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三つの銃が火花を咲かせると、次々と怪物たちが爆ぜる。前の者が倒れれば、その屍の上を新たな怪物が踏み越える。もはや掃討戦とも呼べない、一方的な虐殺が展開している。
大量生産される死骸と、垂れ流される体液。辺りには異臭と硝煙の混ざった臭いが立ち込め、銃声と雄叫びが耳をつんざく。
ここがどこだと訊かれたら、人は単純な一言を発するだろう。
地獄――と。
地獄絵図という言葉が具象化したものが、今まさに目の前に存在していた。
蟻頭はその大きさのせいで、移動速度が極端に遅い。いかに数が圧倒的とはいえ、距離をとって狙い撃ちするだけなら子供でもできそうだ。もっとも、これだけ巨大な銃が子供に扱えたらの話だが。
「ったく、のろまをカモ撃ちするのはいいが、次から次へと湧いてきてキリがねえぜ」
砲身から撃ちだされる弾丸が、連続で蟻の頭を破壊していく。埋め尽くす怪物の多さに、流れ弾でさえどれかに当たる。これなら目をつむってても当たるだろう。
「今度は本当に目をつむらないでくださいね」
「わあってるよ。クソ、古い話を持ち出すな」
腹に数発の弾丸を受け、怪物は狂ったように吼える。生命力の高い怪物は、緑色の体液をぶちまけながらもなおこちらに向かって来た。
「馬鹿野郎! 弾がもったいないから頭を狙え!」
ゲイルの怒気の篭った指示に、サムは銃口を上げる。焼けた火の玉が怪物の頭に真っ直ぐ伸び、熟れた果実のように瑞々しい音とともに弾けた。それきり怪物は動かなくなるが、次の怪物が押しのけるようにしてまた前に現れる。
夜店の射的のように、次々と怪物の頭を吹き飛ばす。まるで何かのまじないのように、頭のない怪物が奇妙なオブジェを作っていった。二人の足元には空になった薬莢が数え切れないくらい散らばり、ゴミのように弾倉が転がっている。
それでも怪物の押し寄せる勢いはいささかも衰えず、ゲイルとサムの銃身は焼けて熱をもってなお火花を上げざるを得ない。だが目標を両翼に分けた一斉射撃は、怪物の波を三等分していた。
山という字を逆さにしたように、中央を除いた両翼の怪物たちが見る見る数を減らしていく。だが山の字が1の字に変わる前に、銃の弾が切れた。
頬を伝う汗を拭う事も忘れて、男は食い入るようにモニター画面を見つめていた。
画面には、レーダーのように無数の青い点が表示されているが、それが瞬きする間も与えないくらいの速度で消滅していく。かつては画面を埋め尽くさんほどにあった点は、今ではその数を半分近く減らしている。このままのペースで減少していけば、あと一時間もせずにすべてが消えるだろう。
「何だこれは……」
その問いに答えられる者は、この場にはいない。それ以前に、言葉を話せる者は彼以外いないのだ。
だがこの場にいるのが彼一人というわけではない。彼の背後では数人が機械の調節をしたり、制御板を操作している。しかし彼らは皆、首から上がどう見ても人間のものではない。人の体に蜘蛛の頭部を強引に乗せた奇妙な生物が、科学的な装置を黙々と操作している。八つの目がどこを見ているのかわからないが、モニターを注視している主人の指示に従って立ち働いていた。
彼らがいる部屋は、その人数にしては馬鹿みたいに広く、薄暗い部屋にはいくつもの巨大なパイプが天地を貫いてそびえ立っている。パイプたちがごうんごうんと呻き、反響した音は高い天井へと広がり、そして明かりが届かない闇へと吸い込まれていく。
パイプの根元には何かの装置があり、蜘蛛頭がせっせと操作盤をいじっている。今ゲイルたちと戦っている怪物たちとは一線を画した、高い知能を持っているタイプのようだ。その分体のサイズが人間に近く、頭の事さえ意識しなければ科学者のように見えなくもない。
男が蜘蛛頭たちの作業を急がせると、パイプの唸る音が大きくなる。まるで大地からすべてを吸い尽くすように、天地を貫くパイプたちがうごめく。
こうしている間にも、画面の中の青い点はもの凄い速さで減っている。早くしなければ。男の焦りが募るが、あまり事を急いではまた同じ過ちを繰り返してしまう。慎重に、だが急いで作業をしなければ。
男が再度画面を見ると、もう青い点は最初の半分ほどになっていた。
「チッ、さすがに数が多すぎる」
銃身が真っ赤に焼けた銃を手放し、ゲイルが舌打ちをする。地面に落ちた銃は、飛び散った怪物の体液に触れ、じゅっと焦げた音と臭い煙を上げる。
