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「じゃああたしはこの子の手当てをしてくるけど、あんたたちはちゃんとみんなと話し合っておくのよ」
「ボーエンの事、よろしくお願いします」
「あ、おい……」
少年をおぶって家に向かって歩き出そうとしたサーシャを、ゲイルが呼び止める。
「なに?」
「あのゲス野郎をのしてくれてありがとよ。おかげでスカっとしたぜ」
「……あれは、あたしも頭に来たからやっただけよ。お礼を言われる事じゃないわ」
「……そうか」
「それにお礼を言うのはあたしが先。森で助けてもらったお礼、まだ言ってなかったもん」
ありがとう、とサーシャが笑顔に感謝を込めて礼を言うと、ゲイルがぽかんと口を開けて見つめていた。
「……なによ?」
「いや……別に…………」
「変なの」
そう言ってまた笑うと、サーシャは家に向かって歩き出した。こんな状況だが、思わず小さくガッツポーズをとってしまう。何故なら、ようやくゲイルにお礼を言えたからだ。
サーシャが家の中に戻るのを見届けると、ゲイルは粛々と整列した村人たちに向かってフン、と鼻を鳴らした。
「まあ、その……なんだ。俺たちも、良かれと思って黙ってたんだが……誤解を招いたようで悪かったな」
ぶっきらぼうなゲイルの謝罪に、村人たちが一斉に「おお……」と感嘆の声が漏らす。よもやこの男から、こんな殊勝な言葉が出るとは思いもしなかったに違いない。
「だからまあ、こっからはお互いざっくばらんに行こうや」
ゲイルが顎で促すと、サムは自分の役目とばかりに前に出て朗々と語りだした。もちろん怪物たちが実は何者かに作られたものである事や、自分たちはその何者かを捕らえに来た事。そして自分たちが宇宙連邦治安維持局の特務捜査官で、この惑星の人間ではないという点は伏せてだ。
ケガをしたボーエン少年をゴードに預けたサーシャが戻ってみると、家の庭がちょっとした村の集会場みたいになっていた。
「ま……話し合うのはいい事よね」
とは言うものの、どうやらお互い平行線のようで、喧々囂々とした雰囲気に先が思いやられる。
「ちょっとちょっと、何をそんなにもめてるのよ?」
見かねたサーシャが集団の中に割り込むと、サムがちょうどいい所に来たと言わんばかりに救いを求めた。
「それが実は……」
サムの説明によると、怪物たちが火山に移動しているのを隠していた事は、村人たちも二人が自分たちに余計な不安を与えないための配慮だからと納得してくれた。
だが問題は、集まった怪物たちをどうするか、だ。そのまま放置しておけば、いつ大挙して村に押し寄せてくるかわかったものではない。
「怪物たちは私たちが駆逐すると言っているのですが……」
「さすがに我々も、その言葉だけでは安心できない。きちんとした確約か保証がなければ、あんたたちをこの村から出すわけにはいかないんだ」
サムの言葉を遮るように、男性が口を挟む。どうやら彼が、臨時の代表として二人と交渉しているようだ。
「ですが、こればかりは我々を信じてくれとしか言いようがありません」
「だがそれで〝ハイそうですか、お願いします〟って見送れるわけないだろ」
彼の言うとおり、二人が逃げ出さないという保証はどこにもない。村人たちの主張は当然だが、これではいつまで経っても話は平行線だ。
「そういえば、グレンは?」
はたと思い出し、サーシャはグレンの姿を探す。だが泡を吹いて転がっていたはずの彼の姿は、どこにも見当たらなかった。
「ああ、あの馬鹿なら縛り上げて、猿ぐつわかまして納屋に放り込んであるぜ」
「彼がいては、まとまる話もまとまらなくなりますからね」
「違いねえ。だが、お前の金的がそうとう効いたみたいで、ありゃ朝まで目が覚めないだろうぜ」
くっくとゲイルが笑うと、村人たちからも笑いが起こる。サーシャは自分が笑い者にされているみたいで、何だか恥ずかしくなった。彼女もあの時は、一秒でも早くグレンを黙らせなければいけないと気が急いていたので、緊急措置としてあんな真似をしたのだ。
