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 庭の目ぼしい石を投げ尽くしたのか、ようやく投石が終わった。

 「我々は貴方たちに危害を加える気は毛頭ありません。それよりもむしろ、貴方たちを助けたいのです。ですからどうか皆さん、我々を信用してください!」

 荒ぶる群集を前に、果敢に説得を続けるサム。だが興奮した村人たちは「嘘をつけ!」だの「黙れ!」などと叫んで聞く耳を持たない。それを待っていたかのように、グレンが隣の村人に松明を渡して前に出る。

 「だいたいその図体が怪しいんだよ。悔しかったら鎧を脱いで顔を見せやがれ」

 「それは……無理です」

 「ホラ見ろ! 見せられないようなモンが中に詰まってるに決まってる。お前の中身は怪物だ!」

 サムが答えに窮すると、グレンは鬼の首を取ったかのように喜々とする。まるで主旨と関係のない事を取り沙汰して、さもそれが証拠だとばかりにはしゃいでいる。完全に揚げ足取りだ。

 だがサムも負けてはいない。少なくとも、彼はグレンよりも聡明で弁も立つ。口ゲンカや論争なら、決して負けはしないだろう。無論ケンカになっても負けはしないが。

 「待ってください。百歩譲ってもし我々が怪物の手先、あるいは怪物そのものだとしても、その目的はいったい何なのですか?」

 「決まってる。俺たちを油断させて、中から村を襲うつもりだ」

 間髪入れないグレンの答えを、サムは鼻で笑う。まるで子供の幼稚な想像だと言わんばかりだ。

 「私が怪物だったら、そんなまだるっこしい事はしません。そもそも、怪物がどうして村人を懐柔しなければならないのです? そんな事をしなくても、このような小さな村などあっさりと全滅させる事ができるはずです。つまり、貴方の仮定は根本から間違っている」

 グレンが「ぐ……」と唸ると、村人たちからも「そう言えばそうだ」などとざわめきが起こる。

 「そんな手間をかけてこの村に潜入するメリットが、どこにあるのですか。この村のどこにそんな価値があるというのです」

 冷静になって聞くと失礼な言い方だが、まさにサムの言う通りだとサーシャは思った。怪物が餌を欲しさに村を襲うのなら話は解かるが、わざわざ村人を騙して潜入する理由などこの村にはない。またもやグレンは唸る事しかできなかった。

 扇動されて興奮していた民衆は、指導者の論破される姿にようやく冷静さを取り戻しつつあった。ひそひそと話し合い、自分たちの行いが本当に正しかったのか疑問を持っている。

 あと一押しすれば、彼らの誤解はすべて解ける。そう感じたのかサムが遂にとどめの一撃を放つ。

 「それなら貴方がたには、我々を怪物の手先だという証拠があるのですか?」

 決定打ともいえる一言。そんなものあるわけがない。グレンの下らない言いがかりも、これですべて打ち砕けたかに見えた。

 だがグレンはにやりと笑う。その余裕の笑みに、サーシャは嫌な予感がした。


 「二人が怪物の仲間だっていう証拠なら、ここにあるぜ!」

 そう言うとグレンは、何やらボロ布の塊のようなものを二人の前に放り投げた。それはどさりと地面に落ちると、くぐもった呻き声を上げる。

 松明の頼りない灯りの中、もぞもぞとボロ布の塊がうごめく。やがて塊から泥に汚れた顔や手足が伸び、ボロだと思っていたものが、小さな子供の姿へと形を変える。闇夜を見通す目を持つサムは、真っ先にその人物に気づき驚愕の声を漏らした。

 「ボーエン…………」

 サムの掠れる声に、サーシャははっと息を飲む。ボーエンは地面を引きずり回されたようにあちこち泥にまみれ、顔や手足は傷だらけだった。

 「お前らはこのガキに、怪物たちが移動している事を口止めしていたそうだな。何故口止めする必要がある? まるで知られたら困るみたいじゃないか。怪物の情報を隠蔽した事が、お前らが怪しいという証拠だよ!」

 劇的な逆転を果たしたように、グレンが高らかに笑う。そして村人たちもまた、再び二人に向けた疑念や憎悪を復活させていた。

 「ひどい……」

 少年の有り様に、サーシャが悲痛な声を漏らす。

 誰よりも早く、サムが少年の許に駆けつけた。屈みこみ、大きな手で小さな体をそっとすくい上げると、少年は傷の痛みに小さな呻き声を漏らす。

 「ボーエン、しっかりしてください……」

 恐る恐る声をかけると、少年は体をぴくりと震わせ、ゆっくりと目を開いた。だが片方の瞼が大きく腫れあがっており、その痛みに声を上げる。

 「さ、サムさん……」

 少年はサムの顔を見ると、ぼろぼろと涙を流し始めた。だがそれは痛みや安堵の涙ではなく、悔しそうに歯を食いしばり嗚咽を漏らす、無念の涙だった。

 「ごめんなさい……。約束したのに僕、僕……」

 傷の痛みよりも、約束を守れなかった悔しさで流れる少年の涙に、サムはようやくすべての事情を察した。グレンは暴力をもってボーエンに喋らせた秘密を、ゲイルとサムを貶めるために用いたのだ。

 サムの掌の中で、ボーエンが嗚咽している。暴力に負けてしまった事に悔いて泣いている。サムは自分との約束を守るために傷だらけになった少年の涙に、回路が焼きつくような後悔の痛みを感じた。

 こんな幼い子供を、己の権力を守るためだけに痛めつけたグレンも許せないが、こうなる事を予期できなかった、あの時の自分を殴り飛ばしたい。何て浅慮な事をしたのだと、過去に戻れるなら今すぐそうしたかった。

 「すみません、ボーエン……。私のせいで……」

 サムは自分が置かれている立場を忘れ、ただ少年のために後悔と慙愧の念に埋もれていた。

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