偽りの笑み、決着の一手
試合場に走る緊張は、もはや張りつめた糸のようだった。
観客のざわめきは途切れ、ただ二人の闘士が発する熱気だけが広場を支配している。
――篠宮智真と城ヶ崎漣。
一年Bクラスと二年Aクラス、
表向きは実力差が歴然のはずの両者は、今や互角の攻防を繰り広げていた。
漣は荒々しい息を吐きながら、拳を握りしめる。
「……さすがにやるな。一年坊主のくせに、ここまで避けきるとはよ」
篠宮は微笑を絶やさない。
「褒めていただけるとは光栄です。けれど、先輩の攻撃は直線的すぎますね」
「……なんだと?」
漣の額に青筋が浮かぶ。
「小賢しい真似で粋がってんじゃねぇ!」
怒号とともに渾身の拳が振り下ろされる。
大気が唸りを上げ、石畳が割れるほどの衝撃。
だが篠宮は一歩も慌てず、わずかに身をずらしてその拳を紙一重で避けた。
「っ……!」
漣の拳は虚空を裂き、風圧が観客席にまで届く。
「漣先輩、本気だ……!」
「一撃で決めにきてる!」
観客の悲鳴と歓声が入り混じる。
だが篠宮の眼差しは、なおも冷静だった。
「……力を出し切る姿は、美しい。ですが――」
彼の声は柔らかく、しかし刃のように鋭い。
「戦いは力だけで決まるものではないのですよ」
その瞬間、漣は叫んだ。
「黙れぇぇぇッ!!」
二の腕から肩、全身の筋肉が爆ぜるように膨張し、拳にすべての力を込める。
「砕け散れええええええええッ!!」
拳が一直線に篠宮を狙う――。
観客が息を呑む刹那。
篠宮は一歩、前に踏み出した。
「なっ……!?」
漣の目が見開かれる。
拳が迫る直前、篠宮の右手がわずかに伸び、その軌道を指先で逸らした。
ほんのわずかな接触。
だが、そこに重心を奪う技術と精緻な観察が込められていた。
「……っぐぅぉッ!?」
漣の巨体がわずかに揺らぎ、足がもつれる。
そこへ篠宮は、呼吸を合わせるように踏み込んだ。
掌底が、漣の胸元へ軽く触れる。
「――ここまでです」
ドンッ、と乾いた音。
漣の身体は後方に吹き飛び、地面に叩きつけられた。
場内が水を打ったように静まり返る。
「……今、何が起こった?」
「殴った……? いや、触れただけじゃ……?」
「嘘だろ……二年Aクラスの漣先輩が……!」
観客の困惑と驚愕が爆発する。
歓声は悲鳴へ、そして拍手へと変わっていった。
生徒会席。
神威蓮司は口元をわずかに吊り上げた。
「……フッ。やはり只者ではないな、篠宮智真」
天城緋彩は冷ややかに呟く。
「力を力で覆すのではなく……制御と観察で凌駕した、ということね」
桐生澪奈は記録帳に素早く筆を走らせる。
「篠宮智真。潜在評価、Aクラス相当――再検討の必要あり」
黒瀬征士は拳を握りしめ、苛立ちを隠せなかった。
「チッ……あんな奴が一年にいたなんてな……」
観客席の片隅で、氷室拓真は静かに篠宮を見つめていた。
敗北した漣に視線を向けることは一切なく、その眼差しはただ篠宮へ。
「……やはり、篠宮さん。貴方は――」
氷室は低く呟き、目を閉じる。
「Bクラスという器に収まるお方ではありません。
しかし……その時こそ、私が証明いたします。
真の頂点に立つのが誰であるのかを」
その言葉は敬語で紡がれ、尊敬と同時に挑戦の意思を滲ませていた。
漣は苦しげに立ち上がろうとしたが、膝が震え、再び地に崩れ落ちた。
審判が駆け寄り、宣言する。
「勝者――篠宮智真!」
一瞬の静寂のあと、場内は爆発するような歓声に包まれた。
「智真だ! 智真が勝った!」
「BクラスなのにAを倒したぞ!」
「いや……あれはもう、Bじゃねえ……!」
篠宮は静かに微笑み、観客へと一礼した。
その笑顔は柔らかく、
しかし“偽りの仮面”であることを知る者には、ぞっとするほどの冷徹さを含んでいた。
「さて……これで、少しは退屈が紛れますかね」
小さく呟いたその声は、歓声にかき消されていった。
◆キャラクター紹介
篠宮 智真
所属:凰嶺学園 一年Bクラス
表向き:気さくで人当たりの良い新入生。
内面:冷静な知略家で、《疾風会》の真のリーダー格。
実力はAクラス以上。なぜBに留まるかは未だ不明。
今回、二年Aクラスの城ヶ崎漣を圧倒的な差で下し、観客の評価を一変させた。
城ヶ崎 漣
所属:凰嶺学園 二年Aクラス
豪放磊落な性格で、肉体強化型の異能を操る剛者。
二年間Aクラスを維持し続けた強豪だが、篠宮の戦術の前に敗北。
「力こそ全て」を信じる戦い方が、冷静な観察眼に打ち砕かれた。
氷室 拓真
所属:凰嶺学園 一年、《疾風会》副リーダー格。
常に冷静沈着。篠宮に対しては敬語で接し、尊敬と挑戦心を併せ持つ。
今回の試合でも篠宮の格を再確認し、自らの野心を強めた。