【残酷童話】マッチングアプリ売りの少女
むかし、昔のことでございます。
見栄と虚飾をコンクリートで固めた港区という、世にもおぞましい街があったそうな。その街のこごえる大晦日の夜、西麻布の交差点に、一人の少女が冷たい風に吹かれて立っておりました。
少女は鏡を見るたびに、「はぁ、私はなんて完璧なのかしら」とうぬぼれておりましたが、そのお顔といえば、客観的に見れば注文が多すぎて、最終的に全部載せにされたトッピングのような有り様の、あるいは冗談としか思えないレベルの大失敗した福笑いみたいな顔でございました。
まぶたの裏にはナメクジを二匹も飼育しているかのような、異様に膨れ上がった涙袋。顔の真ん中に三十センチの三角定規を直に突き刺されたかのような、眉間からにょっきりと生えた高い鼻。横から見ればまるで嘘がバレた五秒後のピノキオか、額から直接鼻が生えているスーパービックリ人間かのようでございます。
ギリギリまで短くした人中は縮みすぎて、まるで今にも前歯が飛び出してきそうなハムスター。アヒル口がいきすぎて、コブダイのようになったM字の唇は、魚市場に紛れ込んでいても誰も気づかないほどでございました。
さらに、でかいヘルメットをかぶった作業員が削岩機で削り落としたと噂されるエラ。その成れの果てである顎は、逆境無頼カイジのようであり、凶器として逮捕されそうなほどシャープに尖っておりました。
うっかりお辞儀でもしようものなら、自分の胸に突き刺さって自滅しそうなその姿は、角の成長方向が歪んで自分の首に突き刺さって死ぬ、まぬけな野生の羊やヤギの人間バージョンそのものでございました。
少女はその顔に、加工アプリという名の骨格レベルの嘘を吐き、レンタルしたブランド服を身にまとって、きらびやかで冷酷なさむいさむい夜の街にたたずんでいたのでございます。少女は手袋も買えず、かじかんだ手で、バッテリー残量がわずか三%になったスマートフォンを必死に握りしめておりました。
少女が売っていたのは、昔ながらのマッチではなく、おっさんと飯を食って小銭を毟り取る。すなわち、デジタルマッチングというものでございました。
「誰か、私とマッチングしておくれ。いいねを押しておくれ」
しかし、冷たい画面の上で、今夜は誰一人としていいねを押してはくれません。この街の男どもは、電子のゴミ箱に群がるハエのように、次から次へと新しい女の画面をスワイプするばかりで、彼女の存在など、最初からこの世に存在しないかのように無視し続けたのでございます。
マッチングは一本も取れず、一銭も稼げていなかったのでございます。このまま家に帰れば、待ち受けるホストから激しい罵声を浴びせられることが分かっております。少女は恐ろしくて、そして凍えそうになりながらも、どうしても家に帰ることができませんでした。
寒さに耐えかねた少女は、少しでも暖を取ろうと、ついにスマートフォンの画面を点灯させて光という火を灯しました。するとどうでしょう。スマホに光が灯るごとに、少女の目の前には、暖かく幸せなマッチング相手の幻影が、ゆらゆらと浮かび上がってきたのでございます。
画面を一擦り、最初に見えたのは、体を芯から温めてくれる大金を持ったパトロン、太客の幻でございました。
それはお上の目を盗んで大金を動かすグレーな富裕層や、市場から巨万の富を吸い上げた上場企業の創業者たちでございます。追跡不能な暗号資産をドバイへ着金させる現代版の地下銀行や、数億円の超高級時計を身につけて国境を越える現物ロンダリング、さらには海外のペーパーカンパニーを駆使して合法的に富をプールする抜け道の数々。
彼らは額に汗して働く一般の労働者を「一生這い上がれない現代の奴隷」と嘲笑いながら、法制度の隙間をすり抜けて、まばゆいばかりの金の川を泳いでいたのでございます。