「こちらも弾切れです。ですがこのまま連続射撃をしていたら、いずれ砲身が詰まって暴発していたでしょう。潮時というやつです」
サムも両手から銃を離すと、ずしんと音を立てて銃口から煙が上がる。最後に咲かせる一花としては充分なほど活躍した、満足して吐く溜め息のような煙だった。
「あとは肉弾戦か。銃も嫌いじゃないが、俺にはやっぱコッチのが性に合ってるぜ」
ゲイルは両の拳を打ち合わせる。だがいくら銃撃で数を減らしたとはいえ、ゆうに半数は残っている。ざっと一万五千の敵が、ゆっくりとは言えもう目の前に迫っていた。
「ようやっと折り返しかよ。数が多すぎてうんざりするぜ」
「このまま残った敵を蹴散らすだけなら簡単ですが、それだとちょっと面白みが足りませんね」
生真面目なサムにしては珍しく、戦闘に遊び心を求める提案にゲイルは思わず笑みをこぼす。
「何かおかしな事を言いましたか?」
「いや……お前からそんな言葉が出るとはな。ここ数日で随分丸くなったもんだ」
「お忘れですか? こう見えても私は貴方の分身。つまり一心同体なんですよ」
「忘れちゃいないさ。俺たちは二人で一人、つまりニコイチだ。そこで相棒、一つ提案がある」
ゲイルは不審な顔をする相棒に向けて、いたずらを思いついた子供のような笑顔を向ける。絶対ろくでもない事を考えているに違いない笑みに、サムはおざなりに「はあ……」と答えた。
「残るは中央の団体さんだけだ。ここで最も有効な戦略は何だと思う?」
「それは――」
「そう、前後からの挟撃だ」
「……え? いや、まだ何も――」
「つまり、お前が敵の後方に回り込み、俺と挟み撃ちするんだよ」
「はあ……」
答えなど最初からどうでもいいのか、ゲイルは勝手に話を進める。どうせこんな事だろうと思っていたサムは、余計な冗句を入れて話の腰を折ってもゲイルがヘソを曲げるだけだと正しい判断をし、仕方なく話を合わせる。
「ですが、どうやって敵の後方へ回り込むのですか? さすがに飛ぶには距離がありますよ」
「いい質問だ。俺もそれを思案していたんだが――」
当然の疑問だという感じで頷き、ゲイルはサムの背後に回る。
「今さっき、いい方法を思いついた」
ゲイルはやおらサムの足元にしゃがみ込み、彼の右足を掴む。
「俺がお前を投げる」
「え?」
言うが早いかゲイルはサムを持ち上げると、その場で回転を始めた。
「うおおおおおおっ!」
体重一トンのサムが遠心力で加速し、軸となったゲイルの足が地面に穴を掘る。
「必殺、相棒投げ《サム・トルネード》!」
できたてほやほやの技名を叫びながら、ゲイルはハンマー投げの要領でサムを投げた。
ゲイルの手を離れたサムの巨体は、砲弾の如く怪物の群れに向かって飛ぶ。
(やれやれ。どうせこんな事だと思いましたよ……)
空気を切り裂く速度で地面と水平に飛びながら、サムは諦めたように溜め息をついた。だが猛烈な勢いで迫る怪物の姿に、すぐさま思考を切り替える。今考えるのはゲイルを責める事ではない。どれだけ効率よく敵を殲滅するかだ。
(だとすると、このまま敵陣を通過するだけでは芸がありませんね)
サムが両手を横に振ると、手の甲から超振動ブレードが飛び出す。
「必殺、流血の輪舞」
両腕を広げたまま体を高速できりもみさせ、鋭利な刃を持つ巨大なプロペラと化したサムは、怪物を切り刻みながら敵陣を一気に通過する。
回転をやめ、地面を十数メートルほど削りながら着地を決めると、一拍の間を置いてサムが通過した直線上にいた怪物たちが一斉に体液を撒き散らして倒れた。
「あの野郎、俺よりかっこいい名前つけるたあ味な真似を……」
遥か後方で、お株を奪われたゲイルが歯噛みをしている。普段なら必殺だの秘技だの恥ずかしい台詞は言わないサムだが、ゲイルの悔しそうな顔を見ると、たまには相棒の真似をしてみるのも悪くない気がした。
「センスの差が出てしまいましたね」
すぐさま踵を返すと、サムは敵陣後方に向けて速攻をかける。サムの突然の登場に気づいたものの、方向転換の遅い怪物たちは対応できない。のろのろと巨体を引きずる怪物たちを、サムは両腕のブレードで次々となます切りにしていく。
怪物の体液が飛び散り体を濡らす。せっかく洗った装甲が汚れた不快感に、サムは無い眉をひそめた。
その時、背後から急接近する物体の存在を知らせる警報がサムの中に響いた。これまでにない識別反応だ。
(速い!)
