交差する矜持
朝の教室は、妙にざわめいていた。
昨日の試合の話題が消えたわけではない。だが、今日は別の空気が漂っている。
「今日のカード、やばいよな」
「神楽崎翔だぜ? あいつは正真正銘の化け物だ」
「でも羽柴透も侮れない。あいつ、普段は地味だけど……試合になると化けるって噂だ」
話題はすでに次の戦いに移っていた。
俺は席に座り、ひとつ息をついた。
(……佐伯のこともあって、雰囲気が変わったな。でも結局、誰も立ち止まってはくれない。
次の舞台がすぐに始まる。それが、この学園なんだ)
窓際の真凰は腕を組み、薄く笑んでいた。
「慌ただしいものよ。昨日の感傷など、今日の熱狂の前ではすぐに掻き消される」
「……お前、楽しんでるだろ」
「無論。群衆とはそういうもの。だが、その流れを支配する者こそ“王”にふさわしい」
魔王のような声音が響き、俺は思わず視線を逸らした。
一方、校舎裏。氷室拓真は少数の仲間と集まっていた。
「――今日のカードは利用できるな」
「神楽崎翔か? あいつは目立ちたがり屋だが、力は本物だ」
氷室は顎に手をやり、低く笑う。
「羽柴透がどこまで食らいつくか……それ次第でCクラスの評価が変わる。
派閥の天秤は、些細なことで傾くものだ」
「……つまり、観客の反応を見ろってことか」
「そういうことだ。俺たち疾風会が次に仕掛ける時、その反応が大きな武器になる」
氷室の瞳は、獲物を狙う狼のように鋭かった。
同じ頃、生徒会室。
「神楽崎翔……扱いにくい駒だな」
黒瀬征士が吐き捨てるように言った。
「だが力は確かだ。戦いぶりを確認する価値はある」
澪奈は冷静に書類をめくりながら答える。
「羽柴透も気になります。あの男、見た目は地味ですが油断できません」
天城緋彩は無表情のまま言った。
「秩序を乱す可能性は低い。だが戦術型は時に想定外を起こす。監視は必要」
会長・神威蓮司はただ静かに笑みを浮かべた。
「勝つのが翔か、透か……それ自体は些末。
重要なのは、群衆がどう反応するか、だ」
征士は不満げに腕を組むが、それ以上は言わなかった。
午後。講堂に再び人が集まり、観客席はすでに熱気で膨れ上がっていた。
「神楽崎翔だ! 炎の拳、あれを生で見られるなんて!」
「羽柴透はどうするんだ? 守りに徹すればワンチャン……?」
「いやいや、力押しには潰されるって!」
ざわめきが広がり、観客の期待が高まる。
俺は観客席で息を整えた。
(……翔の実力は噂に聞いてる。力で押し切るタイプ。
でも、羽柴……あの目、ただの守りじゃ終わらない気がする)
隣の真凰は相変わらず余裕の笑みを浮かべている。
「力押しと戦術――良き対比よの。退屈はせぬ」
「Aクラス一年、《神楽崎翔》!
Cクラス一年、《羽柴透》!」
アナウンスと共に、二人が舞台に現れた。
翔は鮮やかな赤髪を逆立て、堂々とした歩みで中央に立つ。
拳を握りしめると、その周囲に熱が漂い、観客が歓声を上げた。
「見てろ! 俺が勝って、Aの力を見せつけてやる!」
観客が「翔!翔!」と名前を叫ぶ。
一方の羽柴は、黒髪の短髪を整え、静かに入場。
腰に携えた短剣を軽く握り、ただ前を見据える。
「……俺は、俺のやり方で勝つ」
その低い声は観客には届かない。だが俺には、確かに聞こえた。
「始め!」
審判の声と同時に、翔が猛然と踏み込む。
「《紅蓮爆衝》ッ!」
拳に炎を纏い、轟音と共に炎弾を叩きつけた。
観客席から歓声が上がる。
「うおおお! 一撃目から全力だ!」
だが羽柴は一歩も退かない。
短剣を振り抜き、炎の塊を斬り裂いた。
爆炎の熱気が舞台を揺らすが、彼は体勢を崩さなかった。
「……これがお前の力か」
低く呟き、再び短剣を構える。
翔はにやりと笑う。
「その冷静さ、悪くねぇ。だがな――俺は止まらん!」
炎と刃。
力押しと戦術。
真っ向からぶつかり合う戦いが、ついに幕を開けた。
◆キャラクター紹介(第34話・修正版)
【神楽崎翔】
Aクラス一年。異能〈紅蓮爆衝〉で炎を拳に纏い、攻撃特化の力押し型。
観客人気も高く、熱狂の中心となる。
【羽柴透】
Cクラス一年。冷静沈着な戦術家。短剣を武器に炎に挑む。
地味ながらも底知れぬ気配を放つ。
【日向悠真】
舞台を観戦しながら、戦いの本質を感じ取ろうとする。
羽柴の言葉に「自分の戦い方」の片鱗を見る。
【主人公(真凰)】
余裕の態度で「力押しと戦術の対比」を楽しむ。
【氷室拓真】
疾風会の立て直しを企む。観客心理を利用しようと狙う。
【生徒会】
試合そのものより、観客の反応や秩序維持を注視。翔を「力の駒」、透を「監視対象」と見ている。