。議題はもちろん、ゲイルをこの家に泊める事である。サーシャは頑なに拒否するが、意外にも反対するのは彼女だけだった。

 「ゲイルさんはあなたの命の恩人なんだから、うちに泊まってもらうのが筋というものでしょ?」

 「それはそうだけど……。ちょっと、おじいちゃんも何か言ってよ……」

 助けを求めて祖父を見やるが、ゴードはにこにこと笑顔で賛成を表明している。サーシャの知らぬ間に、家族はゲイルたちを家に泊めると決めていた。見ればリネアは、迷惑そうなゲイルに年はいくつだとか、年下の娘に興味はあるかなどとあれこれ質問している。これはもう自分に勝ち目は無いと悟ったサーシャは、渋々ゲイルたちを泊める事を認可した。こうしてゲイルたちは、晴れて当座の宿を確保したのだった。


 納屋の扉を開けると、埃とカビの臭いがサーシャの鼻をついた。くしゃみを連発し、涙目になりながら扉と蔀窓を全開にして換気をする。

 納屋の中には今は使われていない農具や、薬を調合する乳鉢や薬研などが置かれていた。広さはそれほどでもないが、天井が高く入り口も広い。何より土間なので、サムの体重でも踏み抜くことがない。

 「本当にここでいいの?」

 サーシャが念を押して確認する。ゲイルは物珍しそうに納屋に放置された品々を眺めながら、上等上等と頷いた。

 「いつも野宿ばっかりだったからな。雨風さえ凌げればどこでもいいよ」

 「……あんたたちって、今までどんな生活してたのよ?」

 「そうだな……。獲物を追って東に西にって感じだ」

 「狩人なの?」

 「ま、そんなところかな」

 「ふ~ん……」

 どこの世界に手ぶらと全身鎧の狩人がいるのだろう。適当にはぐらかされている気がしたが、サーシャはそれ以上余計な詮索はしなかった。どうせしばらく我慢すれば、二人はこの村から去るのだ。あまり深く関わってもお互いに得はない。

 「明日はここを片付けて、それから村の中を案内してあげるね」

 ゲイルに毛布を渡すと、サーシャは二人におやすみと言って家の中に戻った。

 サーシャが家の中に入るのを見届けると、ゲイルは納屋の中のがらくたを隅に追いやる。どうにか二人分のスペースを確保すると、さっさと毛布を敷いて横になった。

 「本当にこの村に滞在するのですか?」

 ずしん、とサムがゲイルの横に座る。納屋の壁にもたれかかると、板がみしみしと悲鳴を上げたのですぐに壁から背を浮かす。

 「仕方ねえだろ、責任取れとか言われちゃ……。それにキャサリンのサーチが終わるまでしばらくかかるんだ。野宿するより、屋根があって美味いメシが出るほうがいいだろ」

 「ですが、良いのですか? 滞在するという事は、少なからずこの村の人間と関わりを持つ事になりますよ?」

 「寝泊りするだけなら大丈夫だろ。それよりあのおふくろさんのメシ、美味かったなあ」

 寝返りをうち、腕を頭の後ろで組むゲイル。夕食の味を反芻しているのか、口元がゆるんでいる。

 「味なんてわからないでしょうに」

 「だがせっかく食える体なんだ。食えない奴の分まで食ってやりたくなるじゃないか」

 「昔の習慣が抜けないのも考えものですね」

 「そうだな。寝ないで済むなら、ずっとお前の相手をしてやれるんだが……」

 「仕方ありません。任務中は待機モードにできませんからね。けどもう慣れました」

 ゲイルは「そうか」大きな欠伸をする。昼間あれだけ暴れたのだ。満腹も重なって、眠気もピークを迎えている。怪物を素手で屠るゲイルも、睡魔には勝てないのだろう。

 目を閉じ無言になると、やがて規則正しい呼吸音が聞こえてきた。サムはゲイルの寝息を聞きながら、ずっと納屋の奥の暗闇を見つめていた。

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