もう飽きた! → 夢なら覚めて~
「嫌よもうっ! 毎日毎日異世界転生! アタシ、もう、飽きたっ!」
「……そんなこと言っても死んだ魂を異世界に転生させるのが私たちの仕事だ。ほら、次の魂が送られてきたぞ」
どこからともなく聞こえてきた二つの声。
わたしは閉じていた目を開けて、辺りを見回した。
天井も壁も明かりも空も太陽もなにもない、ただ真っ白く明るい世界。
そこには背中に純白の翼を生やした人が二人いた。
宗教画の天使様みたい。それとも女神様かなあ?
あ、人ではなく神であるのなら、数えかたは二人ではなくて二柱とかなんだっけ?
そんなことをぼんやり思っていたら、その天使だか女神だかわからないけど、その片方が、わたしを睨み付けてきた。
え? わたし、なにかした?
「もうっ! またあっ!?」
「……だから、転生先、それから転生特典を決めるのがお前の仕事だ。私はお前が決めたことに従って、死した魂を異世界に送る」
「アンタはいいわよね! 送るだけ、なんだから! アタシは色々細かいこと決めないといけないんだから面倒なのよっ!」
「……いいからさっさと決めろ」
「その言い方ムカつくっ! いいわよ、じゃあ、そいつの転生先は『悪役令嬢マルグリット・エヴァンス』よ! 特典? 『相手の太股をむにむにむにって素手で三回揉むとその相手と入れ替わる』でいいわよねっ! 『服の上から撫でるのは却下。直接肌に触れること』って条件もつけてやるわよ!」
「…………承知した」
マルグリットなんとかっていう固有名詞は知らないけど、悪役令嬢って、ネットの小説と漫画でよくある流行りのやつ?
転生?
転生特典て、いわゆるチートってやつ?
入れ替わるのがチートなの?
しかも発動条件が太股を撫でる?
なんだそれ。しかもそれ、承知しちゃうのか。
ツッコミをいれる間も無く、わたしの体はものすごい力でどこかに引っ張られていった。
え、え、え?
戸惑っているうちに辺りは一変した。
ホテルのスイートホームみたいにすごく広くて豪華な部屋。
その真ん中にわたしは立っていた。
足元はふっかふかの絨毯敷き。ベッドかと思うくらいに大きなソファ。薔薇の彫刻が施されていて、金箔まで貼られているドレッサー。
「え、ええと……」
とりあえず、目についた姿見に近寄っていく。
そこに写っていたのは、シャンデリアの明かりを受けてキラキラと輝く金色の、腰まで長い真っ直ぐな髪をした美少女だ。
やや幼く見えるが胸はボンっ! と盛り上がっていて、腰はキュッと細い。
着ている服は舞台衣裳かと思うほどに豪奢なドレス。ドレスの胸元の部分は黒い生地に金色の糸で薔薇の花を図案化した刺繍が施されている。スカート部分は緋色。腰の細さを際立てるようにふんわりと裾まで広がっている。
髪飾りとか指輪とか、身に付けている宝石も、これイミテーションじゃあなくて本物だろう。
総額、いくらになるのか……。
万が一壊したら弁償なんてできない。
怖い……。
「義姉上、ユーグリット殿下を待っても迎えになんかきませんよ」
どーしよーと思っていたら、誰かが来た。
あねうえ、と呼ばれたってことは、このお坊っちゃん、わたしの弟ってこと?
ユーグリット殿下を待つ? それ、誰?
答えられず、わたしは無言で弟と思われる彼を見る。
「睨むのはやめてくれませんか義姉上。ただでさえ目付きはキツいし、それでなくても左右の瞳の色が違うのは気持ちが悪いというのに」
もう一度姿見をじっくりと見る。うん、確かに右目はルビーみたいな真っ赤だし、左は濃紺色だ。
こんな色、現実の世界の人間じゃあなくて、漫画とかアニメのキャラクターみたい。
少なくともわたしが見慣れている自分の顔じゃない。
「というか、これ、さっきの神様っぽい人たちが言っていた『悪役令嬢マルグリット』とかいう人? 死せる魂を異世界に転生させるのが仕事だとか言っていたけど、わたしが死んで、悪役令嬢に転生したってこと?」
困った。
マルグリット・エヴァンスというのがなんのキャラクターなのかわからない。
だけど、悪役令嬢の異世界転生って言ったら、乙女ゲームの悪役令嬢とかいうやつで、婚約者である王太子殿下が身分の低い娘と恋に落ちて、その二人の恋を成就させるために、悪役令嬢が破滅するというのが一般的ではないだろうか?
