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                 ◆

 ほんの一週間前に通った道が、がらりと様相を変えていた。

 村からほとんど出ないサーシャだが、それでも年に数回は通る街道。それがまるで、これから新たな町を建設するかのように開拓されている。

 怪物がこぞって移動しただけでこのありさまだ。もし意思をもって村や町を襲いだしたら、誰が止められるというのだろう。

 「あ、いた……」

 サーシャは目の前を歩くゲイルとサムの背中に向けて呟く。

 一人は飄々としたのっぽの優男ふうで、とても荒事に向いているとは思えない。どちらかと言うと、町のいかがわしい酒場で客引きをしているほうが似合っている。

 もう片方はいかにもと言うか、もう荒事以外の仕事が似つかわしくないといった風貌。全身鋼の鎧で身を固めた、雲つくような大男だ。背はサーシャの倍近くあり、手足の太さは三倍以上ある。体重にいたっては比較したくないほどの巨躯。

 この一見正体不明の凸凹コンビが、これから数万の怪物たちと戦いに行くという話を、いったい誰が信じるだろう。大道芸の一座から逃げ出したとしか見えない二人が、この国を救う救世主だと、誰が想像つくだろう。

 だがサーシャだけは知っている。二人が誰よりも、何よりも強いという事を。

 この二人なら、幾千万の怪物を相手にしても引けを取らない事を。

 だからサーシャは二人に「気をつけて」なんて言わない。これから死地に赴こうとしているというのに、まるで散歩しているような足取りで歩く二人の背中に、そんな台詞は野暮というものだ。


 小高い丘の上で、一行は立ち止まった。山頂しか見えなかった火山が、ここからだと一望できる。

 火山へと続く大地は、すでに数多の怪物に踏み荒らされ、ただでさえ荒涼とした地面がでたらめに均されている。草木一本どころか蟻の一匹もいない。巨大なこてを引きずったような跡が、何千何万と伸びている。そしてその先には、遠目で見てもわかるほど怪物たちがひしめき合っている。腐った倒木の皮を引っぺがすと、びっしりと張り付いている得体の知れない虫のように、おびただしい数の怪物たちが二人を今か今かと待ち受けている。

 何という数だ。これだけ距離があるというのにはっきりと分かる。小さな虫がうごめいていると錯覚しそうだが、あれら一つ一つが森にいた怪物と同じくらいの大きさなのだ。小山のような怪物たちが群れて集まり、火山の麓を埋め尽くしている。

 「うひゃ~、いるわいるわ。いったい何匹いやがるんだ?」

 「最新の観測データですと、二万八千――」

 「あ~わかったわかった。だいたい三万ってとこか。ノルマが一人一万五千。こりゃ結構な肉体労働だぜ」

 ゲイルはフンと鼻を鳴らし、手を額に当てて麓にできた怪物の海を眺める。

 「キャサリンからの後方支援はないのか? なんかこう、ビーム兵器でざーっと一掃するみたいな気の利いたやつ」

 「残念ながら。下手に爆撃などで地殻に刺激を与えると、火山が噴火する恐れがありますので」

 「なにい。じゃあこれだけの数を素手で相手するのか? 時間がいくらあっても足りゃしねえぞ」

 やってられんとばかりに髪をかきむしるゲイルに向けて、サムは右手の人差し指を立てて左右に振る。

 「落ち着いてください。すでに手配はしています」

 さて、とサムは着けてもいない腕時計を見る仕草をすると、どこからか口笛のような音が聞こえてきた。

 「なに、この音……?」

 空気を切り裂く音はじょじょに大きくなり、三人の真上を通過したかと思うと、突然巨大な何かが空から落下してきた。

 「きゃあっ!」

 「うおっ! 何だあ?」

 いきなり轟音とともに巨大なコンテナが目の前に落下し、大量の土砂が三人に降り注ぐ。ゲイルとサーシャは衝撃で転び、頭から土を被った。

 「なに? なんなの?」

 「ぺっぺっ……口ん中に土が……」

 落下の衝撃で舞い上がった土煙が晴れると、まだ大気の摩擦で煙を上げているコンテナの前で、サムが満足そうに仁王立ちしていた。

 「ふむ、座標ぴったり。さすがキャサリン。いい仕事をしますね」

 コンテナをバンバンと叩くサム。一辺の長さがサムの身長とほぼ同じくらいあり、コンテナというよりはむしろちょっとした小屋だ。家具や機材さえあれば、中に人が住めるだろう。

