14
昼間の快晴とはうって変わって、夜空には雲が立ち込めている。月明かりはおろか、星明りすらない。そして閉め切った納屋の中は、真の闇に満たされていた。
「では、説明します」
サムの両目が光ると、暗闇の中に映像が浮かび上がる。立体的な球体には、大陸や海などの地形が再現されており、見る者が見ればこの惑星を表している事がわかるだろう。陸地は大小の差が激しく、最も大きいものを大陸とするなら、他の小さいものは島と呼んでいいくらいの大きさだった。
球体が回転すると、赤い点が打たれた箇所をゲイルたちに向けて止まる。
「これが、我々の現在地です」
赤い点は、大陸の中央よりやや左下にある。点を中心に、カメラが焦点を合わすように映像が鮮明になると、山の稜線や街道が明確になる。ゲイルたちが蟻頭を倒しサーシャと出会った広大な森は火山の東側に展開し、村はその二つを結んだ線を底辺とすると、二等辺三角形を逆さにした頂点のあたりに位置していた。
「それで、これがいったい何なんだよ?」
ゲイルは壁にもたれながら、つまらない授業を受けている不良学生のように手を頭の後ろで組んで足を投げ出している。
「次に、この映像を見てください」
地図の上に、赤い点以外の黄色い点があちこちに表示された。数える気にならないほどの黄色い点は、大陸のいたるところに散らばっている。だがその大多数は火山や森に散在しており、奇妙な偏りを見せていた。
「これが、約三十時間前にキャサリンから送られてきたスキャン結果です。黄色い点は、怪物から検出したエネルギーの波長と同一のもの――つまり同種の人工生命体だと考えて問題ないでしょう」
サムの言葉に、ゲイルはもたれた壁からずり落ちる。
「おい待て! とっくに結果が出てるなら、もっと早く言えよ!」
「これではこの惑星の怪物の生態分布図と同じで、目標の明確な場所を示しているとは言えません。ですから報告する必要はないと判断しました」
ずり落ちた体勢のまま、ゲイルは「なるほど」と唸った。
「次に、約二十時間前の映像です」
映像を早送りするように、地図に変化が起こる。黄色い点がわらわらと動き、大陸の中央を目指して集まる。
「怪物が一斉に移動しています。ボーエン少年の証言も同じです」
少年の言ったとおり、黄色い点が確実に同じ地点を目指して集まっている。速度はまちまちだが、まるで赤い点に引き寄せられているように見えた。
「まるでこの村を取り囲むように集まってきているな」
「いえ、そうではありません。怪物たちは、命令を受けて集まっているのでしょう。恐らくは自分たちを作った主――我々の目標を守るために」
「どうしてそう思うんだ?」
ゲイルの問いに、サムは順を追って説明しましょうと、映像を巻き戻し始めた。
「これが最初の、約三十時間前の映像です。これより以前のデータがないのであくまで推測ですが、この頃から怪物たちに指令が与えられたのでしょう」
「だから、その根拠は何だって訊いてるんだよ」
「森の怪物ですよ」
ゲイルは森で倒した蟻頭の事を思い出す。たしかあの時自分たちは、森の東端から西に移動していた。そして蟻頭も森を東から西に移動していた。サーシャは運悪く、その通り道に入ってしまったのだ。
「怪物がもし、我々がこの惑星に到着した時点で命令を受けていたのなら、東から森に入った我々を迎撃するために、西から東に移動していないといけません。ですが実際は逆。なのでこの時点では目標は我々の存在に気づいていなかったのでしょう」
「じゃあ、どの時点で気がついたんだ?」
「これも推測ですが、ゲイルが怪物を倒すために内燃氣環を発動した時点です」
「ゲ……俺のせいか……」
「この惑星では、怪物以外にありえないエネルギー量ですからね。目標が科学的なエネルギー波長を計測する事によって怪物の分布を管理しているなら、当然異質な波長も検出されているでしょう」
「クソ、調子に乗って暴れたせいで、わざわざ相手に存在をバラしちまったか……。軽く凹むぜ」
ゲイルはばつが悪そうに、頭をかきむしる。
「サーシャを助けるように頼んだのは私ですから、あまり気にしないでください。それに今回は、それが功を奏したようです」
「どういう事だ?」
「ゲイルがこの惑星で内燃氣環を使ったのは、あれ一度きりです。もし目標が我々の位置を常に把握しているのなら、この村に怪物を送り込まないはずがない。ですが怪物はまだ一度も来ていない。それはどうしてでしょう?」
「そうか。向こうは俺たちの存在を捕捉できただけで、今どこにいるかまでは把握してないのか」
「正解です。この村に我々が滞在している事を目標が検知できなかったのは、大岩を破壊する際には内燃氣環が使われなかったからです。敵が現れたのはわかった。だがどこにいるのかはわからない。だから慌てて怪物たち集結させているのでしょう」
そう言うとサムは、二つの地図を重ね合わせる。一方は約三十時間前のもので、もう片方は約二十時間前のものだ。
「この十時間の間に、怪物たちは主からの指令を受けて、一箇所に集まろうとしています。これはボーエン少年も証言しています」
二つの時間の地図を重ねてみると、一目瞭然だ。黄色い点が、明らかに地図の中央目がけて集合している。
