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 男はゲイルに撃ち抜かれたように、体をびくんと震わせる。まさかこんな辺境の惑星に、宇宙連邦治安維持局の捜査官がやってくるとは思いもしなかったようだ。それとも完全に潜伏したつもりだったのか。

 「審判? 貴様ら、私がいったい何をしたと言うのだ?」

 「おい、コイツまだ自分のした事がわかってねえみたいだぞ。サム、言ってやれ」

 「了解」

 すぐさまサムが脳内にあるデータベースで検索すると、コンマ数秒で男と一致する人物がヒットした。

 「元連邦学術院研究員、ジークレイ・アンジニアス。十年前、ある研究で惑星一つを崩壊に至らしめた罪で、学術院を追放されていますね」

 ヒットした情報をサムが読み上げると、男――ジークレイの顔が、過去の暴かれたくない失態を開陳される恥辱に少しずつ歪んでいった。

 「その研究とは、惑星内部のエネルギーを抽出し、人工的に生命体を生成するものですね。そして貴方は惑星のエネルギーを限界以上に吸い上げ、崩壊に導いた。この惑星でも同じ事を繰り返すつもりですか? だとしたら、過去の失敗から何も学んでいませんね」

 「なにい……機械人形風情が、何を偉そうに……」

 「第一、まずどうやって我々がここに来たかより、何故我々がこの惑星に来たかという考えが浮かばない時点で、貴方は二流なんですよ」

 サムの辛辣な言葉に、ジークレイは歯噛みする。だが確かにその通りだ。この惑星は宇宙連邦治安維持局の管轄の中でもかなりの僻地に在るし、他の星に情報を送れるような科学力もない。だからこそこの星を使って研究を進めることにしたのだが、いったいどうやって彼らはこの星が怪しいと目星をつけたのか。

 「エネルギーを吸い上げられた惑星がどうなるかという事を、貴方は考えもしませんでしたね。星が急激に痩せると、自転や公転周期に乱れが出ます。それを観測したからこそ、我々が調査のために派遣されたのですよ。どうせやるなら、もっとゆっくり吸い上げるべきでしたね」

 「たしか十年前に惑星が崩壊した原因も、急激にエネルギーを抽出したからだったよな。同じ間違いを二度するなんて、アホのやるこったぜ」

 「馬鹿者! あれは私の実験が失敗したわけではない。惑星のエネルギーを抽出するという本来の目的は達成しておる。それを連邦学術院の阿呆どもは、非人道的などと科学者にあるまじき批判をし、しかも私の研究に失敗などという不名誉な烙印を押して学術院から追放した……。たった一つ星を破壊しただけで、だ」

 「破壊しただけ……だと?」

 ぎり、とゲイルは歯を噛み締める。

 「てめえ、星一つおしゃかにしておいて、たったそれだけってのはどういう了見だ?」

 拳を握り締め、凄まじい形相で睨むゲイルに、ジークレイは失笑する。何を馬鹿な事を言っているのだという人を小ばかにした笑いに、ゲイルの眉間の皺がさらに深くなる。

 「たかが未開の星一つ破壊して何が悪い? むしろ私の研究の糧となれて、名誉な事ではないか」

 「……おいおっさん、それ……本気で言ってんのか?」

 「当然だ。こんな原始人どもの惑星がどうなろうと、私の知ったことではない」

 ゲイルの喰いしばった歯から絞り出す声にすら、ジークレイは笑って答える。彼にとって、この惑星の住民など自分が作り出した虫頭たちと同じ価値なのだろう。いや、むしろ彼の手足となって働く虫頭たちのほうが、価値があると言わんばかりだ。

 「カミサマにでもなったつもりか、この野郎?」

 おめでてえな、とゲイルは吐き捨てる。高度な科学力を持つ者が、文明の未発達な惑星に行って悪事を働くのは往々にしてある事だが、ジークレイの研究は度が過ぎている。しかも抽出したエネルギーを使って怪物を作り、この星に住む人々を恐怖で苦しめている。これは明らかに人道に反する行為。そしてジークレイのような者こそ、ゲイルたち宇宙連邦治安維持局が取り締まるべき悪なのだ。

 ゲイルは怒りを握りこんだ拳を開き、叩きつけるようにジークレイを指差す。

 「決まりだ。お前のような外道は、法が裁く前に俺が徹底的に懲らしめてやる」

 「ほほう。捜査官ごときが法を超えるか。それこそ傲慢というものではないのか?」

 「別に傲慢じゃないさ。俺はただ気に入らねえ奴をぶっ飛ばすだけだからな」

 「ちなみに貴方には黙秘権も、弁護士を呼ぶ権利もありませんからあしからず」

 二人は瓦礫から飛び降りると、一気にジークレイへと突進する。

 だが男は不敵に笑うと、近くのコンソールを片手で操作した。

 「うおっ……!」

 「ややっ?」

 ジークレイが何やら打ち込み終わると、突然室内の重力が消えた。ゲイルは勿論、体重一トンのサムさえ羽毛のようにふわりと宙に浮く。天井の瓦礫やその下で押し潰されていた蜘蛛頭の死骸たちも、同じくふわふわと浮かんだ。