 「馬鹿野郎! 衛星軌道からコンテナを投下するなら、もっと離れた場所に落とせ!」

 「あまり離れた場所に落とすと、中のものを取り出す前に敵がこちらに向かってくる危険性があります。なので極力至近距離に投下するのが適切だと判断しました」

 言いながらサムは、コンテナの側面にあるパネルを操作する。ごつい指で器用にボタンを押すと、ばしゅんと中の空気が吐き出される音がしてコンテナの上部が開く。観音開きになったコンテナに手を入れると、サムは中に収納されていたものを無造作に取り出した。

 「使い方はわかりますね?」

 取り出した黒くて長い鉄の塊をゲイルに放り投げる。常人なら持つことすらままならない大きな鉄塊を、ゲイルは棒切れのように受け取った。

 鉄の塊は、形だけは銃に見える。だが大きさが比較にならない。二メートルはゆうにある砲身は太さが大人の腕ほどもあり、銃口の大きさは子猫が中を通って遊べるくらいだ。そして本体の下部に接続された弾倉マガジンは、どう軽く見積もっても百キロはあるように見える。銃本体と合わせると、総重量がいくらになるか見当もつかない。

 「フン、誰に言ってやがる」

 ゲイルは新しいおもちゃを渡された子供のような笑顔で、軽々と銃を構える。ずしりと手に伝わる重量感。陽光を受け黒光りするボディ。そして染み込んだグリスと油と火薬の混じった臭いが実に頼もしい。

 「どちらが多く仕留めるか競争するか?」

 「いいですね。でもどうせなら、何か賭けませんか?」

 「当然。そのほうが盛り上がる」

 コンテナから新たにサムが取り出したものは、先にゲイルに渡した銃の倍以上の大きさがあった。そして同じものをもう一つ取り出す。

 「で、何を賭けます?」

 「……いきなりイカサマかよ」

 恐竜でも二秒で挽肉ミンチにできそうな巨大ガトリング砲を二丁拳銃にするサムに、ゲイルは舌打ちをする。

 「やめだやめ。こんなんじゃ勝負になりゃしねえ。そんな事よりそろそろ始めるぞ!」

 「了解――っとその前に」

 サムがコンテナの中身をすべて外に放り出すと、お手玉のように予備の弾倉が宙を舞い、次々と地面に突き刺さる。

 「失礼」

 「きゃっ……」

 サムはひょいとサーシャを抱えると、すっかり空になったコンテナの中にそっと下ろした。

 「ちょっと、何するのよ?」

 「この中なら安全ですので、しばらくここで大人しくしておいてください」

 「あ、ちょっと待って――」

 「御機嫌よう、サーシャ。また後でお会いしましょう」

 サーシャがぴょんぴょん跳ねて文句を言うが、構わずサムはコンテナの蓋を閉める。完全密閉しなければ窒息することはないし、強度については先ほどの衛星軌道からの投下で実証済みだ。大気圏突入にも耐えるコンテナの内部は、間違いなくこの惑星で最も安全なシェルターだろう。

 「お待たせしました。では参りましょう」

 すっかり待ちくたびれたゲイルは、への字口を笑みの形に曲げる。

 「フン。お前、最初っからあいつをあれに入れる気だったな?」

 「ご明察。あれなら誤って火山が噴火しても、充分耐えられますからね」

 「ま、あれなら怪物が踏んでもびくともしねえだろ」

 「耐久性能だけはお墨付きですからね」

 違いない、とゲイルは笑って背を向ける。サムもすぐに後に続き、二人は火山に向けてゆっくりと歩み始めた。

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