「と、とにかく、問題はそこなのね」
「ええ。おかげでさっきから水掛け論です」
「なるほどね……」と話題を反らしてはみたものの、確かにこれは難問だ。
「火山に集まった怪物たちが、村にやってくるという可能性はあるの?」
「それはわかりませんが、少なくとも今のところ火山から離れる心配はないでしょう」
ふむ、とサーシャは腕を組む。今のところがどれくらいなのかは定かではないが、当座の安全はサムが保証している。かと言ってそのままにしておいて良いという事ではないが。
「じゃあさ、村の近くに来た怪物だけ倒して、徐々に数を減らしていくっていうのはどう? これならあんたたちも、またしばらく村に居られるじゃない」
「それは根本的な解決にはなりませんし、時間がかかり過ぎます。私が得た情報では、火山周辺に集結した怪物の具体的な数は、二万八千七百十三体。それを一体ずつ始末していくとなると、かかる時間がざっと――」
「あああ、ごめんなさい、今のナシ」
二万八千七百十三体。膨大な数と言っていたが、まさかそこまでの数がいるとは予想もしていなかった。具体的な数字を知らされた人々は、そのあまりに桁外れな数の怪物が、今こうしている間にも自分たちの住んでいる村の近くに集まり続けている事実に改めて恐怖した。
「我々が行かなければ、怪物はさらに数を増やすでしょう。何故ならあの火山こそが、怪物の巣のようなものなのですから」
村人たちが、口々に唸り声を上げる。具体的な解決案が出ないまま、不安要素だけが増えていく。前に進むこともままならないまま、止まることもできない。こうしている間にも足元の崖はどんどん後ろから崩れて追い詰められていく。
焦りばかり募る。迫り来る恐怖が、人々の心を押し潰さんと圧力をかけている。こんな事なら、始めから何も知らずに安穏と過ごしていたほうがましだったと、今になって後悔する。二人もそれを予期して秘密にしていたのだろう。それでも、知ってしまったからにはやれる事をやらなければならない。
「お前ら、しばらく村を離れたらどうだ?」
「無理だ。第一、他の村人たちに何と言ったらいいんだ? それに俺たちは、生まれ故郷のこの村を捨てる気にはなれない……」
感情論で否決され、ゲイルは面白くなさそうに頭をかきむしる。今はまだそれほど危機的状況ではないにしろ、いずれはそんな悠長な事を言っている暇などなくなるのだ。しかし、今はまだそんな時期じゃないからこそ、村人たちの意見は尊重しなければならない。なりふり構わず村を捨てて逃げるのは、最後の手段にしたかった。
サーシャもこの村を捨てるという案には賛成できない。住み慣れた村という事もあるが、それ以前にどこに行けばいいのかわからなかった。それにこの村を捨てたとして、移り住んだ新しい場所に怪物が現れないという保証はどこにもない。
保証――またこの言葉か。神ならざる人の身で、誰がそんなものを与えられるのだろう。さっきから何度も出るこの言葉が、村人たちと二人の枷となっている。この言葉がつきまとう限り、話し合いはこれ以上一歩も進展しないだろう。
(つまり、二人がちゃんと怪物たちを退治しました、という明確な証拠があればいいのよね)
約束という目に見えないものでは駄目だ。もっとはっきりと、形ある何かを村人たちに提示できれば、彼らもきっと納得してくれるだろう。
証文。手形。どれも形となってはいるが、お互いの信頼という無形のものがなければ成立しない。つまり村に戻ってくるとは限らない二人が相手では、この方法は意味がないのだ。
何か別の――たとえば二人が村に戻らなくても、怪物がいなくなったと村人に伝えれる方法があればあるいは……。
「そうだ!」
突然大声を張り上げたサーシャに、全員の視線が集まる。
「あたし、いい事思いついちゃった!」
自信満々の笑顔を向けるサーシャだが、彼女を見る人々の目は、ただ唖然としていた。