episode1【はい。まいどありがとうございます♪こちら何でも屋ホーリーです】
物語の始まりは唐突だ。シンデレラはいじめられっ娘の少女のもとに突然魔女が現れ、ドレスとカボチャの馬車、そしてガラスの靴を魔法で創り出してくれなくては始まらない。
また、白雪姫は森に住むお姫様が毒リンゴを食べなければ始まらない。
他にも、人魚姫は偶々見た王子に一目惚れしないと始まらないし、眠れる森の美女は歯車に指を刺されないと始まらないし、竹取物語は翁が光る竹を見つけなければ始まらない…。
このように物語とは物語の主人公に唐突に訪れるものである。だがそれと同時にその物語には支配している者もいるものである。
シンデレラには魔女が白雪姫には白雪姫の美しさを妬んだ叔母が…。物語の支配者は時にはいい人であり、時には悪い人でもある。
だが、その支配者の共通点を上げるとしたら…それは物語の支配者すべてが必ず主人公に何らかの大きな影響を与えるということだ。物語とはこのようにして生まれ、このようにして繁栄していくのである。
そしてここにも新たな物語が始まろうとしていた。主人公の名前は【平等院鞘】彼女を一言で現すならお堅い風紀委員長という名前が相応しい。
そしてもちろんこの物語にも支配者がいる。だがそれはまだ闇の中――。
この物語に名前をつけるとしたら…そうだな…。
【堕炎姫】
こんなところであろうか。
これから始まる物語。それは彼女が如何にして夜を舞う堕天使になるかの話である。どうぞ最後までごゆるりとご鑑賞くださいませ…。
〜4月20日・PM13'25〜
聖side
――PiriPiriPiriPiri〜♪PiriPiriPiriPiri〜♪
高校の入学式から約半月。やっと高校生に慣れてきたそんな頃の昼休み。1人の男子生徒の携帯電話が昼食中の1年α組の教室に流れた。
まぁぶっちゃけるとすっげー知り合いの携帯の音のような気がするが…。
「誰だ!!みんな教室で仲良く昼飯を食ってるときに携帯を鳴らすKYヤローは!?」
「あんたでしょう!!!???」
ドカ―――ンッ!!!!!!
あ。俺のことなのね。
ちなみに俺の周りにいるのは、たった今俺に跳び蹴りという斬新かつバイオレンスなツッコミを繰り出した学園一の情報屋【成瀬杏】
それからそんな俺達を呆れ顔で見ながらも弁当の卵焼きを口に運んでいる町最強の不良【東雲凉】の2人だけである。
ちなみに俺の幼なじみにして学園のアイドル生徒会長の【白草湊】は何か用事があるらしくここにはいない。さびしーよーさびしーよー
『『キモ(いですね)』』
…ここに来てまさかの読心術再発に俺は為すすべがなかった。
「…それより聖。さっきから携帯電話鳴りっぱなしですがいいのですか?」
「…そういや。すっかり忘れてたな」
凉の指摘に俺はそういえば…とポケットをあさくりはじめる。
えぇーと。これはベネズエラにいるお袋用で、これはケープタウンの親父用と…こっちはアメリカにいる友達用で、こっちは兄貴との緊急連絡用…そしてこっちが――
「ストップ!!あんたどんだけ携帯電話持ってんの!?」
「…?…まだ半分も出してないけど?例えばこの赤いのは湊専用電話」
――ガタガタッ…!!!???
俺がそう言った瞬間。凉を除くクラスの男子全員の目が血走った。
お前らそんなにこの学園のアイドルにして一年生生徒会長とワンプッシュするだけで繋がる専用ケーブルが欲しいのか?
