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どん、という音とともに激しい衝撃がコンテナを揺らす。部屋がびりびり震え、サーシャは思わず「きゃっ」と悲鳴を上げてうずくまった。
コンテナには窓などなく、壁や天井から伝わるのはわずかな音や振動だけで、外の様子はまったくわからない。
外では何が起こっているのだろう。そう思った矢先の大きな爆音と衝撃が、サーシャの不安をますますかきたてた。
サムにはこの中でじっとしていろと言われたが、外の様子が気になって仕方がない。だが壁には窓はもちろん扉のようなものはまったくなく、入ってきた天井にはいくら飛び跳ねても指先すらかすりもしなかった。
「んもう、どうして窓や入り口がないのよ!」
それはこれが貨物用コンテナで、中に人が入る事を前提としていないから当たり前の事なのだが、当然サーシャには知る由もない。
散々コンテナを探索したり飛び跳ねていたが、疲れてしまってその場に座り込んだ。鞄を開き、中身をすべて床にぶちまける。ほとんどが薬や包帯だった。ゲイルとサムがどんなケガをするか判らないので、とりあえず持てるだけ持ってきたのだ。
もうサーシャにできる事は、いつでもゲイルとサムの治療ができるように準備する事だけだ。
(二人とも大丈夫よね……。ケガとかしてないよね……)
あれだけの数の怪物を相手に、無傷で帰ってこれるとは思っていない。けれどできる事ならこれらが無駄になってくれるようにと願いながら、サーシャは荷物の一つ一つを丁寧に床に並べて点検し始めた。
◆
薄暗い室内では、蜘蛛頭たちが慌しく動き回っている。表情のない虫の顔だが、懸命に働く姿を見ているとちゃんと忙しそうに見えるから不思議だ。
ばたばたと立ち働いている蜘蛛頭たちと同様、建ち並んだパイプたちも唸りを上げて稼動している。だがすでに作業は終了していた。今せっせと働いている蜘蛛頭たちは、作業の後始末をしているだけ。すべては順調に滞りなく、時間内に終了した。
男がもう見なくなったモニターの画面には、すでに一つも青い点は存在していない。だが男の表情には焦りや恐怖はない。今は絶対の自信と、これから訪れる者をどう料理しようかという妄想で、薄ら笑いを浮かべる余裕さえある。
「待っていろ。この私自ら出向いて、貴様たちを解体してくれる!」
男の声が室内に反響する。まだ見ぬ被験体に向けられた声が、虚しく部屋の奥や天井に吸い込まれていく。そして声の木霊が吸い尽くされると、しんと静まり返った。
静寂。
そして轟音。
唐突に天井が崩壊し、瓦礫が蜘蛛頭に降り注ぐ。何の前触れもなく襲いかかる瓦礫のシャワーに、蜘蛛頭たちはあっけなく押し潰されていった。
「な、何ぃっ!?」
もうもうと立ち込める砂塵の中、男は天井に開いた大穴を見上げる。すると大小二つの影が音もなく室内に舞い降りた。
ぽっかりと口を開けた大穴から、一陣の風が室内に吹き込む。風が砂埃を払うと、瓦礫の上に降り立った二人の人物がはっきりと見える。
レーダーであれだけの戦闘力を見せつけられた男は、てっきり武装した戦闘機か新型の兵器が強襲してくると思っていたが、目の前に立っているのは丸腰の優男とただの人型作業機械だ。拍子抜けしそうになるが、よく観察してみると二人の体は緑に染まり、怪物のものと思われる粘液が滴っている。信じたくはないが、どうやらこの二人が赤い点の正体だ。
「貴様ら、何者だ!」
男が問いかけると、浸入者の一人が不敵に笑った。
「宇宙連邦治安維持局だ。解かったら茶の一つでも出しな」
あれだけの数の怪物と戦ってここまでやってきたにも関わらず、優男は息一つ乱していない。まるで普通に玄関から入って来た訪問者のようだ。
「宇宙連邦治安維持局? 連邦学術院の狗どもが何の用だ? それにどうやってここまで入ってきた?」
これまで製造したすべての怪物を倒して来た事もそうだが、二人がここまで侵入してきた事が驚きだ。この研究所への入り口は男しか知らないし、巧妙に隠してある。たとえ場所を知っていたとしても、厳重な警備が施してあるので第三者が通れるはずがない。
「簡単ですよ」と巨大な人型が半歩前に出る。
「火山の地下が本拠地だというのは、だいたい目星がついていました。怪物たちも恐らくここで製造していたのでしょう。だとすれば、あれだけ巨大な怪物がどうして外にいるのですかね?」
ロボットがそこまで話すと、男は「解放用のゲートか……」と苦々しく呟く。巨大な怪物を研究所から外に放つために作ったゲートなら、正規の出入り口に比べ警戒は甘い。だが巨大な門ゆえに、正門よりも遥かに巧緻を尽くして隠蔽していたのだが、二人はそこから内部に侵入したというのか。
「私のセンサーをそんじょそこらのものと一緒にしてもらっては困りますね。あの程度の隠蔽工作など、隠していないのと同じですよ」
「審判の刻だぜ、おっさん」
優男はにやりと笑うと、男に向けて拳銃を撃つ仕草をした。