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 昨夜はとうとう眠れなかった。窓を開けると、朝日が目にしみる。

 サーシャはいっぱいに開いた窓から乗り出し、庭を眺める。ゲイルとサムを村から追い出そうと、村人たちがあそこに集まったのはたった二日前の事だが、随分昔の事のようにも思える。


 「あたしが二人に同行して、結果をみんなに報告すればいいのよ」

 これは名案、という顔でサーシャが話を続けようとすると、横からサムが「ちょ、ちょっと待ってください」といかにも心配そうな素振りで待ったをかけた。

 「危険です。とても賛成できません」

 「お前がいたら足手まといだ。怪物の数を考えろ。とてもじゃないが、お前を庇いながらどうにかできるってレヴェルじゃねえぞ」

 最後にアホかとつけ加え、ゲイルも反対の意を示す。最後の台詞が余計だが、二人とも自分の事を心配してくれているのは嬉しかった。だが話はそこで終わりではない。

 「まあまあ待ちなさいって。人の話は最後まで聞けって、ママに教わらなかったの?」

 「……誰のマネだよ?」

 苦笑いするゲイルに、サーシャは「へへ~」とおどけて舌を出す。

 「ま、それはおいといて。あたしだって危ない事はイヤだし、二人の足を引っ張るつもりは毛頭ないわ。だから、同行って言ってもただ二人についていくだけ。勿論、怪物と戦っている時はずっと遠くで隠れてるわ。で、すべてが終わったら、それを確認して村に戻ってみんなに報告するの。そうすれば、みんなも納得安心できるでしょ?」

 どうだとばかりに腰に両手を当て胸を張ると、一同はおおと感心する。サーシャは人々の反応に、うんうんと頷いた。これなら危険はほとんどないし、村人たちの不安も解消できる。

 「保証がないなら、保証人を立てればいいのよ」

 「それは確かに名案ですが……どうして貴方が?」

 「あたしには、あんたたちを村に招いた責任があるわ。誰が行くかでもめるなんて時間の無駄だし、あたしが一番適任だと思うの」

 「しかしだな、リネアとじいさんが何と言うか……」

 ゲイルは二人がこの話を聞いたらどんな顔をするか、想像するだけで頭が痛いようだ。二人は今ボーエンの治療をしているのでこの場にいないが、早晩知る事になるだろう。

 「おじいちゃんとお母さんにはあたしから話すわ。だからみんな、余計な事は言わないでちょうだい」

 真剣な面持ちでサーシャが言うと、村人たちは黙って頷いた。彼らにしても、厄介ごとを進んで引き受けてくれたサーシャの好きにさせたほうが良いと考えたのだろう。もし土壇場になって心変わりを起こしたり、彼女の家族が反対すれば、いったい誰がこんな危険な役目をやりたがるというのか。後はただ、当日までにサーシャが上手く家族を説得してくれて、彼女の気が変わらない事を望むばかりである。

 「なら話はこれで決まりね。あんたたち、出発はいつ?」

 「三日後です。それまでには、怪物たちがすべて火山に集まるでしょう。そこを私とゲイルが叩きます」

 「じゃあみんなはあたしが戻るまで、いつも通り過ごすって事でいいわね?」

 村人たちがうんうんと首を縦に振る様子を満足そうに見回すと、サーシャはそういえば、と思い出す。

 「一番厄介なのが残ってたわね……」

 と納屋のほうへ視線を向けると、みんながああそうだった、と溜め息を漏らす。

 「あの馬鹿をこのまま野放しにしたら、絶対に何もかもおじゃんにするに決まってる。賭けてもいいわ」

 「いっその事、彼も連れて行きますか?」

 「勘弁しろよ。何の罰ゲームだ?」

 「しかし彼をこのまま放置しておくのは、三歳児に一人で留守番をさせるより不安ですからねえ」

 「三歳児だったら、寝かしつけておけば楽なんだけどね……」

 何気ない一言を放ったサーシャに向けて、ゲイルとサムが同時に「それだ!」と指をさす。

 「いいですね。名案です」

 「何だよ、難しく考える必要なんてなかったじゃねえか。始末すると後味が悪いが、ちいとばかし眠ってもらうだけなら何の問題もねえぜ」

 「良心も痛みませんしね」

 「あいにく良心は品切れで、入荷待ちだけどな」

 にたりと笑いながら、ゲイルは手の指をばきばき鳴らす。その笑みは暴力よりも、何の罪悪感もなく捕まえた昆虫を解体する子供を連想させた。だが下手に邪気がないだけに、サーシャの脳裏に不吉な想像がよぎる。

 「ちょっと待って。こんなのでも一応知り合いだから、あんまり酷い事はしないでね」

 「安心しろ、殺しゃあしねえよ。ちょっと何日か眠ってもらうだけだ」

 「ご心配なく。ゲイルが無茶をしないように、私が責任をもって監督しますから」

 「あ…………うん、お手柔らかにね……」

 一抹の不安を抱きながら、納屋の中へと消えていく二人を見送ると、すぐにグレンのくぐもった呻き声が漏れ聞こえてきた。

 「ん~~~~~~~~~~ッ!」

 ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん。

 「ああああぁぁぁああぁぁぁ…………!」

 恐怖にひきつった悲鳴が、虫の羽音のような音にかき消される。やがて音がやみ、しんと静まり返った納屋から、一仕事やり終えたような顔をした二人が出てきた。

 「ふう、これで数日は目を覚まさないだろう」

 出てもいない額の汗を、手首で拭うゲイル。グレンはぐったりとしたままサムの肩に担がれ、だらしなく涎を垂らしてぴくぴくと痙攣している。

 ほんのわずかな時間で廃人と化した幼馴染の姿に、サーシャは中でいったい何があったのか不審に思ったが、とりあえ外傷はないし生きているからまあいいかという事にした。あとは適当に空いてるベッドに寝かせておいて、彼の面倒はリネアに任せればいい。

 とにかくこれで懸案事項が一つ片付いた。気がつけば、夜もかなり更けている。村人たちには明日も仕事があるので、今日のところはこれで解散してもらった。

 ぞろぞろと帰って行く村人たちを見送りながら、サーシャは何事もなく無事に話し合いが終わった事に一安心する。そしてその一方で家族にどう説明しようかと思案するが、今は感情を爆発させた余韻が残っているせいか、上手く頭が回ってくれなかった。

 一晩寝れば、頭も冷めて良い知恵が出てくるだろう。そう思ってその日は床についたサーシャだったが――

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