「そんでもってこれは凉専用の電話…」
「ちょっと待ちなさい!?凉!!あんたも専用電話があんの!?」
「えぇ。ありますよ。ちなみに杏さんのもあったような気がしますが…」
「あぁ。この黒いのが杏専用の電話だな」
「ウソッ!?いつの間に!?」
「ちなみに色が黒いのは杏の見た目に反して腹黒いという部分から――」
「あんた殺すわよ♪」
「いやーなんて心が澄んだ方なのでしょう杏様は(こういうところが腹黒いと呼ぶ原因なんだけどな)」
「聖。心の声がただ漏れですよ?」
「しまったあぁあああ!!」
「いい度胸してんじゃない!!コウキいぃいいいい!!」
そこまでだった。俺が覚えていたのは。
「あ。聖。どうやら鳴ってるのはこの電話みたいですよ?」
「凉。見つけてくれてありがとう。すまんがこの体制じゃあ電話には出れそうもないから、悪いけど耳に当ててくれないか?」
「…そんな逆エビぞりみたいな格好みたいになる前にちゃんと謝っとけばよかったものを…」
「仕方ないだろ。杏なんだから」
「そうですね。杏さんですからね…」
そう言って俺達は2人同時にため息を吐き出した。ちなみに話の中心である杏だが、俺のありとあらゆる関節を外しまくって、さっき言ったみたいに逆エビぞりみたいな体制に俺を固めた後、校内放送で校長室へと呼ばれていった。
ふ。あいつ何やらかしたんだろうな…。
「…聖。この鳴っている紫色の携帯電話はいったい何用の電話ですか?」
「ん?あ〜それは俺の業務用の電話じゃん」
「業務用?まさか【夜】の方の?」
「あ〜違う違う。俺が学校でやってる何でも屋の方だよ。夜のはその杏のとは別機種の黒い奴…それよりここまで無視してもずっとかけ続けるなんていったい誰だよ…」
俺の一言に携帯を持つ凉はパカリと携帯を開く。そしてそこにあった名前を読み上げた。
「【八神蓮】と書いてありますね?この名前は…女性のものですか?」
その名前を口にした瞬間。今度はクラスの女子の空気が凍りついた。凉曰わく俺が女と連絡を取るだけで大事件らしいが…これは一種の詐欺かなんかか?
…まぁ、今はそんなことどうでもいいや。むしろ今大事なのは――
「げえぇえええ〜。まさかあの人からの電話かよ…最悪じゃねーか…」
「何ですか聖?その嫌がりよう。まさか湊に内緒で浮気した女の人からの電話ですか?浮気するならもっと隠れてしない――」
「ちげーよ!?つか俺はロリには興味はねーよ!?」
俺の一言で今度はクラス全員が固まった。もちろん凉を含めて…。
「…聖。あなたって人は…あんなに尽くしてくれてる湊さんを裏切った挙げ句の果てにまさか幼女に走ったのですか?これはもう一大事どころの問題ではありませんよ…?」
「あの…凉さん?その本気で怒ってますよオーラはなんで出てるんですか?あと違うって言いましたよね?」
「えぇ。あなたが本当の本命は湊さんではなくロリロリした幼女だということ――」
「もういいわ!!さっさと電話を貸せえぇええええ!!」
俺は有らん限りの大声でクラス全体を響かせる。そんな俺に凉は「これから良いところなんですけどね…」とやっと電話を俺の耳につけた。
はぁ…やっぱこいつを敵には回したくないな…。
――PiriPiri…Pi♪
軽快よく流れていた音楽が止まる。それと同時に俺は「ゴホンッ!!」と声を整えるように大きく咳払いをすると、凉が耳に当てた携帯電話に向けて唇を震わせた。
「はい。まいどありがとうございます♪こちら何でも屋ホーリーです」
《うるさいさね!!やっと電話に出たと思ったら何さねかそのキモイ声は!?》
俺。本気でこの人に殺意が沸きそうになったわ。
「はいはい。どうもすみませんでした。こちとら殺伐とした空気の中、頑張って出たんですから文句言わないでくださいよ…あと。この空気を作った原因として慰謝料払ってください」
