斬界と糸操
「――はっ!」
刃霧総司の刀が振るわれた。
異能〈斬界〉。
その一閃は目に見える刃ではなく、空間そのものを断ち割る力だ。
舞台を横断する白い亀裂。
触れた瞬間、物質は分断される。
「ひぃっ……!」
観客席から悲鳴が漏れた。
糸を操る佳奈美が、瞬時に身体を捻ってかわす。
舞うような身のこなしで後退しながら、両腕を広げる。
「……っ! 絡め取れ!」
無数の糸が光を反射し、舞台上に網を描く。
蜘蛛の巣のように広がった透明の罠。
「やった、捕まえた!」
「三条の勝ちだ!」
観客が沸き立つ。
だが総司は表情一つ変えず、低く呟いた。
「無駄だ」
次の瞬間。
斬界の亀裂が走り、絡みついた糸が一瞬で断たれた。
「っ……!?」
佳奈美の瞳に動揺が走る。
「まだ……!」
糸を操り、舞台の残骸や瓦礫を一斉に掴む。
それらを一気に放り投げ、総司へ雨あられのように降らせた。
「総司、避けろ!」
「くそ、あんな物量……!」
観客の声援が飛ぶ。
だが総司は微動だにせず、刀を一閃。
「斬界・散」
触れた瓦礫が粉塵となり、舞台に霧散する。
その隙に佳奈美は再び糸を伸ばした。
「これで――!」
糸が総司の足を捕えた。
「捕まえた!」
観客が歓声を上げる。
佳奈美は全力で糸を引き絞り、総司の動きを封じ込めた。
「いける、今なら……!」
全身の力を込めて引き倒そうとする。
だが――総司の瞳は冷徹に光っていた。
「……浅い」
彼の周囲に白い亀裂が走った。
空間そのものが断ち切られ、絡みついた糸ごと消失する。
「なっ――」
次の瞬間、佳奈美の足元に斬撃の亀裂が走る。
彼女は悲鳴を上げ、後方へ飛び退いた。
髪の先が一房、宙を舞って消える。
(……速すぎる!)
俺は目を疑った。
糸を絡め取ったはずなのに、一瞬で消し飛ばされた。
「……これが、Aクラスか」
口の中が乾く。
佳奈美の戦術は巧みだった。
だが総司の斬界は、それを圧倒的な切断力で上回った。
隣で見ていた真凰は、無表情のまま呟いた。
「刃はただ振るうのみ。無駄も余計もない。……あれは完成された剣士だ」
その声音には、わずかな興味すら含まれていた。
「……これ以上は無理ね」
佳奈美は荒い呼吸を整え、立ち上がった。
糸はすでに何本も断たれ、指先が血で滲んでいる。
それでも、最後の一撃を放とうと手を掲げた。
「まだ……!」
だが、その瞬間にはもう遅かった。
総司の刀が振るわれる。
「――終わりだ」
白い亀裂が一直線に走り、佳奈美の足元を斬り裂いた。
衝撃で彼女は舞台に崩れ落ち、動けなくなる。
「勝負あり! 勝者、刃霧総司!」
審判の声が響き渡った。
「すげぇ……やっぱAクラス!」
「三条も善戦したけどな……」
「これが斬界の恐ろしさか」
観客は興奮冷めやらぬ様子で騒ぎ立てる。
俺は唇を噛んだ。
(……強すぎる。あんなのと戦うなんて……)
それでも、隣の男は微動だにせず、王のように舞台を見下ろしていた。
勝利を収めた総司は、観客に一礼し、淡々と舞台を降りる。
その姿は誇らしげでもなく、ただ当然の結果を受け入れる剣士そのものだった。
舞台裏、黒瀬征士が低く呟く。
「……真凰に勝てるかどうか、見ものだな」
その言葉に誰も応えない。
だが確実に、次の波乱の火種は大きくなっていた。
◆キャラクター紹介(第26話)
【刃霧 総司】
Aクラス一年。異能〈斬界〉。空間そのものを断ち切る。
三条佳奈美の糸を圧倒し、冷徹に勝利。
【三条 佳奈美】
Dクラス二年。異能〈糸操〉。戦術で善戦するも、最後は力の差に屈する。
【主人公(真凰)】
観戦者として、総司を「完成された剣士」と評す。
動じず、ただ観察していた。
【日向 悠真】
戦いを目の当たりにし、Aクラスとの力の差に震える。
それでも隣に立つ覚悟を胸に強めていく。