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                 ◆

 村の男たちは老若を問わず、今にも倒れそうな大岩を相手に奮闘していた。

 ごっそりと沈下した岩の足元へ、次々と土が投げ込まれる。岩に綱をかけ数人で引っ張っているが、それもどれだけ効果があるか。それだけ巨大な岩が、今まさに村に向かって転がり落ちんとしている。誰もが死に物狂いになっていた。

 綱を引く連中の中に、グレンの姿があった。掛け声をかけては指示を出し、指示を出しては掛け声をかける。彼の声に合わせて皆が綱を引くが、岩はびくともせずむしろ徐々に倒れようとしている。

 「みんな頑張れ! ここで踏ん張らなきゃ、俺たちの村がぺしゃんこになるんだぞ!」

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶグレン。皆もそれに応じて掛け声をかけ、綱を引く腕に力を込める。

 彼らの手は擦り切れ、綱を赤く染めていた。それでも彼らは綱を引く手を緩めない。そうでないと自分たちの住む家が、家族が、生まれ故郷がどんな事になるか想像がつくからだ。その恐怖が、彼らに綱を引く力を与える。

 男たちは必死で綱を引いた。だが無情にも岩はぐいぐいと男たちを引きずる。

 もう駄目だ――誰もがそう思いかけた時、急に綱が軽くなった。岩が転がったかと思いきや、そうではなかった。

 「あ、あんた、来てくれたのか!」

 グレンが歓喜の声を上げる。

 「今のうちに岩の下に土を詰めてください」

 サムだ。サムは数本の綱を両手で持ち、二十メートルはゆうにある岩が倒れるのをぴたりと止めていた。

 サムは村の男たち全員を集めた以上の力で岩を引いてくれた。おかげで岩が倒れるのが止まり、このまま土を詰め込めば岩は安定するかと思われた。

 だが――

 ばつん、という音がして、岩にかけていた綱が千切れる。一本が切れると、ばつんばつんと連鎖的に他の綱も切れ、遂に岩はもう止められないくらい傾いた。

 「倒れるぞ。みんな逃げろおっ!」

 グレンの叫び声に、岩の前で土を盛っていた男たちが一斉に逃げ出す。蜘蛛の子を散らすように男たちが逃げると、岩が倒れて柵を打ち壊した。

 ばらばらになった柵の破片が辺りに飛ぶ。逃げた男たちは、悲鳴を上げながらそれらからも逃げる。頭を抱えて逃げ惑う男のすぐ側に丸太が突き刺さった。

 巨岩が丘を転がり始め、男たちの顔に絶望が浮かぶ。家族はもう避難しただろうか。せめて自分の家を避けて転がってくれ。様々な想いや願いが浮かんだが、口から出たのは「もうおしまいだ」という言葉だった。

 だがグレンは見た。転がる岩の前に立つ男を。そんな馬鹿な。馬鹿かあいつは。馬鹿だろう。男は逃げも恐れもせず、仏頂面で立っていた。

 「何やってんだ! 早く逃げろ!」

 グレンは叫ぶ。だが男はまるで聞いちゃいない。拳を握り、まるでその拳で岩を砕かんとばかりに構える。

 「馬鹿野郎! 無茶だ。やめろ!」

 男はグレンの声に、初めて反応した。

 「馬鹿だと? 誰に向かって言ってやがる」

 「お前だよお前。死にたいのか!」

 「フン、この程度で死にゃあしねえよ。それよりこいつはサービスだ。釣りはいらねえから取っとけよ!」

 男はにやりと笑うと、大岩に自ら向かって行った。

 「砕けろおおおおおおおおおおっ!」

 気合とともに、男が岩に拳を打ち込む。

 火山が噴火したような轟音に、一瞬岩が破壊された錯覚する。だがみな男が岩の下敷きになったと確信していた。

 「な……何ぃ……」

 誰かが驚きの声を漏らす。

 「嘘だ、ろ……?」

 信じられないものを見た。そんな顔がずらりと並んでいた。あの大岩が、ぴたりと止まっている。そんなはずがあるわけがない。

 「かってぇ~……。さすがにこれだけデカいと一発じゃぶっ壊せねえな」

 岩の陰から男の声が聞こえる。幻聴――否、それは明らかにあの男の声。

 踏み込んだ足は膝まで埋まり、打ち込んだ拳は肩まで岩に突き刺さっている。だがそれでも岩は砕けない。膨大な重量が男にかかり、足がさらに埋まる。このままでは、男が岩に押し潰されるは明らかだ。