さらに創業者しか知り得ない未公開の企業買収情報をリークしてリベートを得るインサイダー取引や、株価を吊り上げて売り抜けるステルス売却の黒いうわさ。そうして得たあぶく銭が、少女のような無知な獲物を囲い込み、高級タワマンを会社の社宅としてあてがって、毎月の生活費を「インフルエンサーマーケティング費用」という名目の経費で落とす、最高に不条理で温かい未来を見せてくれるのでございます。
「単なる一時の愛人で終わらせず、男たちのくだらない顕示欲を刺激し続ければ、一生あがれるだけの資産を毟り取れる……」
少女がうっとりとしたのも束の間、画面がふっと消えると、これら極上の金の幻はふっと消えてしまいました。
寒さに震えながら、少女がもう一度画面を擦ると、今度は美味しそうな湯気を立てて歩いてくるご馳走、ローストグースを食べている男の幻が現れました。男はドバイや港区のタワマンを背景に、海外移住、不労所得を演出するライフスタイル投資詐欺師でございました。
独自の暗号通貨で、自由なライフスタイルを送る権利という、中身のまったくない看板を掲げるこの男は、夜の街で築いた知名度と人脈、資金力を元に、自らがビジネスのオーナーへと成り上がった男だったのです。
少女はその男の、フォロワー数という名の実体のない虚栄のぬくもりに、深く酔いしれながら、猛烈な妄想を膨らませます。
「あぁ、この男から金とノウハウをすべて聞き出してやるのよ。私がアパレルブランドや美容クリニック、コンサルティング業のオーナーになり、仕掛ける側の人間になって大金持ちになってやるんだ」
他人の弱みと承認欲求をあおり、今度は自分が吸い上げる側に回るという、その強欲な成り上がりの妄想こそが、極寒の夜に立つ少女の体を、芯から温めてくれたのでございます。しかし、これもまた、冷たい冬の風に吹かれて、瞬く間に消えてしまいました。
少女が三度目に画面を擦ると、今度は画面が下品な黄金色に輝き、無数のキャンドルがまばゆく光る、きらびやかな「クリスマスツリーシャンパンタワー」が現れました。
そこにいたのは、表向きはクリーンなIT起業家を装いながら、裏では闇バイトという名の、現代の使い捨て奴隷を巧みに操作して、アングラマネーを稼いでいるトクリュウ型実業家の男たちでございました。
彼らは社会の倫理を鼻で笑いながら、湯水のように金を注ぎ、高級シャンパンのタワーを建てては、品性というものをごみ箱にノールックで捨てたような、ガチで信じられないくらい下品な顔でキャバ嬢たちに札束を投げつけておりました。
「あぁ、私のような底辺でも、このアングラマネーに群がれば、明日からタワマンへ……」
少女は温かい夢を見ましたが、無情にも画面はまた暗くなってしまいました。
少女はたまらなくなり、四度目の画面を擦りました。するとそこには、かつて少女を優しく包み込んでくれた、大好きな大好きなおばあちゃん、ではなく大好きな「担当ホスト」が姿を現したのでございます。
その男は、本物の恋人であるかのように振る舞う「色恋営業」で少女をマインドコントロールし、店内の順位を競わせる争いで「私が支えてあげなきゃ」という、課金心理をあおる現代の魔物でございました。
「ここまで貢いだのだから」という泥沼のサンクコスト効果にハメ、数千円の初回から数百万円のシャンパンタワーへと、金銭感覚を完全に麻痺させた男でございます。
そして何より、手元にお金がなくても注文ができる「売掛」という、合法的な高利貸しシステムで少女を縛り、額が膨らんだ瞬間に国税庁もびくりの厳しい取り立て屋へと急変して、風俗店や海外出稼ぎ、パパ活へと少女を追い詰めた張本人でございました。
「お願い、担当! 消えないで! 私を見捨てないで!」
ホストの幻影に消えてほしくない少女は、残りのバッテリーをすべて使い果たす勢いで、狂ったようにスマホを操作し続けました。