破滅をのがれるために、アレコレと策略を巡らせて、逆転する悪役令嬢モノもあるらしいけけど。
「う、ううむ……」
ホント困った。
なにがなんだか全くわからない。
「と、とにかく、さっき神様みたいな人たちが言っていたことが本当だと仮定すれば、わたしは『悪役令嬢マルグリット・エヴァンス』とやらに転生して、そして『相手の太股を揉むと入れ替わる』んだ? チートっていうか痴漢では!?」
使いたくないわ、そんなチート。
「ま、まあ、そんなものは使わなければいいんだし。それよりもわたしはなにをどうすればいいんだ?」
悪役令嬢と言えば、冤罪回避、破滅回避が基本だろう。なにからどう逃れればいいのかわからないけれど。
「と、とにかく日常を過ごしながら、情報収集しかないか。テンプレ的に婚約者がいたり、その婚約者が身分の低い娘と恋仲になったら全力回避すればいいのかな……」
今考えてもこれ以上は無理そうだ。
とにかく気を付けつつ過ごしてみよう。それしか今のわたしにできることはない。わたしは姿見の中の自分に、うんうんと頷いてみせた。
けれどそんな暇はなかった。
というか、一人でぶつぶつ言っている間に、さっきの弟とかいうやつに連れてこられた場所が……異世界転生でよくある断罪が行われる卒業パーティの会場だった。
いきなりですか……。
待ってよ、せめて状況に慣れる時間をください。
願い空しくマルグリットの……つまり、わたしの断罪とやらが進行していく。
わー、テンプレ~と、感心するまもなく、
「マルグリット・エヴァンス! 俺はキサマのような悪女を妻にするつもりはない! 俺が愛しているのはこの可憐なレミーだけだ!」
とか、叫ばれた。
あんた誰? とか聞きたくなるわ。あー、さっき弟とかが言っていた、ユーグリット殿下っていうのが、これ?
うーん、悪役令嬢転生物語のセオリーからすると、まあ、そうだろうねえ。
で、可憐なレミー嬢とやらが、いわゆるヒロインさん?
たしかにレミー嬢とやらの外見は可憐だ。
桃色のふわふわとした肩までの短い髪。
大きく潤んだ薄水色の瞳。
華奢な体に薄い胸。
そして、丈の短いドレスのスカートからは、すらりとした足が伸びている。ああ、まるで子鹿のよう。
冤罪を叫ぶユーグリット殿下を尻目に、わたしの目線はレミー嬢に釘付けだ。
ドレスの裾から太股が見えそう。そう思った瞬間に、ハッとした。
考えるな、行動しろ。あとのことは後で考えればいい。
わたしはレミー嬢に飛びかかった。
一瞬の早業で、レミー嬢のフトモモを三回揉む。
ガシガシガシ。
思いきり揉んだところで視界が暗転した。
失敗か?
それともあの2人の天使っぽい人達のことは夢か幻だったのか……?
わたし、単なる痴女と化した?
けれど、視界がクリアになったあと、見ればマルグリットとおぼしき女性は騎士団っぽい服装の男に押さえつけられていて、わたしはと言えば、ユーグリット殿下に抱き締められていた。
「大丈夫かレミー、怪我は……」
わたしの頬にそっと手を触れてきたユーグリット殿下。うっわ、きもちわるっ!
「い、いいえ!だ、大丈夫……です……」
なんとか声を絞り出した。ユーグリット殿下は「おのれ、マルグリットめ! 嫉妬に駆られレミーを害そうとするとは……っ!」などと怒りの目をマルグリットに向けている。
そのマルグリットと中身が入れ替わったレミーさんといえば、なにが起こったのか分からないらしい。
「やめて、離して! あたしはレミーよ!」と叫んでいる。
「気が触れたかマルグリット・エヴァンス! それとも気が触れたフリをして、罪を逃れようとするつもりか」
「違う違う! あたしレミーなの! マルグリットっ! 今あたしになにをしたの! どうしてあたしの姿をしたアンタが王太子に抱き締めらててんのよっ!」
死に物狂いになって、騎士っぽい男の腕から逃れ、マルグリットの姿をしたレミー嬢がわたしのほうに迫ってきた。
「衛兵! マルグリットを捕らえよ!」
ユーグリット殿下が叫ぶ。
そうしてマルグリットの姿をしたレミー嬢は捕らえられた。
「なにすんのよ! あたしはマルグリットじゃないわ! あたしはレミーよ! 王太子殿下なら分かるでしょう! あなたが愛しているのはこのあたし!」
「ふざけるな、マルグリット・エヴァンス! 衛兵ども!さっさとそいつを牢に連れていけ!」
ユーグリット殿下の命令で、マルグリットの姿をしたレミー嬢はひきずられるようにして連れて行かれた。
と、ともかく、この場は乗りきれたのだろうか?
わたしはもう大丈夫なのだろうか?
「レミー、悪女は去った。もう大丈夫だ」
晴れやかな笑みをわたしに向けてくるユーグリット殿下。
わたしはそのまま気を失った。
ゆ、夢なら覚めて~。
2024年11月19日 ギフト御礼




