疾風会の影
凰嶺学園に入学して数日。
授業は始まったが、教室に漂う空気は学問のそれではなく、狩場の臭気に近かった。
序列、派閥、力の見せ合い――すべてが生存のための競り合いだ。
我が周囲には、妙に空席が多い。
Eランク――測定不能の烙印を押された存在に、軽々しく隣を陣取る者などいない。
それが当然の反応だ。孤高は王の常。
……ただ一人を除いては。
「なあ、なあ。今日も隣、空いてるな」
日向 悠真――Dランクの小柄な少年が、当たり前のように席に腰を下ろした。
臆病そうな瞳をしているくせに、どういうわけか数日前から勝手に我の隣に居ついている。
「ふん。貴様も物好きよな」
「物好きって……俺からしたら、隣に座ってるだけで十分勇気出してんだぞ?」
「勝手にすればよい。我は気にも留めぬ」
「それ言うの三回目な!?」
我は肩を竦める。
どうやらこの凡人は、本気で我の拒絶を恐れていないらしい。
怯えながらも、なぜか離れぬ。実に奇妙な存在だ。
休み時間。
廊下の向こうから上級生が数人、にやつきながら教室に足を踏み入れてきた。
取り巻き連中がひそひそと囁く。
「おい、あれが噂のEか」
「ゼロ判定だってな」
「疾風会に報告しとくか?」
――疾風会。
弱者狩りを生業とする小派閥。
新入生から金品や居場所を奪い、見世物のように弄ぶ下卑た連中。
我が視線に気づいた上級生の一人が、わざとらしく声を張った。
「おーい、新入り! EにDの最弱コンビか? 仲良くしとるじゃねえか!」
教室がざわめきに包まれる。
悠真は顔を真っ青にして、机の下で拳を握りしめていた。
「お前ら、疾風会に挨拶は済んだかぁ?」
「くだらぬ」
我は立ち上がることもなく、冷ややかに告げた。
「虫ケラが群れを成そうと、王には届かぬ」
空気が一瞬凍りつく。
悠真が「ひぃっ」と小さく声を漏らした。
上級生たちは顔を引き攣らせたが、すぐに薄笑いに戻る。
「……ははっ。ゼロ判定のくせに吠えるなあ」
「こりゃ疾風会の連中に報告だ。いいオモチャが二つ揃ったぜ」
吐き捨てるように言い残し、奴らは去っていった。
「お、おい! 絶対やばいだろ今の! 疾風会に目をつけられたって!」
放課後、悠真が蒼白な顔で食ってかかってきた。
「我にとっては取るに足らぬ」
「俺にとっては足るんだよ!? 巻き込まれんの確定じゃん!」
「嫌なら離れろ」
そう言い捨てると、悠真は口を開きかけて――結局、言葉を飲み込んだ。
そして小さくため息をつき、肩を落としたまま我の隣を歩いていた。
(……愚か者。
だが、逃げずについてくるあたり、虫のわりには面白い)
我はわずかに口の端を歪め、夕陽に染まる学園の廊下を進んだ。
◆キャラクター紹介(第5話)
【日向 悠真】
ランク:D
異能:振動感知
性格/立ち位置:臆病だが、Eランクの存在に安堵を覚え、勝手に隣に居ついた。
まだ「相棒」とは言えず、一方的な親近感にすぎない。
【派閥《疾風会》】
学園下層を支配する小派閥。
新入生狩りを常とし、弱者を見世物にする。
主人公と悠真を“最弱コンビ”として狙い始める。