小波の抗い、疾風を裂く水音
「――始め!」
審判の声と同時に、颯太が床を蹴った。
大地を割るような重い音。
巨体が弾丸のように飛び出し、拳が一直線に七海へ迫る。
「速ぇ……!」
「デカい体であのスピードかよ!」
観客がどよめく。
七海は一歩も下がらず、両の手を広げた。
空中に浮かんだ水の波紋が震え、盾のように彼女の前に広がる。
「――《水壁》!」
轟音。
颯太の拳が水壁を叩きつけ、波紋が弾け飛んだ。
「うわっ!」
前列の観客が思わず身をすくめるほどの衝撃波。
だが、七海は踏みとどまっていた。
「……まだ、倒れない」
震える足で、確かに彼女は立っていた。
「ほう……受けたか」
颯太が口角を上げる。
「だが、いつまで持つ?」
再び拳が飛ぶ。
連打。連打。
重機のような衝撃が水壁を叩き続け、会場に轟音が響き渡る。
七海は必死に手を広げ、次々と水壁を展開した。
だが一枚一枚が砕かれ、破片のように水滴が飛び散る。
「きゃっ……!」
客席に水しぶきが降りかかり、歓声と悲鳴が入り混じる。
(すごい……! あんな攻撃、普通なら一発で終わりだ!
でも、七海は……!)
俺は拳を握りしめた。
「――これが、Dクラスの意地だよ!」
七海が叫び、水壁を厚く重ねた。
颯太の拳を受け止め、ついに一撃を弾き返す。
「なっ……!」
颯太がわずかに後退した。
観客席が爆発するように沸いた。
「すげぇ!」
「受け返したぞ!」
「七海、やるじゃねぇか!」
七海は息を荒げつつも、瞳に力を宿す。
(力比べじゃ勝てない。でも……時間を稼げば、流れは変わる!)
彼女は舞台に水を撒き散らした。
床に広がった水面が光を反射し、颯太の足元を滑らせる。
「っ……!」
颯太がわずかに体勢を崩す。
その隙を狙い、七海は水を鞭のように伸ばした。
「――《水鞭》!」
しなる水が颯太の腕を絡め取り、拘束する。
「おおっ!」
「力型を縛ったぞ!」
観客席が揺れる。
だが颯太は歯を食いしばり、筋肉を膨張させた。
「うおおおッ!」
バキィッ!
水鞭が裂け、飛沫が舞う。
「……効かねぇな」
「まだ!」
七海はすぐさま次の水を操り、飛沫を刃のように変化させた。
颯太の頬をかすめ、細い切り傷が走る。
「……っ!」
観客がさらに騒然となる。
「傷つけたぞ!」
「ただの防御じゃない、反撃に出た!」
「小娘が……!」
颯太の瞳に怒りが宿る。
「弱者の抵抗がどこまで通じるか、試してみろ!」
「弱者だからこそ……諦めない!」
七海は震える声で叫んだ。
その言葉に、観客の一部が息を呑む。
(……そうだ。俺だって、弱いままだ。
でも、抗うことはできるんだ……!)
胸が熱くなるのを感じた。
隣で真凰が小さく笑う。
「愉快よの。
弱き者が抗う姿こそ、群衆が求める舞。
だが――抗いが巨壁を崩すかは別問題よ」
颯太が再び地を蹴った。
今度は迷いなく、一直線に七海へ突進する。
「潰す!」
「来なよ……!」
七海は水壁を展開しながら後退し、舞台全体を濡らしていく。
観客が固唾を呑む。
「これ、持つのか……?」
「七海……頑張れ!」
颯太の拳が水壁を次々に破壊し、七海が必死に後退。
だが同時に、床の水が深く広がっていった。
(……これが狙いか!)
俺は思わず息を呑んだ。
七海は最後の一枚を展開し、颯太を引き込むように誘う。
「これで終わりだ!」
颯太が叫び、水壁を粉砕した。
次の瞬間、足元の水が一斉に盛り上がり、颯太の脚を絡め取った。
「なにっ……!」
「――《水縛陣》!」
七海の声が舞台に響いた。
舞台の床全体を利用した大規模な水の拘束。
颯太の巨体が、膝まで沈み込むように固定される。
観客が総立ちになった。
「すげぇぇぇ!」
「力押しを封じたぞ!」
「Dクラスの反撃だ!」
七海は肩で息をしながら、颯太を見据えた。
「……力だけじゃ……勝てないよ」
颯太は苦悶の表情で必死に抜け出そうとする。
だが水はさらに締まり、巨体を縛り上げた。
「くっ……小娘が……!」
会場全体が熱狂に包まれる。
俺は拳を握りしめ、思わず声を上げそうになった。
(七海……すげぇよ!)
隣の真凰は微笑を深めた。
「小波、巨岩を穿つか……。
さて、抗いはどこまで続く?」
決着はまだ――これから訪れる。
◆キャラクター紹介(第42話)
【高槻颯太】
Cクラス一年。剛腕の肉体強化で七海を圧倒しようとするが、水縛に絡め取られ、窮地に。
【三輪七海】
Dクラス一年。水を使った戦術で反撃。観客を驚かせ、舞台を自分の土俵に変える。
【日向悠真】
七海の戦術に驚き、弱者なりの抗いに勇気をもらう。
【主人公(真凰)】
「愉快」と評しつつも、弱者の可能性を見定める視線を崩さない。
【観客】
弱者の抗いに大熱狂。「力押し vs 戦術」の構図を楽しむ。