弱者の誇り、剣の勝利
舞台中央で、剣と影が交錯し続けていた。
木刀が振り抜かれるたびに、空気が鋭く裂ける。
影が床を這い、蔦のように伸びて凛の動きを縛ろうとする。
「はあああッ!」
「……ふっ!」
打ち合いは幾度となく繰り返され、観客の息が揃って止まる。
「すげぇ……あの佐伯って奴、まだ立ってる!」
「最初は瞬殺かと思ったのに……」
「凛にここまで食らいつくなんて」
観客の声色が、いつしか嘲笑から驚愕へと変わっていた。
佐伯は荒い息を吐きながらも、目を逸らさなかった。
肩からは血が流れ、脚も震えている。
それでも、立っていた。
(俺は……ここに居場所を作るんだ。
誰に笑われても、踏みにじられても……俺は俺の証を残す!)
影がうねり、再び凛へと襲いかかる。
凛の木刀がそれを斬り払うたび、佐伯の視界が揺れた。
それでも、彼は笑った。
「……まだ、終わらない!」
凛は木刀を下段に構え、じっと佐伯を見据えた。
その瞳に最初の余裕はもうなかった。
「……いいな」
短く吐き捨てるような声。
そこには、同じ舞台に立つ者としての敬意がわずかに宿っていた。
「だが、剣は遊戯ではない。
命を削って振るうものだ」
凛が一歩踏み込んだ瞬間、空気が変わった。
観客全員が震えを覚えるほどの「本気」の気配。
「来い、佐伯」
「……ああッ!」
佐伯の影が爆発的に広がる。
床一面を黒い靄が覆い尽くし、凛の足を根ごと縛り上げる。
「これで……!」
観客が息を呑む。
だが凛は、わずかに笑んだ。
「――遅い」
次の瞬間、凛の木刀が閃いた。
影が一閃で切り裂かれ、空間ごと断ち切られたように消え去る。
「なっ……!?」
佐伯の目が見開かれた時には、凛の姿は眼前にあった。
「《早乙女流・一閃》」
風を裂く音。
鋭すぎて、誰もその軌跡を追えなかった。
ドン、と音が響き――佐伯が吹き飛ばされ、舞台に叩きつけられる。
「……試合終了!
勝者、早乙女凛!」
審判の声が響いた瞬間、講堂は静寂に包まれた。
そして――爆発的な歓声が上がる。
「やっぱり早乙女だ!」
「すげぇ、一閃で決めやがった!」
「でも……佐伯もすごかったよな……!」
観客は凛の勝利を称えると同時に、佐伯の奮闘に心を動かされていた。
床に倒れた佐伯は、荒い息を吐きながらも笑った。
「……負けた、か。
でも……俺は、逃げなかった。
ここに……俺の居場所を作るために、戦ったんだ……!」
その言葉に、観客席から自然と拍手が起こった。
敗者を称える拍手。
それは、この学園では滅多に起こらないことだった。
凛は木刀を収め、佐伯に背を向ける前に一言だけ残した。
「……お前の影は、弱者の叫びだ。
忘れるな、その意味を」
俺は立ち尽くしていた。
胸の奥が熱くなり、拳が震える。
(佐伯……お前、本当にすげぇよ。
俺と同じ弱者なのに……あんなに立ち続けられるなんて)
隣で真凰が笑みを浮かべた。
「弱き者の抗い――愚かで、だが美しい。
王の舞台を飾るに、ふさわしき滑稽よ」
「……真凰、お前……」
「よいではないか。
強者だけが価値を持つのではない。
弱者が抗うからこそ、覇道は輝く」
その言葉に、俺ははっとした。
(そうか……俺は、逃げちゃいけないんだ)
心の奥で、戦う理由がより強く根を張った気がした。
観客の熱狂は収まらず、佐伯の名も口々に呼ばれていた。
「佐伯、よくやった!」
「次は勝てるかもしれない!」
その光景に、佐伯は涙をこぼしながら笑っていた。
俺はその姿を目に焼き付けた。
(俺も……ああやって、立ち続ける。
どんなに弱くても、戦って――俺の居場所を作るんだ!)
舞台は整えられた。
次なる戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。
◆キャラクター紹介(第32話)
【早乙女 凛】
Aクラス一年。名門の剣士。
《早乙女流・一閃》で決着をつけ、佐伯に勝利。
敗者にわずかな敬意を示す。
【佐伯 蓮】
Dクラス一年。異能〈影縛り〉。
最後まで抗い抜き、観客に「弱者の戦い」の意味を示す。
敗北しても誇りを胸に、居場所を作ると宣言。
【日向 悠真】
佐伯の戦いに強く共感。
「逃げない」という決意を新たにする。
【主人公(真凰)】
悠然と観戦し、「弱者の抗い」を愉快と評す。
王としての視点から、舞台の価値を認める。