炎の残り火、次なる舞台へ
「――勝者、橘陽翔!」
審判の宣言が響いた瞬間、観客席から大きな拍手が湧き上がった。
しかしその拍手には、単なる勝者への称賛だけでなく、敗者への惜しみない敬意も混じっていた。
「橘、やっぱり強ぇ……!」
「でも沙羅もすげぇよ! 最後まで立ってた!」
「負けたのに、なんでこんなに胸が熱くなるんだ……」
隣の席からも前の列からも、そんな声が聞こえてくる。
人々の心に残っているのは、ただの勝敗ではなく――舞台を燃やした炎の記憶だった。
担架に乗せられ、舞台から退場していく沙羅。
全身に煤をまとい、髪は乱れて汗で濡れている。
だが、彼女は最後まで拳を握り、片手を高く掲げていた。
「……ありがと……みんな……」
声はかすれていた。けれど確かに届いた。
観客席からは涙交じりの拍手と歓声が送られる。
「沙羅! 最高だった!」
「また見せてくれ!」
その反応に、彼女は安心したように微笑みを浮かべ、静かに目を閉じた。
(……沙羅……お前の炎、確かにここに残ったよ)
胸が締めつけられるように熱くなる。
一方の橘は、剣を鞘に収めて観客へ静かに一礼した。
その所作には余計な感情がなく、淡々としたものだった。
「勝った。それだけだ」
橘はそれ以上を語らない。
だがその冷徹さすら、観客にとっては「橘らしい」と深く刻まれていく。
「無駄がねぇな」
「感情を出さないのが逆に怖い……」
観客の中にはそう囁く者もいた。
俺は思わず息を吐きながら呟いた。
「……やっぱ、すげぇな」
隣で真凰が微笑する。
「冷徹なる剣士、されど群衆の心を奪ったのは炎。
勝敗は橘だが……舞台を制したのは沙羅の情熱よ」
「お前ってほんと、全部芝居みたいに言うよな……」
苦笑しつつも、俺は同意せざるを得なかった。
黒瀬征士は腕を組み、渋い顔でモニターを睨んでいた。
「……勝敗は当然だ。橘の勝ちは揺るぎない」
だが澪奈は記録用紙を閉じ、静かに首を振る。
「工藤沙羅の炎。あの爆発力は制御不能でしたが……観客の心を掴んだのは事実です。
彼女の存在は、序列戦の空気を大きく変えました」
緋彩は無機質な声で言葉を重ねる。
「炎は一瞬で散る。だが、その残滓は観客に残り続ける」
会長・蓮司は口元に笑みを浮かべた。
「勝利の先に孤独が待つ橘。敗北の中で人々の記憶に刻まれた沙羅。
……面白い対比だな。舞台がますます輝きを増していく」
観客席の片隅で氷室拓真が呟いた。
「橘は揺るがない剣だ。だが、群衆を震わせたのは工藤沙羅の炎。
……勝つだけでは足りない。心を掴む力こそが、本当の強さかもしれん」
彼は一瞬だけ笑みを浮かべ、視線を別の方向へ移した。
そこには拳を握りしめる俺の姿があった。
「……日向悠真。お前はどう戦う……?」
胸が痛いほど高鳴っていた。
沙羅は負けた。だが、負けたこと以上に、観客全員の心を震わせていた。
(俺も……あんなふうに戦えるのか?
強さだけじゃない、誰かの心を動かす戦いを……俺も――)
思わず拳を強く握る。
横で真凰が愉快そうに笑った。
「炎は消えぬ。残り火は次なる戦いの糧となろう。
さて、次の舞台を焦がすのは誰か……」
「……お前ってほんと、楽しんでるよな」
苦笑しながらも、俺の心は確かに震えていた。
審判が舞台中央に立ち、会場へ声を張った。
「これより次の組み合わせを発表する!」
場内が一気に静まり返る。
「――Aクラス二年、《城ヶ崎 漣》!
対するは、Bクラス一年、《篠宮 智真》!」
「篠宮……!?」
会場が大きくざわついた。
「観客人気のあの篠宮か!」
「頭のキレる奴だって噂だったけど……まさか序列戦に出るのか!」
俺は思わず振り返った。
気さくで、でも底の見えない笑みを浮かべていたあの男――篠宮智真。
「いよいよ……出てきたか」
胸の奥でざわめくものを感じた。
隣の真凰はゆるやかに頷き、不敵に笑った。
「知略と人心を操るカリスマ……舞台に立てば、炎や剣に勝る輝きを見せるやもしれぬ」
◆キャラクター紹介(第48話)
【橘陽翔】
冷徹に勝利した剣士。だが群衆にとっては淡々としすぎ、その印象は「孤高」に近い。
【工藤沙羅】
炎の少女。敗北するも最後まで闘志を燃やし、観客の心に残る。
【日向悠真】
沙羅の姿に心を打たれ、自分の戦い方を意識し始める。
【主人公(真凰)】
炎と剣の対比を「舞」として楽しみ、次の戦いへの期待を膨らませる。
【生徒会】
勝者・橘の強さを認めつつも、沙羅の情熱が群衆に与えた影響を冷静に分析。
【氷室拓真】
沙羅の炎に群衆を揺らす力を見出し、悠真の可能性に注目する。
【篠宮智真】
知略と人心掌握を武器とするカリスマ。次なる試合で舞台に立つ。