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天変地異かと思われるほどの揺れが治まると、ようやく人々の間に安堵の声が漏れ始めた。地面を転がって草まみれになった人。強く地面にしがみついていたために、顔や体中に泥がついた人。皆自分たちの現状を気にする余裕などなく、近くの者と無事を喜び合う事に夢中になっている。
「クソッ、さっき地震があったばかりだってのに、何だってこんなに早く次が来るんだ!」
ゲイルが忌々しげに立ち上がると、服についた土がぱらぱらと落ちる。
「あれは前震です。恐らく、これまでにあった地震もこれの前触れのようなものでしょう」
「って事は余震もあるのか? 冗談じゃないぜ」
「それより被害は? ケガ人が出ているかも知れないじゃない! ああもう、薬箱を持ってくれば良かった……」
「サム、余震がいつ来るか判るか?」
「データが少な過ぎて予測不可能です。先ほどは、一瞬早く足の裏のセンサーがP波をキャッチできましたが、直下型の地震だとそれも間に合いません」
「チッ、未開惑星はこれだから困る。せめて震源地くらいは特定できないのか?」
「それならば可能です」
サムが太い指で村の外を示す。
「火山か……。妥当過ぎる場所だぜ」
「震源地はあの火山の麓、地下千メートル以内でしょう。これ以上の精密な計測は、私のセンサーでは困難です」
「いや、それだけ判れば上等だ。噴火の兆候は無いな?」
「残念ながらそれもデータ不足です。ですが、火山内部には大した乱れを感じられません」
「断定はできないが、とりあえず今すぐ噴火するってわけじゃないんだな?」
「肯定です。ですが次にもっと大きな規模の地震が起これば、あるいは……」
「やれやれ……化け物の次は火山か。難儀な村だぜ」
ゲイルは頭を掻き毟る。二人が密談している間にも、サーシャは人々の間を走り回り、できる限りの治療を施している。幸いかすり傷程度のケガばかりで、重傷者はこの場にいなかった。耕地で土が軟らかいのが良かったのだろう。
「あたし、村の様子を見てくる!」
一通り治療を終えたサーシャは、居ても立ってもいられなくなり、居住区に向かって駆け出す。だが彼女の向かうその先から、一人の若者が走ってきた。
「グレン?」
グレンは息を切らせ、サーシャの許へ駆け寄る。恐らく全速力でここまで走ってきたのだろう。汗を滝のように流し、息切れで何を言っているのか判らない。きっと「サーシャ、無事だったのか」とでも言っているのだろう。地震の際取り落としたのか、愛用の釘バットは手にしていなかった。それよりも、まず彼女の許へ馳せ参じたのだろう。
「馬鹿! 何であたしなんかを探し回ってるのよ。あんた自警団のリーダーでしょ? こういう時こそしっかり仕事しなさいよ!」 「し、しかし……俺はお前が心配で……」
「子供じゃないんだから、いちいち心配しないでって言ってるでしょ! それともあんた、あたしが独りでは何もできないって思ってるんじゃないでしょうね?」
サーシャの剣幕にグレンはたじろぐ。グレンは自分の愛が溢れる行動で、サーシャが感動して抱きついてくる妄想でもしていたのだろうか。だが現実は厳しく、むしろ彼女を激昂させている。
「彼、わかってませんね。色々と」
「幼馴染のくせに、まだあいつの性格が解かってねえのかよ……。見てて可哀相になってくるぜ」
「泣けますね。涙は出ませんが」
ゲイルとサムが二人のやり取りを見物していると、大変だという叫び声が聞こえた。見ると、居住区のほうから若い男が一人、こちらにやってくる。
「グレン、こんな所にいたのか!」
青年は一目散にグレンに駆け寄る。ここに走ってきた時のグレンよりも汗を流し、肩で息をしている。
