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 ゲイルとサムがサーシャの家に戻ると、家の外にまで人が溢れていた。みな地震でケガをした者たちだ。列の中では幼い子供を連れた母親が、すりむいた膝の痛みに泣いている子供をあやしながら順番を待っている。

 「やはりあれだけの震度ですと、被害ゼロというわけにはいきませんね」

 「そうだな、大盛況だな」

 家の窓からは、リネアとサーシャが目まぐるしく動き回っているのが見える。ゴードも病気の体を押して患者の治療をしていた。今は頭から血を流した老婆に包帯を巻いている。

 さながら野戦病院だ。子供の泣き声。妻や夫、恋人の安否を気遣う声。救いの手を差し伸べるどころか、声すら聞こえない姿なき神へ祈る声。

 誰もが救いを求めている。だがゲイルが与えられるものは何もない。怪物を倒し、大岩を砕く事はできても、目の前で泣いている子供の涙を止める事はできない。自分ができるのは、破壊しかないのだ。

 人の枠を超える力を持っていながら、今の自分の無力さにゲイルはやりきれなくなる。ここには、自分のできる事が何一つない。

 「行こう。俺たちがいても邪魔になるだけだ」

 ここは自分がいてはいけない場所だ。そう思って立ち去ろうとした時、窓越しにサーシャと目が合った。

 「あ……」

 サーシャはすぐに目を反らす。それもそうだ。彼女はあれからずっとここでケガ人たちを治療していたのだから、ゲイルが岩を砕いた事を知らないはずだ。彼女の中では、ゲイルは薄情な最低野郎のままなのだ。だから、なおさらここには居られない。居たくなかった。

 サーシャの姿が窓から消える。ゲイルに構っている暇などないという感じだ。それでいいとゲイルは思った。そんな暇があるなら、一人でも多くのケガ人の治療に当たればいいと。

 「行くぞ」

 ゲイルは踵を返す。その背中に、誰かが声をかけた

 「ちょっと、どこに行くのよ?」

 振り返ると、息を切らしたサーシャが立っていた。服の上に、大きな白い布袋を被っている。頭と腕を通す所に穴を開けただけの、簡素な白衣だった。ところどころ、血や薬品で汚れている。きっと患者ごとに換える暇もないのだろう。

 「……どこに行こうが俺の勝手だろ」

 ゲイルはサーシャと目を合わせない。そしてサーシャもゲイルと目を合わせない。お互い気まずくて目を合わせられない、と言ったほうが正しいだろう。

 沈黙は、そう長くは続かなかった。

 「ああ、もうっ!」

 サーシャはつかつかと早足で歩くと、ゲイルの手を取った。そのまま否応なく家まで引っ張ろうとする。

 「お、おい、何するんだよ?」

 「人手が足りないんだから、あんたたちも手伝いなさいよ」

 「手伝えって言われても、ケガ人の治療なんてできないぞ」

 「消毒用のお湯を沸かすくらいできるでしょ? うちでは『働かざる者、食うべからず』なの。だから、食べる分はきっちり働いてもらうからね!」

 「何だよそれ? だいたいな、俺はしっかり働いてきたんだぞ」

 サーシャの足が止まる。つられてゲイルも立ち止まった。ゲイルの手を掴むサーシャの手に、わずかに力が入る。俯いたまま向けた背中が、彼女の顔を隠していた。

 「知ってるわよ……患者さんから聞いたもん。でも、あれはサービスだったんでしょ? だったらチャラよ、チャラ。わかったらつべこべ言わずに働きなさい!」

 肩を上下させるたびに、ゲイルの手も激しく振られた。すべてを吐き出すように言い終わると、ずっとゲイルに背中を向けたまま、上げっぱなしになっていた肩がゆっくりと下がっていく。

 「口は災いの元ですね。自分でタダだと言ったのですから、彼女の言い分はもっともです」

 ゲイルは力が抜けて項垂れると、空いたほうの手を額に当てる。

 「やれやれ……。で、俺は何をすればいいんだ?」

 額から手を離し、ゲイルはサーシャに訊ねる。口ぶりはいつもの調子だが、表情はどこか観念したような、それでいてほっとしたような顔だった。

 振り向いたサーシャが、ようやくゲイルに顔を向ける。疲れているはずだが、それをまったく見せない晴れ晴れとした笑顔だった。

 「じゃあ、ゲイルは井戸から水を汲んで来て。サムは……中に入れないから、外でじゃんじゃん薪を割ってちょうだい」

 速やかにサーシャが指示を出すと、二人はそれぞれの持ち場についた。

 「さあ、まだまだ患者さんが待ってるんだから、二人ともきびきび働いてね。お昼ご飯はそれからよ」

 「へいへい」

 「了解しました」

 結局、すべての患者の治療が終わったのは夕方だったが、ゲイルは一度もサーシャに空腹を訴えなかった。

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