そして二つの地図を重ねて初めてわかったが、十時間の間に黄色い点が増えているような気がする。怪物は、ある一点から湧き出していた。
「そしてこの二つの地図から予測される、黄色い点の集結地点が――」
地図上の黄色い点が、みるみる一箇所に集まる。中には赤い点を通過していくものもあった。数え切れない黄色い点が集まった地点は、黄色い塊になって煌々と輝く。
地図の縮尺が小さくなっていく。黄色い塊にピントを合わせ、どんどん近くに寄る。
闇に浮かび上がった立体映像には、村人たちから『神の住む山』と崇められている火山が明るく光っていた。
「火山、か……。野郎、ここであの化け物を大量生産してやがったんだな」」
「間違いなくここに、怪物たちを生み出し操っている張本人がいるはずです。ここまでは理解できましたか?」
「まあ……何とかな。だが、一つ解からないことがある。今回の目標が怪物たちを操っているのは間違いないとして、どうしてわざわざ自分の居場所を晒すような真似をするんだ?」
「もし火山に標的が居ると仮定しましょう。標的は自分が隠れているすぐそばで我々を発見し、しかも見失ったとします。だとすると、我々がいつ迫ってくるかとびくびくし、なりふり構わず守りを固めるのではないでしょうか?」
「つまり、向こうが勝手に勘違いして墓穴を掘ったってわけだ」
ゲイルが楽しそうにがばっと起き上がると、サムは静かに、だが力強く「そうです」と肯定した。
「フン、ようやく見つけたぜ。首を洗って待ってろよ」
ゲイルは舌で唇を舐める。獲物を見つけた猟犬のような笑みだった。
「そこでゲイル、一つお願いがあるのですが……」
目標の位置を特定して高揚するゲイル。上がった士気に水を差すようで気がひけたが、それでもあえてサムは声をかける。だがゲイルはサムの言葉を、片手を上げて遮った。
「どうせ村を通る怪物を退治してくれ、とか言うんだろ?」
鼻を鳴らすゲイルに、サムは静かに頷く。期待はしていない。きっと反対するだろう。何しろ時間が経つほど、それだけ怪物の数が増えるのだ。危険も手間も増えるし、標的が逃走する可能性だってある。何より、二人にとって怪物の駆除は任務外である。速やかに標的を検挙または処理する。それが彼ら、宇宙連邦治安維持局特務捜査官の任務なのだ。
そして任務を遂行する事こそ、キャサリンを助ける唯一の方法なのだ。ゲイルが賛成する可能性は極めてゼロに近い。だが残された村人の事を考えると、無駄だと思いつつ提案せずにはいられなかった。
「いいぜ」
「そうですか。では私一人で、ええっ?」
「聞こえなかったのか? 俺は構わないって言ったんだ」
まったく予想だにしなかった返事に、サムの電脳が聴覚にエラーを出す。すぐさま再起動。記憶野から先の発言を脳内再生。またもやエラー。
「おい、なに固まってんだよ?」
「いえ……ちょっと聴覚デバイスの調子が悪いようで、幻聴が……」
「待てコラ。それじゃあまるで、俺がありえない事を言ったみたいじゃないか」
はい、とサムは素直に言う。何しろサムは、どうゲイルを説得するかという事しか考えていなかった。考えたパターンは、ゆうに数百通り。だがそれが無駄になった。サムがゲイルの行動パターンを読み違えたのは、初めての事だった。
まだ信じられずに呆然としているサムに、ゲイルは不満げな顔をする。
「勘違いするなよ。別にこの村の奴らに情が湧いたり、目的を忘れたんじゃない。ただ用心棒としての仕事を果たすだけだ。それに――」
「それに?」
「こいつらが村に来てから俺たちが倒したら、また目立つ事になるからな。面倒を増やすのはこれっきりにしたい」
「理由はどうあれ、協力に感謝します」
刺すようなゲイルの視線を真っ向から受け止め、サムは神妙に頷く。
「それで、この村に直撃する怪物は何体いるんだ?」
「計算では、七十二体です」
ゲイルは軽く口笛を吹く。蟻頭を基準とすれば、一体でも充分に村を全滅できるのにそれが七十二体。充分過ぎて、お釣りのほうが多い。
「だが大丈夫か? 仮にそいつら全部ぶっ倒しても、他の怪物が村に向かってきたらキリがねえぜ」
「その心配はありません。怪物たちは目的地に向かう事を最優先しているようで、可能な限り最短距離を移動しています。なので命令の変更がない限り、進路を変える可能性は低いでしょう」
「なるほど……。ならとっとと行くか」
ゲイルは壁から背を離して立ち上がる。
「今からですか?」
「朝までに終わらせるぞ。村に進路をとっている奴以外は、全部集まってから火山の麓で一網打尽にすればいい」
「なるほど」
ゲイルとサムは納屋の外に出る。涼やかな音色を奏でる虫たち以外、動くものは彼ら二人しかいない。村人たちは、陽が昇るまでぐっすり寝ているだろう。
ここからは時間との勝負だ。朝までに七十二体すべてを片付けて、何事も無かったかのように戻らなければならない。そうしないと、村人たちに余計な不安を与える事になるからだ。
「それじゃ、深夜の虫退治としゃれ込むか」
「長い夜になりそうですね」
「やれやれ、夜勤手当が欲しいくらいだぜ」
二人は地面を蹴り、高く跳ねる。月も星も出ていない闇夜の空に、二人の姿が消えていった。