「おい、どうした?」
青年の必死の形相に、グレンがただ事でない事を察する。喘ぐように何かを伝えようとする青年の肩を、グレンが乱暴に両手で掴んだ。
「大変だ。岩が……大岩の足元が地震で崩れ、今にも転がり落ちそうなんだ!」
「何だって……!」
大岩は、確かに頑丈な柵で囲まれていた。だが土台となる地面が崩れてしまっては元も子もない。あれだけ巨大な岩が村に転がり落ちたら、どれだけの被害がでるか予想もつかない。
「急いで行ってくれ。今他の連中が柵の補強に当たっている。俺はもっと人手を集めてくるから、グレンはみんなの指揮を頼んだぞ!」
「あ、おい……!」
青年はそう言うと、震える足を再び動かして走り出した。
「サーシャは万が一に備えて、村のみんなに避難するように伝えてくれ」
「わ、わかった……。あんたはどうするのよ?」
「俺はみんなを指揮しなきゃならない。それより早く、みんなにこの事を伝えるんだ」
サーシャは神妙に頷く。グレンは次に、ゲイルたちの方へ向き直った。
「あんたたちも手を貸してくれ。人手が足りないんだ」
「何で俺が手伝わなきゃならないんだよ?」
「何でもクソもあるか! あんた村の用心棒だろ? 村を守るのに手を貸してくれよ!」
「ゲイルお願い。みんなを手伝ってあげて」
二人はすがるような顔で、ゲイルに頼み込む。だがゲイルはそ知らぬ顔をするだけだ。
「俺が頼まれたのは、化け物から村を守る事だけだ。岩は契約にない」
「何だとテメェ、屁理屈こねやがって。それでも人間か?」
非情な態度に、とうとうグレンが我慢の限界を超える。力任せに胸座を掴み上げるが、ゲイルの態度に変わりはない。
「そんな大人げない……。手伝ってあげましょうよ」
相棒が提案しても、ゲイルは一向に首を縦に振らない。こうしている間にも、村の危機は刻一刻と迫っている。
「クソッ、もう頼まねえよ!」
とうとう痺れを切らし、グレンは掴んでいたゲイルの胸座を乱暴に離す。憎しみすら篭った一瞥をくれると、大岩へと向かって走って行った。
「フン、人をあてにするな。自分の村くらい自分でまも――」
乾いた音がゲイルの頬から鳴る。サーシャが力一杯ゲイルを叩いていた。
「何すんだよ?」
サーシャは無言だった。大きな目にいっぱい涙を浮かべ、悔しそうに歯を食いしばり、今にも泣き出しそうな顔でゲイルを睨んでいる。
「あんた……最っ低の人間だわ」
「だからどうした。俺は都合のいいヒーローじゃない」
「だから手を貸さないって言うの? あんたって血も涙もない人ね」
「そんなもん、とっくの昔にねえよ」
「馬鹿っ!」と大声で言い残して、サーシャは居住区へと駆けていった。後に残されたのはゲイルと、相棒に無機質な視線を注ぐサムだけだ。
「……何だよ? 言いたい事があるなら言えよ」
「余計な事に関わっている余裕などないことは、私だって解かっています。ですが困っている人を助けられるだけの力を持っているのに、どうしてそれを使わないのですか? 他人を見捨ててでも、恋人を助けたいのですか?」
「………………」
「今の貴方を見たら、キャサリンは悲しむでしょうね……」
言い終わるとサムは、ゲイルに背中を向ける。巨体を揺らし歩き出す相棒に、ゲイルは驚いて声をかけた。
「おい、どこへ行くんだよ?」
「彼らを手伝いに行きます。貴方はどうぞ、そこで日向ぼっこでもしていてください」
「おいおい冗談だろ? ちょっと待てよ!」
何度ゲイルが呼んでも、サムは振り返る事はなかった。やがて完全に見えなくなる。相棒に見捨てられたゲイルは、独り取り残された。
「クソッ、勝手にしろ!」
言いようのない苛立ちに、ゲイルは足元にあった石を思い切り蹴る。
石は、村の遥か外まで飛んで行って見えなくなった。