 「クソ、何だこりゃ?」

 「どうやらここにはあらかじめ重力を制御する装置が仕掛けられていたようですね」

 「ンなこたぁわかってるよ。ったく、これじゃあ上手く進めねえ!」

 じたばたと宙を泳ぐゲイルとサムを、ジークレイは愉快そうに眺める。どうやら自分だけは重力の影響を受けないようにしているのだろう。彼の足は以前と変わらず地に着いたままだった。

 「くははははっ、どうだ。いくら特務捜査官と言えど、こうやって重力を操作してやれば無様に宙を漂うことしかできんだろ。滑稽な姿よのう」

 げらげら大笑いすると、ジークレイは続いて別のコンソールを操作する。するとどこからか一本のチューブが彼に向かって伸びてきた。

 チューブの先端には注射器に似た接続端子がついており、ジークレイはそのチューブを掴むと自ら首の後ろに突き刺した。

 「ふん!」

 ぐちゅり、と肉を突き刺す音がする。だがいささかも怯まず淡々と機械を操作すると、続いてチューブが唸りを上げてうごめいた。

 「見るがいい。これこそ私が研究を重ねた、惑星エネルギーの新しい使い道よ!」

 どくんどくんと、惑星から抽出したエネルギーがチューブを通してジークレイに注ぎ込まれる。チューブが脈打つたびに彼の顔には血管が浮かび上がり、顔色が変わっていく。しかし紅潮しているかと思いきや、病人よりも青ざめたり死体のように土気色になったりとどう見ても尋常ではない変化をきたしている。

 「く、う、ふふふふおおおお……ああああがががががああぁあっ!」

 最初は快楽に身悶えていた声が、苦痛に抗う悲鳴になった。びくびくと体を痙攣させ、白目を剥いて涎をたらす姿は重度の麻薬患者を思わせる。

 苦痛による悲鳴は息が切れても止めることができず、喉を笛のように鳴らせながら口を開閉させている。垂れ流しになった涎を拭う事も忘れて体を震わせているジークレイの体が、突如膨れ上がった。

 どくん、という音がしそうなほど、男の体が膨らむ。体を震わせるたびに手足のあちこちが膨張し、衣服を破っても止まらない。

 「ががガがががガガがぐぐぐゲご……」

 新種のヒキガエルのような声と、肉が膨らみ骨が軋む音が重なる。耳をふさぎたくなるような身の毛がよだつ怪音に、ゲイルたちもふわふわ浮いている事を忘れて男に釘付けになった。

 ジークレイの体から無尽蔵に肉が溢れ、ついには見上げるほどの肉の塊になった。血色の良いピンクの皮膚には赤や青の太い血管が網の目のように広がり脈打っている。巨大な哺乳類の表皮を生きたまま剥いたら、こんな光景になるのかもしれない。うず高くそびえ立つ肉の山の中央に、ちょこんと申し訳程度にジークレイの顔が存在していなければ、ただの特盛り生肉にしか見えない。

 「ふぬぐぐぐははははは……見たか。これがエネルギーと生命体の究極の融合だ!」

 左右の瞳が別々の方を向きながら、ジークレイは高らかに笑う。だがどう見ても特大の肉色アメーバに人の顔が生えたようにしか見えない。それを究極の姿だ言われても、誰もこうなりたいとは思わないだろう。

 「ひでえなこりゃ。完全に容量をオーバーしてやがる」

 「余剰エネルギーが暴走し、肉体の限界を無視して増殖していますね」

 ジークレイが自ら施したのは、虫頭たちのように無から有を作ったものとはまるで違う、生命の形を変えるものだった。人としての肉体を捨てたジークレイは、今や悪夢の象徴として二人の眼前にそびえ立っていた。

 だがサイズが大きくなったとは言え、見た目はただの肉の塊だ。醜悪な容姿から受ける精神的ダメージさえ何とかすれば、後は何ら脅威になる要素は見当たらなかった。

 「おい、それでこれから俺たちをどうするつもりだ?」

 無重力の中を漂いながら訊ねるゲイルに、ジークレイは笑みを向ける。数万の怪物を倒してきた相手を前にしているにも関わらず、その笑みはとてつもない自信を含んでいた。

 「まあ待ちたまえ。まずは新しく得た肉体のテストをしなければな」

 そう言うとジークレイの体から、数本の肉の触手が飛び出した。触手は無重力の中を意思を持ったように自由自在に動き回ると、宙を漂っている蜘蛛頭の死骸に巻きついた。

 蜘蛛頭の死骸をすべて絡めとった触手は、飛び出した時と同様滑らかな動きでジークレイの元に戻る。

 「後片付けか? 意外と行儀がいいな」

 場にそぐわぬ暢気な事を言うゲイルだが、次の瞬間「うえっ」と奇妙な唸り声を上げた。

 「こいつ……食ってやがる……」

 ジークレイの元まで戻った触手たちは、蜘蛛頭の死骸を絡めたまま肉の塊の中に戻っていった。そして肉塊の中に取り込まれた死骸たちは、ぐじゅりぐじゅりという音を立てて咀嚼され、見る見る溶けてなくなっていった。しかもジークレイの趣向なのか嫌がらせなのか、溶ける様子が透けて見えているのが何とも気味悪い。

