偽りの笑み、真なる格
「――続く対戦カードを発表する!」
審判の声が、まだ熱気冷めやらぬ会場に轟く。
「Bクラス一年――篠宮智真!」
「対するは――Aクラス二年――城ヶ崎漣!」
観客席が大きく揺れるようなどよめきに包まれた。
先ほどの橘陽翔と工藤沙羅の激闘に興奮していた一年生たちは、一転してざわめき始める。
「えっ……篠宮って、あの智真!?」
「Bクラスの新入生だよな? なんで次の試合に……?」
「いや、俺、昨日普通に話しかけられたぞ……? そんな強いわけ……」
驚きは戸惑いに変わり、次第にざわめきは「信じられない」という響きに満ちていく。
篠宮智真は、普段と同じ柔らかな笑みを浮かべながら悠然と歩み出た。
その人懐っこい表情は、いつもの「誰にでも声をかけてくれる気さくな同級生」そのまま。
だが――立ち姿そのものが、まるで違っていた。
纏う空気が異質なのだ。
彼の一挙手一投足が、周囲の意識を強引に引き寄せていく。
「な……なんだ、あれ……」
「Bクラスの雰囲気じゃねえ……!」
二年生や三年生は息を呑み、観客席の空気が一変していった。
対面から現れたのは、Aクラス二年・城ヶ崎漣。
二年間Aクラスに留まり続けている屈指の強豪であり、その肉体は岩のように鍛え上げられている。
漣は大股で歩きながら腕を鳴らし、低い声を響かせた。
「……悪いが、一年。俺は手加減ってもんができねぇ。潰す気で来るから、覚悟しておけ」
観客が息を呑む。
篠宮に向けられたその気迫は、会場全体を震わせるほどの迫力だった。
しかし篠宮は笑みを崩さない。
「それはありがたい。先輩の全力を見せてもらえるなんて、光栄だからね」
言葉は穏やかだが、その余裕が漣の苛立ちを刺激する。
「バカかよ、あんな二年に勝てるわけねえ!」
「でも……なんか智真の雰囲気、普通じゃないぞ……」
「いやいや、絶対無理だろ……」
一年生たちは混乱を隠せない。
生徒会席では、神威蓮司が薄く笑みを浮かべる。
「……フッ、やはり面白い。まだ隠し駒がいたか」
天城緋彩は無機質な眼差しで篠宮を見据える。
「……あの落ち着きは異常。Bクラスにいる理由が分からない」
桐生澪奈が淡々と記録をとりながら呟く。
「実力が本当にBなのか……検証が必要ですね」
黒瀬征士は苛立ちを隠さず舌打ちした。
「厄介な奴がまた増えやがった……」
観客席の後方。氷室拓真は腕を組み、試合場に立つ篠宮を見つめていた。
その眼差しは冷静だが、胸中には波が揺れている。
(……やはり、動かれるのですね、篠宮)
氷室は誰に聞かせるでもなく、低く呟いた。
「あなたが表舞台に立てば、均衡は必ず揺らぎます。
ですが――その時は、私が証明いたします。
真に頂点に立つのが誰であるのかを」
その声音には忠誠と決意が滲み出ていた。
氷室の敬語は、篠宮を“真のリーダー”と認めている証だった。
審判が手を振り下ろす。
「――篠宮智真 vs 城ヶ崎漣、序列戦開始!」
漣が咆哮とともに地を蹴る。
「うおおおおッ!」
地面を踏み抜く勢いで巨岩のような拳が篠宮へと突き出された。
「漣の全力だ! 一年じゃ持たねぇぞ!」
観客が絶叫する。
だが篠宮は――
舞うように軽やかに身を翻し、拳を紙一重で避けた。
轟音と砂煙だけが残り、篠宮は笑みを浮かべたまま立っている。
「なるほど……これが二年Aクラスの力か」
畏怖でも動揺でもない。
まるで“観察者”のように淡々と告げる篠宮。
漣が歯を食いしばる。
「……なぜ怯まない!」
篠宮は目を細め、微笑した。
「僕はただ、戦いを正しく見極めたいだけさ」
その姿は――Bクラスの枠を明らかに逸脱した、“真なる格”を示していた。
◆キャラクター紹介
篠宮 智真
所属:凰嶺学園 一年Bクラス
表向き:気さくで人当たりの良い新入生。
内面:冷静な知略家で《疾風会》の真のリーダー格。
実力はBに在籍しながらA級以上とされ、なぜBに留まるかは謎。
城ヶ崎 漣
所属:凰嶺学園 二年Aクラス
豪放磊落な性格の剛者。
異能は肉体強化型。圧倒的なパワーで相手をねじ伏せる。
Aクラスに二年間在籍する強豪。
氷室 拓真
所属:凰嶺学園 一年、《疾風会》副リーダー格。
冷静沈着な参謀。
篠宮に対しては常に敬語を用い、忠誠と尊敬を示す。