紅蓮と刃の果て
轟音と爆炎。
翔の拳が叩きつけられるたび、舞台が赤々と燃え盛る。
熱気で空気が歪み、観客の顔まで火に照らされている。
「うおおっ! まだやるのかよ翔!」
「透もよくあんなのに耐えられるな……!」
観客席の声援と悲鳴が交錯する。
俺は思わず拳を握りしめていた。
(……透、まだ立ってる……! あんな攻撃をまともに食らったら、普通は倒れる。けど――)
舞台の中央。
黒髪の少年――羽柴透は、肩で息をしながらも短剣を構えていた。
全身は煤にまみれ、制服の袖も焦げている。
それでも、その瞳は一切揺らいでいなかった。
「……はあ……はあ……俺は……まだ倒れない」
低く、それでいて確かな声。
その響きに、観客が再びざわめいた。
「しぶといな……!」
翔は舌打ちし、炎をさらに拳に纏わせる。
「だったら! 今度こそ沈めてやる!」
赤髪を揺らしながら翔が駆け出す。
舞台を叩くたび、焦げた床から火花が散る。
まるで火竜が駆けるような迫力。
「紅蓮爆衝――連打ァッ!!」
炎を纏った連撃が嵐のように降り注ぐ。
観客から悲鳴が上がった。
「ひっ、避けられない!」
「透、終わった……!」
俺も息を呑んだ。
だが――透は違った。
「……大振り、過ぎる」
その声と同時に、透の身体が煙の中を滑る。
短剣で拳を受け流し、爆炎を裂きながらわずかな隙間へ潜り込む。
翔の連撃は確かに速い。だが、大きく力を込める分、動作は読みやすい。
「はあッ!」
透の短剣が閃き、翔の炎を裂いて肩口を掠めた。
「ぐっ……!」
翔の表情が歪む。
観客席が一気にざわつく。
「透が押してる!?」
「いや、まだだ! 翔の火力は桁違いだ!」
俺は心臓が早鐘を打つのを感じていた。
(透……本当にすごい。守ってるだけじゃない。相手の炎を読み、戦術で食らいついてる……!)
隣で真凰が静かに笑う。
「ほう……弱者にしては悪くない。力の奔流を、知略で削ぎ落とすか。
――だが、いかに牙を持とうと、王者を斃せるかは別よ」
その声音に背筋が震えた。
「ちまちま……!」
翔は歯噛みする。
肩に傷を負ったことで、観客の声援が揺らぎ始めていた。
「クソッ……黙れよ……!」
苛立ちを燃料にするように、翔はさらに炎を膨らませる。
「こんな奴に負けてたまるか! 俺はAクラスなんだッ!」
再び拳を振り抜く。
炎が竜の咆哮のようにうねり、舞台を呑み込もうとした。
透は顔をしかめ、息を吸い込む。
「……これが、最後だ」
透の足が床を叩く。
跳ね上がった破片を利用し、翔の炎の前に短剣を突き立てる。
刃に炎がまとわりつき、熱で赤く染まる。
「俺は……俺のやり方で勝つ!」
透が叫ぶ。
炎を纏った短剣を逆に振り抜き、翔の拳を受け流した。
「なにッ……!」
翔の表情が驚愕に染まる。
炎を力で消すことはできない。だが、その流れを逸らすことはできる。
透は翔の拳を逸らし、その勢いを自らの刃へ乗せた。
「はああああッ!!」
短剣が閃き、翔の胸元をかすめた。
制服が裂け、熱で焦げる。翔は後退し、膝をついた。
「……バカ、な……俺が……」
翔は拳を震わせながら立ち上がろうとする。
だが透は、もう一歩も譲らなかった。
短剣を構え、目を細める。
「勝つのは……俺だ」
翔の拳が再び上がるが、身体がついていかない。
力を振り絞るほどに隙は増え、透の刃がそれを正確に突いた。
「――終わりだ」
短剣が炎を裂き、翔の拳を弾き飛ばす。
翔はそのまま後方に倒れ込んだ。
審判の声が響いた。
「勝者、羽柴透!」
「透が勝った!?」
「Cクラスが、Aクラスを倒した……!」
「うおおおおおッ!」
観客席が爆発するような歓声に包まれる。
俺はその声を聞きながら、胸を打たれるような感覚を覚えていた。
(……透、お前……本当にすげぇよ……!)
隣で真凰が小さく笑う。
「ほう……面白い。弱者が力を凌駕する姿、確かに見届けた」
その声音は愉快そうでありながらも、どこか冷ややかだった。
まるで「次はどうせ自分が勝つ」と確信しているかのように。
舞台に立つ透は、息を切らしながら短剣を下ろした。
その表情には、勝者の誇りと同時に深い疲労が滲んでいる。
「……はあ……勝った……のか」
膝を折りそうになりながらも、必死に立ち続ける。
観客席からは、ひときわ大きな声援が飛んだ。
「羽柴! 羽柴!」
透は小さくうなずき、その声援に応えた。
◆キャラクター紹介(第36話)
【神楽崎翔】
Aクラス一年。異能《紅蓮爆衝》の攻撃特化型。
圧倒的火力を見せたが、透の戦術に翻弄され、敗北。
【羽柴透】
Cクラス一年。冷静沈着な戦術家。
炎を受け流し、利用することで翔を撃破。勝利を収める。
【日向悠真】
観戦席から透の戦いを見守り、感銘を受ける。
【主人公(真凰)】
試合を「王の余興」として楽しみ、弱者の勝利を愉快と評する。