《はぁ?寝言は寝て言うさね。しかもあたしは依頼者さね。そんな事言っていいさねか?》
「そんなこと知りませんよ。俺にだって事情があるんですから、だいたいあんたが依頼しなくてもこっちは結構儲かってるんで依頼したくなければどうぞご勝手にしてください」
《はん!!つくづく嫌なガキさねな!!》
「ロリ体型のあなただけには言われたくありませんよ。このロリ萌ヤロー!!」
《あんた!!今言っちゃいけないことを言っちまったさね!!退学にするさねよ!?》
「そしたら俺は教育委員会に訴えますからご自由に!!」
《上等さねえぇええ!!あんたなんて今すぐ退学にしてやるさねえぇええ!!》
学園全部に響き渡るロリ萌ヤローの叫び声。俺は予期していたが凉に携帯電話を耳につけてもらっていたため、あえなくくらってしまった。
あ〜ぁ。耳いてーなー。
俺はキーンとまるで飛行機の飛び立つ瞬間のような音が響いていた。ていうか凉のやつワザと俺に携帯電話押し付けてやがったな…。
体制を立て直す俺。まだ耳は痛いが体の痛みはだいぶ和らいだからやっと逆エビぞりみたいな体制から普通の体制に戻せた。
そして、ゆっくりと息を吐き出し今度は涼から受け取った携帯を自分自身で耳に当てる。真剣な表情で、仕事人の表情で、俺は口を開いた。
「で?本日のご依頼は何ですか…【理事長】?」
――ブゥウウウウ!!!!!!
俺の言葉にやっと氷が溶け、昼食に戻っていたクラスメートが一斉に吹き出していた。近くで聞いていた涼も驚いたのかポカーンと口を間抜けにあけている。
まったく。町一番の不良がそんな顔すんなよな…。
《…あたしにはあんたのそのギャップには未だについていけないさね》
「気にしないでください理事長。理事長とお会いするときは基本的に仕事モードですから、ギャップ云々は言ってられなくなりますよ」
《…そうさねか》
少しだけ残念そうな理事長――八神蓮の声に俺は少しだけ後悔した。だがすぐに仕事モードに切り替える。これが俺の普段の姿だから…。
「…で?理事長仕事は?」
《…そうさね。すまんさねが電話越しではちょっと言いにくい話さね。悪いけど理事長室まで来てくれないさねか?》
「…そこまでヤバい話なんですか?」
《そうさね…》
電話越しじゃあダメ。これに俺はさらに真剣な表情をする。電話越しじゃあダメということ、それすなわち盗聴の恐れがあるということだ。
なるほど…どうやら今回は本当にヤバい話みたいだな…
「分かりました理事長。では、すぐに向かわせて頂きますので…ご依頼の内容はそちらで伺います」
《頼んださね…》
――…Pi♪
パタンと携帯電話を閉じる。それと同時に奇怪な目をしたクラスメートの顔が俺の瞳に入ってきた。
さすがに今の会話を気にしないクラスメートはいないよな…。俺はそう思うと、杏の関節技で固まった首をバキッバキッと鳴らし振り返った。
「涼。今回の依頼はどうやらヤバいものらしいんだ。だからちょっとばっかし付き合ってくれないか?」
俺の言葉に凉は?マークを浮かべる。だがすぐに俺の目が本当にヤバいと悟ったのか静かに俺に向かって頷いてくれた。
「よっしゃ。じゃあさっさと理事長室に行くとしますか」
「えぇ。お供させていただきますよ。聖」
「頼んだぜ。相棒♪」
俺達はちょっとだけ早く歩みを進め教室を出て行く。目指すは理事長室。さて、今回はいったいどんな依頼なんだろうな…?
そう思うと俺は緊張感を高め、鼓動を早くさせるのだった。
このとき俺達は気づいていなかった。俺と理事長との電話を1人だけ吹き出しもせず固まりもせず聞いてたクラスメートがいたことに――
――たぶんこれがこの物語の始まりだったのだろう。この物語【堕炎姫】の。
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