 「サム、ぼ~っと見てないで手伝え!」

 男が声をかけると、丘の上から銀の鎧を身にまとった、三メートルの巨体が現れた。

 鎧が男の姿を認めた時、鉄仮面から空気が漏れる。それはゲイルがいつもやる「フン」という鼻で笑うような空気の音だった。

 「やはり来てくれましたか、ゲイル」

 「フン、別に気が咎めたから来たんじゃねえぞ。村がぶっ壊れたら、美味いメシが食えなくなるから来ただけだからな!」

 「素直じゃないですね。実に貴方らしい」

 「う、うるせえ! 無駄口叩いてないで、さっさとこっちに来い。二人でやるぞ!」

 「了解しました」

 相棒の許へ駆け出すサム。仮面のような顔は、嬉しそうに笑っているようだった。


 巨体とは思えない速度で、サムは丘を下る。

 「サム、岩の固有振動数をサーチ。次に岩の中核を割り出せ!」

 「了解」

 走りながら、サムは命令を実行する。

 「終了。目標の固有振動数、及び中核座標を共有」

 ゲイルは岩から腕を抜くと、体全体を使って岩を受け止める。岩に抱きついた瞬間、足が太ももまで地面に埋まる。

 すぐさまサムがゲイルの反対側から岩に抱きつき、二人で岩を挟みこむ。

 「どおおおおおおおりゃああああっ!」

 ゲイルの掛け声とともに、二人が全身の力を込める。サムの足も膝まで埋まった。二人がさらに力を込めると、巨大な岩がゆっくりと地面から浮き上がった。

 どよめきが起こる。村の男たちが総出でも動かせなかった大岩を、たった二人で持ち上げたのだ。男たちは我を忘れ、異様な光景に見入った。

 「では始めましょう」

 「応よ」

 次の瞬間、大岩が空高く放り上げられる。舞い上がった岩は、小石ほどの大きさに見えるほど高く投げられた。

 続いて二人は両腕を胸の高さに掲げ、上下左右に振り始めた。

 ぶらぶらと大きく振っていた腕の動きが次第に小さく細かくなり、ぶうんと虫の羽音のような音が腕から聞こえだした。

 音はどんどん大きくなり、人々は羽虫の大群が現れたかのような騒音に耳を塞ぐ。音が大きくなるに比例して腕の振りが治まっていき、やがて完全に止まった。いや、止まったように見えるだけで、二人の腕は高速で振動していた。腕の振動が空気を震わせ、虫の羽音のような音を生み出しているのだ。

 「行くぞ、サム。遅れるなよ!」

 「ご冗談を。一万分の一秒の誤差もなく合わせてみせますよ」

 相棒の自信満々の返事に、ゲイルは不敵な笑みを漏らす。

 「上等。それでこそ俺の相棒だ」

 二人は頷きあうと一斉に飛び上がった。一気に上空の岩まで追いつくと、対照的に構える。ゲイルは両手を開いて腰に当て、サムは両手を開いて肩の高さで。

 「必殺、超振動挟撃ハイブレーションプレス!」

 ゲイルが叫ぶのと、二人が両手を岩に打ち込むのは同時だった。サムの宣言通り、一万分の一秒の誤差もない。まさに完璧と言っていいほど同時に、二人の両手は大岩に叩き込まれた。

 二人が放った衝撃波は、正確に岩の中心で重なった。ニ方向からの波動は確実に岩の芯を捉え、混ざり合って増幅され岩全体に広がる。

 二人が両手を岩から離すと落下が始まった。落ちる二人と巨岩。このまま落下すれば、二人が無事で済まないどころか、再び岩が転がって村が大惨事になるだろう。

 「お、落ちてくるぞおおおおっ!」

 人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。だが彼らの上に、岩は落ちてこなかった。

 軽やかに降り立つゲイルと、地響きを上げて着地するサム。それだけだ。頭を抱えてうずくまっていた人々が顔を上げると、顔や頭に小石が当たる。それは、粉々に砕けた岩の破片だった。跡形も無く砕けた岩は、小石や砂となって雨のように降り注いだ。

 魔法のように岩が消えた。そうではない。彼らが岩を粉微塵にしたのだ。そう人々が理解した時、口々に歓喜の声を上げ始めた。

 「うおおおおおおっ! や、やりやがったああああああっ!」

 「助かった。村が……村が助かったんだ!」

 「すげえっ! すげえよ、あんたたち!」

 「一週間だなんてとんでもねえ。あんたたち、ずっとこの村に残ってくれよ!」

 人々が駆け寄り、ゲイルとサムを取り囲む。その時誰かがグレンとぶつかって、彼は尻餅をついた。

 ゲイルの肩に腕を回す者。サムの足に抱きつく者。両手を振り上げて、体で喜びを表す者。感極まって泣き出す者。男たちは、これ以上ないほどの感謝と賛辞を二人に注いだ。ただ一人、グレンだけが放心したように固まっていた。

 「どうですゲイル。たまには自ら人助けをするのも悪くないでしょう?」

 「フン……男に感謝されても嬉しくとも何ともねえよ」

 親指で鼻をこすり、ゲイルは唇を尖らせる。だがすぐに唇の端が持ち上がり、照れ臭いような、それでいて喜ぶ彼らを見て嬉しいような笑みを作る。

 「ですが――」

 男たちはまだ騒いでいる。とんでもないものを見た興奮と、村の危機が去った喜びが、彼らを子供のようにはしゃがせていた。

 「別に砕かなくても、あのまま岩を村の外に放り投げたら良かったのではないでしょうか?」

 「あ…………」

 あれだけ騒いでいた男たちが、ぴたりと静まる。祭りの如き狂乱が、サムの何気ない一言で完全に止まった。

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