影を裂く咆哮
「第四戦――開始!」
審判の声と同時に、黒瀬迅の足元から影が爆ぜた。
漆黒の軌跡が床を這い、一瞬で真凰の足元へと迫る。
「消えた!?」
「いや、影の中を走ってるんだ!」
観客が悲鳴混じりの歓声を上げる。
〈影走〉――影を移動経路に変え、瞬時に間合いを詰める暗殺者の技。
「終わりだぁッ!」
影の中から躍り出た迅の拳が、真凰の顔面を狙う。
速い。俺の目では追い切れない。
(まずい! 避けられない……!)
だが、真凰は動かなかった。
わずかに首を傾けただけで拳をかわし、悠然と手を伸ばす。
「《崩掌》」
低く呟いた瞬間、迅の体が弾かれるように吹き飛んだ。
観客席からどよめきが上がる。
「な、何だ今の!」
「掌底を軽く当てただけに見えたぞ!」
俺も呆然と立ち尽くした。
(信じられない……!
影からの奇襲を受け止めただけじゃなく、逆に押し返した……!)
舞台に膝をついた迅が、歯を食いしばる。
「……ふざけるなよ」
迅の影が再び広がる。
今度は舞台全体を覆う勢いだ。
「兄貴に泥を塗るわけにはいかねぇ……!
黒瀬の名は、俺が守る!」
その言葉に、会場が再び熱狂する。
「やっぱ黒瀬家は本気を出したら違う!」
「新入生、ここで潰されるぞ!」
舞台上には無数の影。
どこから迅が飛び出すか、俺にはまったく予測できない。
(だめだ……! あれじゃ完全に死角だらけだ!)
次の瞬間、影の中から迅が姿を現した。
右、左、背後――瞬間移動のように位置を変え、嵐のような連撃を叩き込む。
「どうした真凰ッ! 王様気取りはやめたのかッ!」
拳、蹴り、影からの突き上げ。
舞台が軋み、砂埃が舞う。
だが、真凰はただ一歩も動かず、影の連撃を受け止め続けていた。
軽く受け流し、腕を払うだけで迅の攻撃は弾かれていく。
「……王を前に吠えるな、黒瀬迅」
低い声に、迅の顔が怒りで歪む。
「黙れッ!」
拳が影から閃光のように突き出された瞬間――真凰の瞳が深く光った。
「――《闇鎖》」
空間に黒い鎖が出現した。
迅の足元から影を絡め取るように巻き付き、その動きを一瞬で封じる。
「なっ……!?」
観客席が息を呑んだ。
「影そのものを縛った……!?」
「そんな芸当、聞いたことねえぞ!」
迅は必死にもがくが、鎖は影ごと肉体を拘束して離さない。
「……っ、ふざけるなあああッ!」
全身の筋肉を爆発させ、肉体強化を重ねて必死に脱出を図る。
だが真凰は静かに歩み寄り、片手をかざした。
「終いだ」
掌から放たれた衝撃が迅の胸を撃ち抜き、彼は大きく吹き飛ばされた。
舞台の端まで転がり、動きを止める。
「勝負あり! 勝者、“真凰”!」
審判の声が響いた瞬間、会場は静寂に包まれた。
誰もが信じられなかったのだ。
Eランク、ゼロ判定の新入生が――
黒瀬家の一角、迅を圧倒したという事実を。
「……ありえねぇ」
「黒瀬の弟が……負けた……?」
観客席にどよめきが走り、次第に熱狂が膨れ上がる。
俺は拳を握りしめ、思わず声をあげそうになった。
だが隣の彼の横顔を見て、声を飲み込む。
(……やっぱり。“あいつ”は本物だ)
悠然と立ち尽くす真凰の姿は、ただ一人の“王”そのものだった。
壇上の生徒会席。
黒瀬征士は腕を組んだまま、冷徹な瞳で弟の敗北を見下ろしていた。
その顔には怒りも驚きもなかった。
ただ、無言の静かな敵意が宿っていた。
(……弟が負けた。
だが、それで済むと思うな、“真凰”)
その視線は、次なる因縁を告げていた。
◆キャラクター紹介(第22話)
【黒瀬 迅】
二年生・Cランク。征士の実弟。
異能〈影走〉で猛攻を仕掛けるが、真凰の二つの技《崩掌》《闇鎖》に封じられ敗北。
【黒瀬 征士】
生徒会会計。肉体強化系。
今回:弟の敗北を冷徹に見下ろし、主人公への敵意を深める。
【主人公(真凰)】
異世界の魔王。Eランク判定。
使用技:《崩掌》《闇鎖》。
迅を圧倒し、「ゼロ判定」の概念を覆す存在感を示した。
【日向 悠真】
観戦者。相棒の圧倒的勝利に衝撃を受け、確信を深める。