戦う理由
刃霧総司の冷徹な勝利に、講堂は歓声と熱狂に包まれていた。
だが舞台裏に一歩入れば、そこにはまるで別世界のような静けさが広がっている。
俺――日向悠真は、真凰と共に観戦席を後にしようとしていた。
その時、ふと視界の端に一人の姿を見つけた。
――三条佳奈美。
先ほど敗北したDクラスの二年生。
ベンチに腰を下ろし、両手の指先に巻き付いた絆創膏を見下ろしている。
指はまだ赤く滲み、震えていた。
声をかけるべきか迷ったが、足が勝手に動いた。
「……三条さん」
彼女はゆっくりと顔を上げた。
疲弊した瞳の奥に、それでもまだ強さが残っていた。
「……日向、だっけ。何の用?」
「すごかったよ。最後まであんな……相手に立ち向かって」
俺の精一杯の言葉に、佳奈美は苦笑した。
「負けは負け。勝たなきゃ、意味がないのよ」
悔しさを押し殺すような声。
だけど、その指先にはまだ諦めきれない熱が残っていた。
「でも……どうしてそこまで?」
俺が問いかけると、彼女は少し黙り、やがてぽつりとこぼした。
「……ここに、自分の居場所を作りたいから。
笑われるDクラスのままじゃ終われない。
どんな形でも、存在を証明したかった」
胸の奥がずきりと痛んだ。
(居場所……か)
俺は自分の拳を握りしめた。
これまでただ流されるように、目立たないように生きてきた。
戦う理由なんて考えたこともなかった。
でも。
真凰と出会い、彼の隣に立つようになってから。
気づかされることが多すぎた。
「……俺も、そうなのかもしれない」
「え?」
「俺も、ここに……俺の居場所を作りたい。
そして――真凰の相棒として、隣に立ちたい」
言葉にした瞬間、胸が熱くなった。
怖くて仕方ないはずなのに、不思議と前に進める気がした。
佳奈美は目を細め、少しだけ笑った。
「……なら、頑張りなさいよ。次はもっと強いのが来るんだから」
その時、会場のアナウンスが響いた。
『次戦は特別戦枠――生徒会副会長、天城緋彩が出場します』
観客席がざわつきに包まれる。
「副会長!?」
「生徒会のNo.2が動くのか……!」
舞台袖に現れたのは、漆黒の制服に身を包んだ少女。
天城緋彩。
冷ややかな瞳、感情を欠いた表情。
歩み出すだけで、周囲の空気が凍りつくようだった。
「……本物が来た」
俺は唾を飲み込み、声を震わせた。
隣の真凰は悠然と佇み、静かに呟いた。
「王の道に、ついに牙を剥く者が現れたか」
一方、生徒会室。
黒瀬征士は腕を組み、不快げに吐き捨てる。
「副会長が出るか。……面倒な役を任せやがって」
神威蓮司は冷淡に笑んだ。
「緋彩なら十分だ。イレギュラーを測るにはな」
緋彩は感情の欠片もなく頷いた。
「命令を遂行する。それだけです」
その無機質な声が、次なる戦いの到来を告げていた。
控室に戻りながら、俺は深く息を吐いた。
佳奈美の言葉が、まだ胸の中に残っている。
(俺は戦う。
自分のために。
そして、真凰の相棒として――)
外から轟音のような歓声が再び響いた。
次なる戦いの幕が、今まさに上がろうとしていた。
◆キャラクター紹介(第27話)
【三条佳奈美】
敗北後、悠真に「居場所を作るため戦った」と語る。
悠真の覚悟に影響を与える。
【日向悠真】
佳奈美との会話で「自分の戦う理由」を自覚。
真凰の相棒として隣に立つ決意を固める。
【主人公(真凰)】
悠然と舞台を見つめ、「王の道に牙を剥く者」と緋彩を評す。
【天城緋彩】
生徒会副会長。無機質で冷徹。次戦の出陣者に決定。
【神威蓮司・黒瀬征士】
生徒会長と会計。緋彩の出陣を見届ける。