 「もったいないというわけではないが、あれも一応この惑星のエネルギーから創り出したものだからな。再利用リサイクルというやつだよ」

 「ぐええ気色わりい……食欲なくなりそうだ……」

 食欲が失せる肉塊の食事風景に、さすがのゲイルも渋面する。

 「そんな事を言っている場合じゃないでしょ」

 「そうか、次は俺たちの番じゃねえか。畜生、あんな奴に食われるなんて冗談じゃねえぞ」

 「何を言うか。私の一部となって永遠に生きられるのだ。それ以外にどのような幸福がある。大人しく我が体内に取り込まれよ」

 再び触手が飛び出し、今度はゲイルたちに向かって一直線に伸びる。襲いかかる触手は、無重力によって身動きのとれない二人を簡単に捕らえるかに思えた。

 だが――

 「フン、誰がお前なんかの餌になるかってんだ」

 「即お断りします」

 触手が触れる寸前、二人は巧妙に体をずらす。そしてすれ違い様にゲイルは手刀を見舞い、サムは超振動ブレードで斬りつけた。切断された触手から血しぶきが飛ぶが、無重力空間ではすぐに玉となって宙を漂う。

 「なに……?」

 よもやかわされるとは思っていなかったジークレイは、二人の洗練された動きに驚愕の声を上げる。

 「アホかおっさん。〝宇宙〟と名のつくところの特務捜査官の俺たちが、無重力に慣れてなくてどうすんだよ?」

 手刀を打ち込んだ慣性で回転する体をコントロールしながらゲイルは笑う。サムも巨体とは思えぬ絶妙な重心の操作でバランスを保っていた。

 「おのれ……ならこれでどうだ!」

 今度はさっきの十倍以上の触手が二人に襲いかかる。篠つく雨のように降りかかる肉の槍は、さすがに避ける隙間などない。いかに無重力下の行動に慣れていても、こればかりは避けようがないかに見えた。

 だが触手が二人を捕らえる事はなかった。何故なら、二人の姿はとっくの昔にそこになかったからだ。だがふわふわと宙に浮いた状態でどうやって。

 「ようやく本来の機動性が生かせますね」

 サムはゲイルを抱えながら、触手からかなり離れた場所で浮いていた。背中の二基と両足の二基、計四基のバーニアから炎を噴き出しながら。

 「な、何だそれは!」

 「何だも何も、私の基本装備の一つですが、何か?」

 「貴様、ただの補助用機械サポートメカではないのか?」

 「貴方がそう思い込むのは勝手ですが、あまり見くびってもらっては困りますね」

 「なら出し惜しみするなってことだ」

 相棒の声になるほど、とサムは頷くと、抱えていたゲイルを宙に放り投げた。

 「ではお見せしましょう。私の本来の姿を」

 「行くぜ、相棒!」

 「了解。ゲイル、言霊キーワードを」

 「応よ」

 空中でトンボを切り、ゲイルは高らかに声を上げる。

 「我ら――無敵なり!」

 ゲイルの発した言霊により、体内の内燃氣環が今までにないほど唸りを上げて稼動する。

 「言霊承認。内燃氣環の臨界突破を確認。これより合体シークエンスに入ります」

 サムの両目から眩いばかりの光が溢れ、体が前後から真っ二つに割れた。貝のように開いたサムの体内には、ちょうど人がぴったり納まるほどの空洞があった。サムは四基のバーニアを巧みに噴射し、大の字になって宙を漂うゲイルに向かって飛ぶ。

 「座標修正。合体シークエンス終了まであと四秒。三、二、一、ゼロ」

 カウントダウン終了と同時に、サムの中にゲイルが納まる。そして開いていたサムの体がぴたりと閉じると、全身から凄まじいエネルギーのオーラがほとばしる。

 「合体終了。増幅装置ブースターと内燃氣環との接続、異常なし。増幅ブースト開始」

 「うおおおおおおおおっ! 来た来た来たきたあぁっ!」

 サムに搭載された増幅装置と接続された事により、ゲイルの内燃氣環が限界値を遥かにぶっちぎった稼動を開始する。湧き上がるエネルギーの奔流は止まる事を知らず、これまでとは比べ物にならないエネルギー量は太陽すら焚き火に等しい。

 「見たか。これが――これこそが俺たちの本気の力だ!」

 文字通り一心同体となったゲイルとサム。これからが二人の本領発揮である。

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