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最弱の理由

拳が頬を打ち抜いた瞬間、視界が白く弾けた。

地面に膝をつき、肺の奥の空気が勝手に押し出される。

呼吸ができない。

それでも声を上げることだけは、必死に堪えた。


「……っ」


「おいおい、昨日より根性あるな?」

「でもな、抵抗しないならただの人形だぜ」

「Dランクの最弱くん、もっと楽しませろよ!」


笑い声が耳を突き刺す。

視界の端で、夕陽が赤くにじんでいた。

校舎裏の土は硬く、頬に擦り傷が増えていく。


俺は――ただ、耐えていた。




(……なんで、こんなことになったんだろうな)


ぼんやりとした意識の中で、過去の自分を振り返る。


俺は昔から「弱い」って言われ続けてきた。

身体も小さいし、スポーツもからっきし。

喧嘩をすれば一発で沈む。

だから、人に頼るのも苦手になった。


「大丈夫、大丈夫」

いつもそうやって笑って誤魔化した。

心配をかけたくなくて、じゃなくて――

情けない自分を見せるのが怖かったから。


そんな俺が異能者だと判明したとき、家族は喜んでくれた。

「やっと居場所ができる」って。

でも、与えられた適性はDランク。

“下から二番目”。

誇れるほどのものじゃなかった。


(……俺なんかが、この学園で生き残れるのか?)


そう怯えていたときに――現れたんだ。


Eランクの、測定不能の、あの少年。

堂々と嘲笑い、誰の視線も恐れず、王のように椅子に座っていた。

最弱の烙印を押されても、誇りを手放さなかった。


(……すげぇって思った)


だから気づけば、声をかけていた。

「弱い者同士で仲良くしよう」なんて、

今思えばめちゃくちゃ図々しい言葉だ。


でも彼は、突き放すように言いながらも、拒絶はしなかった。

それだけで、俺は救われたんだ。




(……だから、言えないんだよ)


殴られ、蹴られ、痛みに呻きそうになりながらも、俺は心の中で呟く。


「疾風会に絡まれてます、助けてください」

――そんなこと、あの人に言えるわけがない。


だって、彼は俺とは違う。

Eランク? 測定不能? そんな枠で括れる存在じゃない。

あの人は、きっと本当に“王”なんだ。

王が相手にするのは、頂点を目指す者だけ。

俺みたいな凡人の悩みを持ち込むのは……不釣り合いだ。


それに。


(巻き込みたくなかった)


俺が一人で我慢すれば済む話だ。

弱い俺だから狙われた。

もし相談したら、次は絶対に――あの人が標的になる。

それだけは嫌だった。




「おい、立てよ!」


襟首を掴まれ、無理やり持ち上げられる。

足が宙に浮き、息が詰まる。

頭の奥がじんじん痺れる。


「ゼロ判定と一緒にいるからって、調子乗ったか?」

「お前はEより先に潰されんだよ!」


拳が再び飛んでくる。

頬が裂け、血の味が口に広がった。


涙が零れそうになる。

でも、絶対に泣かない。

泣いたら、本当に終わりだ。


(……俺は弱い。最弱だ。

でも、あの人の前では……情けない顔だけは、見せたくない)


その意地だけで、俺は歯を食いしばった。




「へっ、無口なもんだな。根性あるのか、ただの馬鹿か」

「いいんだよ。殴り甲斐がある方が面白えからな!」


拳と蹴りが止まらない。

背中に響く鈍い痛み。

視界が霞み、耳鳴りが広がる。

でも俺は、ただ必死に堪えていた。


(……頼らない。言わない。

俺は、あの人にとって“足手まとい”で終わりたくないから)




そのとき――空気が変わった。


地面を踏む音が、静かに近づいてくる。

重く、冷たく、鋭い気配。

夕暮れの光を背に、影が伸びる。


「――くだらぬ」


その声が響いた瞬間、俺の心臓が跳ねた。


「なっ……!」

「Eランク……!?」


上級生たちが振り返る。

そこに立っていたのは――見慣れた黒髪の背。

誰よりも堂々とした姿勢で、王の如く歩み寄ってくる。


「何様のつもりだ」

「ゼロ判定が調子乗ってんじゃねえ!」


疾風会の連中が吠える。

でも俺は、ただ震えながら、その背中を見つめていた。


(……来るなよ。俺は巻き込みたくなかったのに……!)


心とは裏腹に、胸の奥が熱くなる。

涙が溢れそうになるのを、必死で堪えた。


彼は、俺のために来たわけじゃない。

きっと、ただ“気に入らなかった”だけだ。

それでも――


(……やっぱり、すげぇよ。

あんたは……俺が絶対になれないもんなんだ)


揺らぐ視界の中で、俺はその背中をただ焼き付けていた。




◆キャラクター紹介(第8話)


【日向 悠真ひなた・ゆうま

ランク:D

異能:振動感知センス・バイブレーション

立ち位置:疾風会から二日連続で暴行を受ける。

心情:主人公を尊敬しているが、

「足手まといになりたくない」「巻き込みたくない」という理由で相談を拒む。


【派閥《疾風会》】

弱者狩りを見世物にする小派閥。

悠真を標的に暴行し続け、主人公の怒りを買う。


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