幻の中のホストは少女を優しく抱きしめ、二人は搾取の痛みも、凍える寒さもない、神様がいる、深夜のドン・キホーテの売り場をそのまま神格化したようなマイルドヤンキー天国へと高く、高く昇っていきました。
◇
翌朝、高級外車がせわしなく行き交う西麻布の交差点で、少女は冷たくなって倒れておりました。その手には、ただのガラスの板と化したスマートフォンが、死後硬直で固く握りしめられていたそうな。
通りかかる人々はみな、一瞬だけ視線を落とするものの、スマートフォンの画面をいじる指を止めることすらありません。
「うわ、誰か倒れてる。ウケるんだけど」「インスタ上がってんじゃん。西麻布、警察来てるって」
日常のほんのささいなノイズ。少女の死は、その程度の扱いでございました。
そこへ、高級外車から降り立ったキャバ嬢、不良系格闘技イベント、陰謀論系の、令和の時代のどでかい犬の糞をぐつぐつ煮込んだような悪臭をおびたネット番組を仕掛ける漫画の主人公気取りの「新興トッププロデューサー」の男が、取り巻きのカメラマンを引き連れて、これ以上ないほど「悲劇の仕掛け人」の顔を作って割り込んできました。
「OK、回った? ハイ。……嘘だろ、おい!? 信じられない、まだこんなに若い女の子が……!」
男はカメラに向かって顔を近づけ、わざとらしく涙を流しようとしましたが、少女の顔面をまじまじと見た瞬間、何の芸事の才能もなく、悪知恵だけが働いているただの声と図体のデカいプロデューサーとしての冷徹な本音が口から漏れ出しました。
「……っていうか何これ? まぶたの裏のナメクジ、最終的に皮膚を突き破りそうじゃん、パニックホラームービーでも撮るつもりだったわけ? 鼻とかヤバいでしょ、額から直で生えてんじゃん」
男は一瞬、本当に嫌そうな顔をしてチッと舌打ちをしました。しかし、すぐにカメラの向こうの「視聴者」を思い出し、瞬時にプロの表情に戻ります。
「まぁいいや、カメラ再開して。……クソッ、なんで俺があの時、あと五分早く西麻布の交差点に着いてやれなかったんだ! 俺のリアリティショーに彼女をオーディション生として呼んで、地獄から這い上がる最強のドラマをプロデュースしてやれば、このバグった顔面すら『壮絶な過去を乗り越えたサイボーグ美女』として一発逆転で救い出してやれたのに! 神様はなんて残酷なんだ! 俺が、俺があいつを救いたかった……!」
男の熱演は続きます。
「……よし、今のテイク最高。即座にBGMにエモい洋楽つけてYouTubeショートとTikTokにアップして。タイトルは『【涙腺崩壊】港区の闇に葬られた命。俺が彼女を救いたかった理由』な。あ、今回はクローズドで一気に刈り取るから、概要欄の最後にLINE公式アカウントのリンクを貼って、サプリの定期購入のステップメールに即座に流し込むの忘れるなよ」
社会は彼女を救わなかったし、この男も彼女を人間として見てはいません。男が流した偽物の涙は、ただのアクセス数とサプリの売上、そして自らの銀行口座の残高を増やすための潤滑油に過ぎなかったので、ございます。
◇
それから数日後のこと。とあるオフィス。
「あ、プロデューサー。こないだの西麻布の動画、TikTokで三百万再生いきました。サプリのコンバージョンも過去最高です」「お、マジで? やっぱ『港区の闇』ってワード強いな。でもさ、もうコメント欄の伸び鈍くない? そろそろ次の企画いこう」「そうですね。じゃああの女の子の動画、もう固定から外して下げちゃいますね」「うん、いいよ。誰ももう覚えてないし」
◇
こうして、哀れなマッチングアプリ売りの少女は死んだ後も、その名前すら誰に知られることもなく、ただの「バズるための素材」として消費され、数日後にはアルゴリズムの海の底へと忘れ去られていきました。
涙を流す者など、この街には一人もおりません。
なぜなら、終わったコンテンツに涙を流しても、フォロワー数は一ミリも増えないからでございます。
めでたし、めでたし。




