疾風と二刀の果て
舞台を駆ける葵の姿は、まるで風そのものだった。
ステップ、跳躍、急加速。
目を凝らしても捉えられず、残像が舞台に何人も現れる。
「すげぇ! 本当に見えねぇ!」
「葵の速さ、限界突破してるんじゃねぇか!?」
観客の声が重なる。
俺は思わず息を呑んだ。
(これが……Cクラスだっていうのか。速度だけなら、AやBにだって引けを取らない!)
白石は冷静だった。
二本の刀を広げ、静かに舞台を見渡す。
その瞳は残像に惑わされず、ただ「次の一撃」を見極めようとしていた。
「……小細工は効かん。来い」
低い声が響き、葵の脚が一気に動いた。
「はああッ!」
葵の姿が閃光のように白石へ迫る。
拳ではなく、脚。鋭い回し蹴り。
「ふっ!」
白石は即座に刀を交差させ、金属音が響く。
ガギィィンッ!
「ぐっ……!」
葵は衝撃に歯を食いしばり、後方に飛び退いた。
「まだだ!」
すぐさま体勢を立て直し、横から飛び込む。
残像を残して舞台を疾走し、再び背後を狙う。
「読んでいる」
白石の刀が振り返りざまに閃き、残像を斬り裂く。
しかしそこには葵の姿はなかった。
「なに……!」
観客席が大きなどよめきを上げる。
「今の残像、フェイントか!」
「背後に見せかけて、真正面だ!」
「いけ、葵!」
真正面から飛び込んだ葵の拳が、白石の胸を狙う。
轟音。衝撃。
「うおおお! 入ったか!?」
しかし――白石は寸前で身を捻り、刀の腹で衝撃を受け流していた。
「……惜しいな」
冷徹な声。
葵は悔しげに歯を食いしばる。
「くそっ……あと一歩なのに!」
「一歩が届かぬ者は、千歩進んでも勝てぬ」
白石の言葉に、観客の緊張がさらに高まる。
葵は呼吸を荒げながら舞台を駆け続けた。
(……剣の間合いに入った瞬間、全部受け流される……。なら……俺はどうする?)
額に汗が滲む。
だが目はまだ死んでいない。
「まだ、俺は終わらない!」
その叫びに観客が応える。
「頑張れ葵!」
「まだいけるぞ!」
俺も拳を握っていた。
(葵……諦めるな……!)
隣の真凰が小さく笑う。
「愉快よの。弱者は常に抗う。だが――抗いが王を揺るがすことは稀」
冷ややかな言葉。だが、その声にはどこか楽しげな響きもあった。
葵は大きく跳躍した。
頭上から急降下、速度と体重を乗せた一撃。
「これでぇッ!」
だが、白石は待っていた。
二刀を交差させ、鋭い眼光で跳躍の軌道を見切る。
「終わりだ」
ザシュッ!
二本の刀がX字に閃き、葵の攻撃を完全に弾き返す。
空中で体勢を崩した葵は、そのまま床に叩きつけられた。
「くっ……!」
呻き声が響き、観客が息を呑む。
白石は刀を構え直し、静かに歩み寄った。
「速さは見事だった。だが、剣の道を超えるには至らず」
刀の切っ先が葵に向けられる。
「……降参しろ」
葵は唇を噛んだ。
悔しさと無念が滲む。
だが、瞳には諦めがなかった。
「……まだ、だ……!」
よろめきながら立ち上がろうとする。
白石の瞳が鋭く細められる。
次の瞬間、二本の刀が稲妻のように奔った。
「《双牙閃》!」
二刀の閃光が疾風を切り裂き、葵の残像を一瞬で消し去る。
最後に残った本体へ、衝撃が走る。
「――ッ!」
葵は膝をつき、刀の切っ先が喉元で止まった。
審判の声が響く。
「勝者、白石恭平!」
「すげぇ……!」
「やっぱりBクラスは格が違う……!」
「でも葵も凄かった! 本当に凄かったぞ!」
歓声と拍手が鳴り響き、舞台を包んだ。
俺は深く息を吐いた。
(……すげぇ戦いだった。
白石の剣は本物だ……でも、葵の速さも確かに届きかけていた)
隣で真凰が口元に笑みを浮かべた。
「速さは刃を惑わせた。だが剣は迷わぬ。
――よき舞台であった」
◆キャラクター紹介(第39話)
【白石恭平】
Bクラス一年。二刀流の剣士。冷静さと技量で葵を退け、勝利。
【佐倉葵】
Cクラス一年。疾風のような速度で挑んだが、最後は見切られ敗北。
だが観客から大きな評価を得た。
【日向悠真】
観戦を通じ、力と技術の差、そして挑戦する意味を噛みしめる。
【主人公(真凰)】
試合を「愉快」と評し、弱者の抗いを観察。