攻撃の気配にサムが身をかわすと、間一髪のところで怪物の爪が空を切った。
すぐさま体勢を立て直し、攻撃してきた相手を探す。すると目の前に、自分と同じくらいのサイズの怪物がファイティングポーズをとっていた。
今まで蟻頭クラスの巨大な怪物ばかりに気を取られていたが、どうやら怪物は一種類ではなく、サイズや体型のバリエーションが何種類かあるようだ。目の前の怪物は、蟻頭とはサイズも体型もまるで違う。頭が昆虫に近いのは仕様だろうが、これは蟻よりも蜂に似ている。胴体や手足がかなり人間に近く、恐らくは機動性や汎用性を重視したタイプなのだろう。筋骨隆々の外観だが、装甲のような外骨格は高い防御力を持っていると推測できる。きっと二人の撃った銃弾さえも耐え凌ぐに違いない。いや、きっと効果がなかったから、今こうしてサムと対峙しているのだ。
(やれやれ、これは思ったより楽をさせてくれそうにありませんね)
サムは内心で溜め息をつくと、両腕のブレードを収める。試してはいないが、この怪物の装甲にはあまり効果がないだろう。余計なエネルギーをブレードに回すよりは、少しでも運動エネルギーに使う方が良策だ。
蜂頭はサムを威嚇するように、顎をぎちぎちと鳴らす。気のせいか蟻の頭よりも蜂の頭のほうが凶暴に見える。そして蟻頭よりも戦闘に特化しているのは、先の奇襲から容易に窺えた。
(殴り合いはゲイルのほうが似合っているのですが……)
銃や剣のようにスマートな戦いが好みのサムにとって、ゲイルのように徒手空拳で戦うのはあまり趣味じゃない。だが好き嫌いを言える場合ではないので、仕方なくもっとも原始的な戦闘に移行する。
先に動いたのは蜂頭だった。しゅんと風を切るような音とともに、一瞬でサムとの間合いを詰める。そして鋭い爪のついた手を振るうが、いとも簡単にサムに受け止められた。
「まあ、好みじゃないからといって、苦手とは限らないのですがね」
サムに掴まれた蜂頭の手が、ぎちぎちと軋む。プレス機よりも強い力で締めつけられ、指が枯れ枝のように折れた。
苦痛の悲鳴を上げる蜂頭。すかさずサムはその頭を両手で掴み、飛びかかりざまに右の膝蹴りを入れる。
山を揺るがすほどの強烈な膝蹴りに、蜂頭の顔面にヒビが入る。だが生命力も虫並みなのか、まだ絶命には至らない。
「刺突モード」
次の瞬間、どん、という音とともにサムの膝から杭が飛び出す。圧縮空気によって射出されたパイルバンカーの先端が、蜂の顔を突き破って後頭部から出た。
だがまだ蜂頭は倒れず、顔に刺さった杭を抜こうと手をかけた。何という生命力だ。しかしサムは、そうはさせじとさらに畳みかける。
「削撃モード」
蜂頭に刺さった杭の表面がばくんと避ける。杭はドリルに変形して高速回転を始め、蜂の頭を掘削する。
ドリルとなったパイルバンカー――略してドリルバンカーが唸りを上げ、蜂頭の外殻が卵の殻を剥くように弾け飛ぶ。顔をほじられ、蜂頭は痙攣しながらいろんな色の体液を飛ばした。
杭の回転が止まると、蜂の頭にはすっかり空洞ができ、向こうが見えるようになった。すかすかになった顔から杭を抜き、サムが着地する頃、ようやく蜂頭は生命活動を停止させた。
まずは一匹、と一息つく間もなく、サムの周囲に同種の蜂頭が集まる。周りをぐるりと囲んだ蜂頭が舌なめずりをするように顎を鳴らす。
「何だか笑われているようで不愉快ですね。たったそれだけの数で取り囲んだくらいで、もう勝った気になっているのですか?」
サムの言葉が理解できるのかいないのか、蜂頭たちは顎を鳴らしながらゆっくりとサムに近づき間合いを詰める。
ふう、とサムは呆れたように息を吐く。
「やれやれ……舐められたものです。では教えてさしあげましょう――」
すると、サムの左膝から右膝と同じ杭が飛び出す。
次に両腕を軽く曲げると、両肘からも杭が飛び出す。
計四本のドリルバンカーが回転し、獲物を早く貫きたくて堪らないと吠える。
「――ゲイルに必殺の技があるように、私には色々と奥の手があるという事を」