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怪物たちが何者かに破竹の勢いで倒されている事は、モニター画面に表示された青い点を見ればわかる。だがその正体がわからない。こんな事なら、怪物の位置を把握するためのエネルギー観測装置だけでなく、監視用のカメラを研究所の外に仕掛けておけば良かったと男は後悔する。
この部屋にはエネルギーに関する装置しかないので、外の様子はまったくわからない。せいぜい二つの何かが自分の作った怪物たちと戦っているというのがわかるくらいだ。
二つの何かは、今も怪物たちを次々と倒していく。
まさかこの惑星の兵器ではあるまい。この星程度の科学力で、怪物たちが倒せるわけがない。かつて何度か軍隊らしきものが戦いを挑みに来たが、圧勝だったではないか。
だとしたら――。
モニターの画面を切り替える。怪物を示す青い点の他に、二つの赤い点が表示された。すなわちこれが敵だ。キーを操作すると、二つの赤い点にそれぞれグラフが数本つく。見る見る数値が増えるグラフに、男は愕然とした。間違いない。赤い点はこの惑星のものではない。何故なら、このグラフは科学的なエネルギーしか測定しないし、数日前に一度観測したデータも残っている。
だがグラフが表す数値が尋常ではない。まるで戦車、いや、戦艦だ。それも連邦宇宙軍の突撃艦クラスのエネルギー量が計測されていた。しかも数値はまだ増え続け、赤い点一つで艦隊クラスのエネルギーになろうとしている。
まさか連邦宇宙軍か、と思ったがそれも色々と解せない事が多い。赤い点の正体が戦艦だったとしたら、もっと早く存在を感知できたはずだ。
それに戦艦による攻撃だとしたら、怪物の減り方が少ないように思える。爆雷にしろ砲撃にしろ、戦艦が攻撃を開始したらいかに数万の怪物といえど、ほぼ一瞬で消滅してしまう。
男はまたキーを操作し、青い点と赤い点を同時に表示する。そして二種類の点の動きを、リアルタイムで表示するように操作した。
「こ、これは……」
思わず男は呻く。モニターには、二つの赤い点が目まぐるしく動き回って青い点を消滅させている。これではまるで――。
「まるで各個撃破じゃないか……」
二つの何かが、一体ずつ怪物を倒している。しかも恐るべきペースで。そんな馬鹿な話があるか。効率が悪すぎる。何故一斉掃射や絨毯爆撃をしない。何の戦略や目的があってそんな面倒な真似をする。
理解できない事だらけの状況に男は混乱する。理解できない事は、男にとって耐え難い事だ。
いつしか男は自分が置かれた状況を忘れ、モニターに見入っていた。理解できないなら、この目で直接見ればいい。そして手に取り、分析し、研究したい。科学者としての抗えない性に、男は身悶えした。
男が狂気と苦悩に身をよじる背後の空間で、天地を貫くパイプたちがごうんごうんと唸る。
早く。早く。早く。早く。早く。もっと早く抽出せねば。そうすれば、二つの何かなど恐るるに足らなくなる。倒し捕まえ解体し、その謎を心ゆくまで、構成分子の隅々まで研究してやろう。
パイプの唸りが激しくなる。男が蜘蛛頭に指示を出し、作業の速度を上げさせたからだ。
もう慎重さも過去の失敗も男の中には無い。あるのはただ、早くこの不可解な二つの何かを研究したいという欲求だけだった。
ゲイルが超振動をまとった掌を蟻頭の腹に叩きつけると、腹の反対側がぶくぶくと泡立って爆ぜた。
蟻頭の腹の中には、体液がなみなみと詰まっている。そこに固有振動を与えてやれば、体液の分子が振動によりこすれ合って沸騰する。電子レンジと同じ要領である。
ぐつぐつと煮えたぎる体液を噴出しながら、蟻頭の巨体が倒れる。それを見送る暇も惜しむように、ゲイルは次の獲物に掌底を叩き込んだ。
蟻頭に関するデータは、すでに何度も戦っているので充分過ぎるほど揃っている。怪獣大百科に蟻頭の項を作れと言われても困らないほどのデータは、かつて夜の狩りの時にサムが採取したものだ。それがあるからこそ、ゲイルは最速で蟻頭を倒す事ができる。
