戦術の牙
「はあああああッ!」
翔の拳が振り抜かれるたび、轟音と共に炎が爆ぜた。
爆炎は空気を裂き、舞台を揺らす。熱気が観客席にまで伝わり、誰もが息を呑む。
「すげぇ……! やっぱ翔は本物だ!」
「もう勝負は決まったようなもんだろ!」
観客の期待は赤髪の戦士に集まる。
だが、羽柴透は一歩も退いていなかった。
爆炎を紙一重で避け、短剣を走らせる。金属が炎を裂き、火花が舞台を照らす。
「……大振りすぎる」
低い声で呟き、透は翔の背後へ回り込んだ。
「なにッ!」
振り返る翔に、透は短剣を振り抜いた。
刃は炎を裂き、風圧を生んで頬をかすめる。
「チッ……!」
翔が咄嗟に拳を叩きつけ、炎の爆撃で距離を取る。
観客がどよめいた。
「透が押してる!? 守ってただけじゃなかったのか!」
「いや、あいつ……炎を利用して軌道をずらしてる!」
その通りだった。透はただ守るだけではない。
炎の爆発で生じる風圧と衝撃波を読み、短剣の刃で受け流しながら、翔の死角を突いていた。
「戦術、か……」
俺は無意識に息を呑んでいた。
隣の真凰は、口角を吊り上げて笑う。
「愉快よの。力と知略のぶつかり合い……王の余興にふさわしい」
翔は歯噛みした。
「ちまちま……ウザってぇんだよ!」
拳にさらに炎を纏い、舞台を赤々と照らす。
熱が上がり、空気が歪む。
「《紅蓮爆衝・連砲》ッ!!」
拳の連撃が火柱となって襲いかかる。
火弾が乱れ飛び、舞台全体を埋め尽くす。
「うわああ! 舞台が燃えるぞ!」
「もう避けきれない!」
観客が悲鳴を上げる中、透は冷静だった。
「……読んだ」
足を滑らせるように動き、短剣で火弾を斬り裂き、跳躍。
火柱の間を縫うように翔の懐へ飛び込む。
「はあッ!」
刃が翔の肩口を掠め、炎の纏いを散らした。
「バカな……俺の炎を斬っただと!?」
翔が叫ぶ。
透は息を整えながら答えた。
「お前の拳は強い。だが、炎を纏わせるたびに動きが大振りになる……
隙は、いくらでもある」
「クソッ!」
翔が再び拳を振り上げるが、透は一歩も引かず、鋭く短剣を突き出した。
炎と刃が激突し、爆ぜる。
互いの力が押し合い、舞台を震わせる。
「透……すげぇ……!」
俺は拳を握った。
真凰は悠然と笑う。
「力は王者の証。だが戦術は、時に王をも屠る牙となる……さて、翔はどう出るか」
翔の額に汗が滲む。
炎の熱ではない。
相手を仕留めきれない焦燥の汗だった。
「ちょこまかと……!」
翔の怒号が舞台を震わせる。
透は冷ややかに短剣を構え直す。
「焦ってるな。だからこそ、崩れる」
観客が固唾を呑む。
赤と黒、炎と刃。
二人の矜持が正面からぶつかり合い、舞台の熱は最高潮に達していた。
次の一撃が、勝敗を大きく動かす――誰もがそう感じていた。
◆キャラクター紹介(第35話)
【神楽崎翔】
Aクラス一年。異能《紅蓮爆衝》。炎を纏い、爆発的な力押しを誇る。
だが戦術型の透を仕留めきれず、徐々に焦燥感を募らせる。
【羽柴透】
Cクラス一年。短剣と冷静な頭脳で戦う戦術家。
炎の爆発や風圧を読み、受け流しから攻撃へ転じることで翔を翻弄。
【日向悠真】
観戦しながら「弱者でも戦い方次第で強者に食らいつける」ことを実感する。
【主人公(真凰)】
力と戦術のせめぎ合いを楽しみ、「王の余興」として観戦。