タイトル未定2026/02/03 15:27
張り詰めた空気。
静まり返る空間。
ここがどこなのか、なぜ自分がここにいるのか。
何をすればいいのかさえ分からない。
――法廷。
証人席に座らされているのは、一人の少女だった。
年齢、十六歳。
裁判長が、重々しく口を開く。
「――主文……」
淡々と読み上げられる判決文。
その声を背に、弁護人席の男が、わずかに口角を上げた。
金髪。
弁護士バッジが、まるで誇示するかのように光を放っている。
「……ここで、歴史が変わる」
この日、法律の歴史は――確かに、書き換えられた。
⸻
アリス國とイリステラス國は、長きにわたり戦火の中にあった。
発端は、アリス國内務大統領・ヨシミテの一言だった。
「この国には、もうお金がありません。しかし国民は高齢化し、社会福祉、公共事業……あらゆる分野に資金が必要です。
労働力も乏しく、来年の税収も見込めません」
国家の負債総額は二〇〇〇兆円を超えていた。
企業や国民からの借入だけでは、国家が破綻すると判断したヨシミテは――狂気とも言える決断を下す。
「……よし。国そのものに、抵当権をつけよう」
国を、抵当にする。
常識外れの発想だった。
だがその法案は、国会を通過した。
こうしてアリス國は、国土を担保に三〇〇〇兆円を借り入れた。
そして時は流れ、借金は四〇〇〇兆円へと膨れ上がる。
――そして。
「抵当権を、発動する」
イリステラス國内国国務大臣・サラシテラスは、淡々とそう宣言した。
これが、戦争の始まりだった。
⸻
ここは、アリス國R県。
山と畑に囲まれた、穏やかな田舎町。
「今年は……作物の出来が悪いな」
畑で野菜を育てる、ただの農家の男。
名は、誠司。
ふと顔を上げると、キャベツ畑が一面に広がっていた。
「せっかく育てても……どうせ兵士に持っていかれる」
誠司には幼い息子がいた。
名前は、キョウジ。
⸻
「おい! 今日も取り立てだ!」
軍服を着た兵士三人と、スーツ姿の男が畑に踏み込んでくる。
兵士たちは、無遠慮にキャベツを踏み荒らした。
「相変わらず、しけたキャベツだな」
眼鏡を拭きながら、スーツの男が吐き捨てる。
「税務計算の結果、あなた方はこの土地に見合う税金を支払えていません」
セージは、胸の奥で否定した。
固定資産税は、毎月きちんと納めている。
男は書類を突き出す。
「兵士に渡したキャベツも、売上として計上されています。その分、税額が増えているんです。
支払えない場合は……家の差し押さえですね。期限は来月です」
踵を返す男。
五歳のキョウジは、拳を強く握りしめていた。
男は振り返り、付け足すように言った。
「ああ。最近できた法律、知ってますか?」
――平和維持活動法。
名目は、貧困地域への支援と復興。
だが、その裏には、恐ろしい条文が潜んでいた。
「破産管財人――つまり債務整理を行う者が、債権者に代わってこの義務を行使できる。
通称、“裏の徴兵制度”です。払えなければ……行ってもらいますよ。イリステラス國へ」
⸻
キョウジは駆け出した。
足元の石を拾い、叫びながら投げつける。
「父ちゃんを戦争に連れていくな!! やめろ!!」
石は男の頬をかすめ、眼鏡が宙を舞った。
「バラック中佐!!」
兵士たちが駆け寄る。
「このクソガキ!!」
誠司が叫ぶ。
「やめろ!! キョウジ!!」
誠司は息子の前に膝をつき、そっと頭を撫でた。
「大丈夫だ……キョウジ。
この人たちが悪いんじゃない。
悪いのは――人の考えがぶつかり合って生まれた、“法律”という虚しい化け物だ」
その瞬間、セージの目が変わった。
背後の棚に置かれた六法全書が、ひとりでにめくれ――
眩い光を放ち始める。
「な……何だ……!?」
誠司は静かに言った。
「キョウジ。テレビをつけなさい」
ニュース速報。
「先ほど、イリステラス國はアリス國への債権放棄を表明しました。
両國は和解に向け、協議を開始するとのことです。
また問題視されていた平和維持活動法は、裁判所の判断により廃案へ向かう見通しです」
バラックは、膝から崩れ落ちた。
「……和解、だと……?」
誠司は、いつもと変わらぬ笑顔で、台所に向かう。
「さあ、ご飯だ。今日はキャベツで焼きそばにしよう」
キョウジは、幼心に違和感を覚えていた。
父の過去、母の不在、そして時折放たれる六法全書の光。
「父ちゃん……あなたは、一体……」
得体の知れない力を、確かに父から感じながら。
――ここから、物語は始まる。