戦場の中で精神は限界を超えて高揚し、内燃氣環はいつになく絶好調。絶える事なく湧き出る無限のエネルギーが、ゲイルの体内で荒れ狂う怒涛となっている。今のゲイルなら、惑星でも破壊できるだろう。
「しかし楽なのはいいが、少々退屈だな」
難易度の低いゲームをやっているようで、いささか物足りなさを感じていたゲイルは、見た事もないタイプの怪物に囲まれて孤軍奮闘している相棒を羨む。
サムは同じ体格の蜂頭数体と同時に戦っていた。両手両足から生えたドリルバンカーは、サムの持つ近接格闘用装備のひとつである。ゲイルの目には、一度に四本すべて解放し、蜂頭を次々と穴だらけにしている姿がとても楽しそうに見えた。
「チ、あいつばかりモテやがって」
自分が雑魚キャラの相手をしている間に、相棒は新種の怪物とイチャイチャしている。何と羨ましい。ゲイルはいつまでもこんな敗戦処理投手のような消化試合をしているつもりなどない。だが何故か寄ってくるのはもう見飽きた蟻頭だけだ。こういう時こそルーチンワークの得意なサムの出番だと思うのだが、森で最初の一匹を倒したのが因果なのか、さっきからずっと同じタイプの怪物しか目につかない。格下の相手ばかりさせられ、欲求不満が募る。もっと血を沸き立たせるような、熱いバトルがしたかった。
「クソ、俺もギリギリ限界バトルを楽しみたいぜ」
まるでレーシングカーで公道を走っている気分になる。エンジンはフル回転しているのに、アクセルを開けないもどかしさで苛々する。ギアが低すぎてエンストを起こしそうだ。
発散しきれない鬱憤をぶつけるかの如く、連続で三匹の蟻頭を倒した。そして四匹目の蟻頭に固有振動を叩き込もうとしたその瞬間、いきなり蟻頭の腹を突き破って槍が飛び出してきた。
「うおっ……!」
咄嗟に身をよじって槍をかわす。側宙をして地面に方膝をつくと、再び槍が襲ってきた。
すかさず体を横に投げ出し回避するが、槍はまるで意思を持っているかのようにゲイルを追尾する。地面を転がるゲイルのすぐ横を、槍が連続で突き刺し穴を穿っていった。
体勢を立て直し、ゲイルは槍から距離をとる。だが操る者のいない槍だけが、ついさっきまでゲイルが転がっていた地面に突き刺さっていた。
「どうなってんだ?」
槍の使い手を探そうとゲイルが意識を反らした瞬間、槍の形状に変化が現れた。
「なんだあ……?」
五メートルほどの鋼の槍がいきなりぐにゃりと曲がったかと思うと、蛇のように地面にとぐろを巻いた。うねうねと身をくねらせる姿は蛇のようだが、目も口も何もないただの針みたいな姿は蛇に似た別のものを連想させた。
「ハリガネムシみてえだな……。宿主がでかいと、寄生虫まででかくなるのか?」
槍だと思われた寄生生物は、巨大な蟻頭から出てきたに相応しい体長だが、見かけはまさにあの寄生虫のハリガネムシだ。だが宿主がまだ生きているにも関わらず外に飛び出し襲いかかってきたところを見ると、ただ寄生しているだけではなく独立した一個の戦力として機能しているのだろう。
つまりさっきの攻撃はただ宿主の身に危険が迫ったから飛び出した退避行動ではなく、むしろ最も有効なタイミングで敵を攻撃する奇襲戦法だったのではないか。だとしたら、宿主である蟻頭の体を顧みない行動から、巨大ハリガネムシは蟻頭よりも上位の存在かもしれない。
退屈していた戦闘に、テコ入れするかの如く登場した巨大ハリガネムシ。これからどんな展開になるか予想もつかない。
ちらりと地面に穿たれた穴を見る。大口径の銃弾が着弾したような跡は、巨大ハリガネムシがついさっき開けたものだ。突きの鋭さや威力は、ゲイルたちが乱射した銃弾と同等だと思われる。
従来なら銃弾など問題にしない。ゲイルが着ている戦闘服は防弾防刃に加え、防火耐熱耐寒などあらゆる外的要因に対応できる優れものなのだが、いかんせん今は故障中である。いかに科学の粋を集めた、宇宙空間ですら活動可能な戦闘服でも、機能してなければ電源の入っていない家電製品と同じで意味がない。ナノマシンが活動していないただの服でこんな攻撃を喰らったら、全身穴だらけだ。
