31
「それじゃ、いっちょ派手にぶちかますか」
「了解」
ゲイルの合図とともに、サムはバーニアを一気に噴かす。四基のノズルから放射される火柱がサムをもの凄い速度で前に押し出し、中のゲイルですら呻くGをかけた。
「っ……!」
そのあまりの速度に、ジークレイは反応すらできない。触手を打ち出す暇すら与えず、ゲイルたちはあっという間に肉の壁に手を着いていた。
「おおおおおおおおおおおっ!」
ゲイルが吼え、残像すら残さないほどの激しいラッシュが叩き込まれる。だが肉の壁はびくともせず、分厚い鋼板に電磁砲を連射するような音が響くだけだった。
「くははははははっ、無駄だ無駄。たかが打撃程度で、我が肉体はびくともせん!」
いくら強大なパワーを持つゲイルとサムでもサイズが違いすぎる。例えるなら象にパンチを打ち込む蟻。いくらやっても象は何も感じず、ほんの少し動けば蟻を簡単に踏み潰してしまうだろう。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
だがそれはあくまで象と蟻の話だ。間断なく拳を打ち込み続けるゲイルたちに、そんなものは関係ない。砕けないのなら、砕けるまで殴る。それだけだ。
飽きもせずただ殴り続けるだけのゲイルたちに、ジークレイは「無駄なことを」と吐き捨てる。放っておいてもいずれ疲れ果てるかオーバーヒートしそうなので、あえて何もしないという余裕まで見せているくらいだ。完全になめられているが、それでも打ち付ける拳の速度と威力はまったく衰えない。むしろ一秒ごとに、一撃ごとに増している。
「こなくそおっ!」
諦める様子など微塵もなく、ゲイルはパンチを繰り出し続ける。一点。ただ一点をひたすら打ち続けるが、拳はことごとく弾き返される。打ち込んだ数はすでに万から億になっているというのに、肉の壁は小憎らしいくらい健康なピンク色をしている。
「いい加減に諦めたらどうだ? いくらやっても同じことよ。貴様にも常識というものがあるのなら、そろそろ解かっているはずだ。我が肉体を破壊するなど不可能だという事を」
ゲイルたちに向けたジークレイの言葉は、あくびを噛み殺しているようだ。自分の足元でひたすら拳を振るう小さな存在を見続けていると、飼育水槽の中で昆虫でも観察してるような気分になるのだろう。やれやれと吐く溜め息の中にも、呆れと哀れみを感じさせる。
いつまでこんな事を続けるのだろう――いい加減ジークレイが自分にまとわりつく小虫の観察に倦んだ頃、奇妙な違和感を覚えた。
これまで圧倒的な速度で回復と硬度付加を繰り返していた肉の壁に、ほんのわずかだが亀裂が入ったような気がした。
そんな馬鹿な事があるはずない。だがジークレイが気のせいだと思っていた肉壁の亀裂は、もはや見間違いや気のせいとは思えないほど大きな蜘蛛の巣状となってありありと浮かび上がっていた。
「あ、ありえん……」
いくら損傷した組織を回復させても、それ以上の速度で破壊されていて追いつかない。かつては鉄壁の防御を誇る肉の壁が、今では薄い氷のようにぱりぱりと音を立ててひび割れていっているではないか。
「常識? 不可能?」
フン、とゲイルが鼻で笑う。
「そんなもの、俺たちには関係ないんだよ!」
ゲイルは吼えると同時に、ヒビの中心に前蹴りを放つ。強烈な蹴りの一撃でヒビが一気に広がり、ゲイルたちは反動で一直線に真後ろへと下がった。これではせっかく入れたヒビが再び塞がってしまう。ジークレイはチャンスだと思った。
だが二人は失策を犯したのではない。サムはバーニアを噴かして後退にブレーキをかけると、陸上の短距離走のスタートに似た構えをとる。
「いくぜ、サム!」
「いつでもどうぞ」
ゲイルの合図とともに、サムはバーニアを一気に噴かす。自分の身長の倍以上の火柱を噴出し、サムはカタパルトから射出される戦闘機のように飛び出した。
「ぶち抜けえええええええええええっ!」
前蹴りを放ったのは、最後の一撃のための助走だったのだ。
「必殺! 星砕き《スタークラッシャー》!」
ゲイルの叫びに嘘など無い。ひび割れた肉の壁に、バーニアの推進力によって加速された、惑星を砕くほどの威力の拳がぶち込まれる。
次の瞬間、肉の壁はガラスのように粉々に砕け散り、ゲイルたちは突進した勢いそのままにジークレイの体内に飛び込んだ。サムはすぐに内燃氣環のエネルギーを使って自身の表面に防護シールドを張る。
ジークレイの体内は、蟻頭たちと同様にどろどろとした体液に満たされていた。ゲイルたちはぬめりのある無色透明の体液に捕らえられ、思うように動けない。まるで溶けた鉛の中を泳ぐようで、進もうともがく手足はとても緩慢で、まるで進みはしなかった。
後ろを振り返ると、突入してきた穴はすでに塞がっている。こうなったら是が非でも核であるジークレイの顔面を破壊しなければ、脱出もままならない。シールドでジークレイに吸収されることは辛うじて防いでいるが、それもいつまでもつか分からないのだ。
「サム、バーニアはどうした?」
「それが、噴射口が体液で塞がれてしまいました。無理に噴かせると暴発してしまいます」
「クソ、性格と一緒でねちっこい奴だぜ」
苛立たしげにゲイルが吐き捨てる。二人が突入したのは、ジークレイの体の下層に当たる部分である。ここから中央部分にある核までは、まだ随分距離がある。辛うじて肉眼で捉えることはできるが、この粘り気のある体液の中を泳いでいくとなると、かなり骨が折れるだろう。
しかし今できる事は不恰好に泳ぐのみ。仕方なくゲイルたちは、スローモーションのような動きで体液をかき分けて進んでいった。