今のゲイルは、銃口を突きつけられた一般人と変わらない。だがあらゆる意味で一般人とは遥かにかけ離れた存在である彼は、だからこそ一般人には真似できない行動に出た。
「ヒイィィイイィヤッホォォオゥッ!」
若干巻き舌が入った絶叫とともに、ゲイルは巨大ハリガネムシに突進した。
「やっぱバトルにはスリルがないと、盛り上がらないよな!」
向かってくるゲイルに対し、巨大ハリガネムシが鎌首を持ち上げる。そしてバネのように収縮すると、ゲイルを串刺しにしようと飛び出した。
眉間に向けて、弾丸よりも早く打ち出された巨大ハリガネムシの一撃を、ゲイルは前回し受けでさばく。すぐさま手を返してそれを掴むと、両手に持ちかえて力任せに引っ張った。
硬化テクタイトすら引きちぎるゲイルの筋力に、さしもの巨大ハリガネムシもゴムのように伸びる。鋼線に似た体が引き伸ばされ、繊維がぷつぷつ切れる。だが完全にちぎれる前に、ゲイルの動きが止まった。
「なに?」
気がつけば、ゲイルの足元から数匹の巨大ハリガネムシが這い出し、手足に絡みついていた。一匹だけかと思っていたが、すでに他の数匹が地面に潜って身を隠していたのだ。蟻頭から飛び出してきたのは奇襲ではなくただの囮で、それに気をとられたところをまんまと絡めとられてしまった。
「ぐ……畜生……」
巨大ハリガネムシたちに拘束され、ゲイルは身動きがとれない。線虫たちの締め上げる力は思ったより強く、ゲイルですら容易に振りほどけないほどだ。並みの人間ならすでに五体がバラバラになっていただろう。
首に巻きついた一匹が、ゲイルの息を止める。脳に回る血液と呼吸を止められ、苦しさから手に持った巨大ハリガネムシが滑り落ちる。地面に落ちた線虫はもう動かない。だが囮としての役目を果たした、名誉の戦死である。虫としては立派な最期だろう。
そして線虫の罠にかかりがんじ絡めのゲイルは、不名誉な戦死を目前に控えていた。
「う、動けねえ……」
一匹なら簡単に引きちぎれる巨大ハリガネムシでも、数匹まとめて絡まればその強度も数倍である。いくらゲイルが手足に力を入れてもびくともしなかった。
首に巻きついた線虫が、気管や血管を締めつける。このままでは窒息するか首の骨が折れるかのどちらかだ。
だがそれすら待てないのか、ゲイルの目前の地面から新たな巨大ハリガネムシが這い出してきた。まさか――と思うが悪い予感は外れる事はなく、線虫はゲイルに狙いを定めて今まさに己自身を発射しようとしていた。
「クソ、ここまでか……」
悔しそうに歯を食いしばるゲイル。絶体絶命のピンチに、さすがの彼も覚悟を決めたのか全身の力を抜いた。
「……な~んて言うとでも思ったのか?」
うなだれた顔を上げ、ゲイルがにやりと笑う。絶望も諦めもなく、むしろピンチを楽しんでいる笑み。敵の罠にかかって、命が風前の灯火だというのに、その笑顔はあまりにも不敵。こんなピンチなどピンチの内に入らないという貌だ。
「なめんじゃねえぞ、虫ケラがぁっ!」
内燃氣環がフル稼働し、ゲイルの全身に力がみなぎる。筋肉が膨れ上がり、全身を締め上げる巨大ハリガネムシを押し返す。
「おおおおおおおおおおおっっっ!」
気合一閃。裂帛の気合とともに、ゲイルは体にまとわりついたすべの線虫を引きちぎった。
そして己の眉間に向けて飛んできた巨大ハリガネムシに、渾身の拳を叩き込む。
弾丸よりも早い槍と、岩よりも硬い拳がぶつかる。だが線虫はゲイルの拳と衝突した瞬間、まるで猛スピードで壁に衝突した車のように蛇腹にひしゃげていった。なまじ壮絶な速度で衝突したため、ゲイルのパンチの速度が加算されて線虫自身が耐え切れない衝撃となったのだ。
ゲイルが拳を振り切ると、音の衝撃が巻き起こる。空気の壁をも打ち抜く拳に、誰が太刀打ちできようか。弾丸ですら、彼を仕留めるには荷が重過ぎる。
体にへばりついた線虫の破片を払いながら、ゲイルは地面に転がった槍の成れの果てに告げる。
「虫ごときが俺に勝とうなんて、百億万年早いぜ。だがまあ、そこそこ楽しかったよ」
片手を上げ別れを告げると、ゲイルは新たな相手を求めて駆け出した。まだまだ敵はよりどりみどりだ。