入学式と序列の檻
広大な講堂には、千人規模の新入生が集められていた。
高天井には黄金の紋章が輝き、壁面には数多の戦歴を刻んだ記念碑が並ぶ。
その荘厳さは「ただの学校」ではなく、まるで軍の式典のようであった。
壇上に立つ教師・嵯峨 玄道が一歩進み出る。
その声は冷厳にして、静かなる重圧を伴っていた。
「新入生諸君。ようこそ凰嶺学園へ」
言葉に歓声は返らない。
緊張と期待、そして恐怖に支配された空気の中で、ただ重苦しい沈黙だけが広がった。
「ここは、異能者を育て、鍛え、国家へと送り出す場である。
諸君らはもはや“学生”ではない。
選ばれし戦力として、国の盾となることを期待されているのだ」
異能者という存在は、国家の安全保障と同義だった。
外敵との戦争、内乱の鎮圧、災害の鎮め――そのすべてに異能者が必要不可欠とされている。
ゆえに凰嶺学園は国の庇護下に置かれ、同時に厳格な監視の下に存在していた。
失敗は許されず、力なき者は淘汰される。
(なるほど……この国にとって、異能者とは道具に過ぎぬか。
ならば“魔王”たる我を、いかに利用するつもりか――見物よ)
魔王の視線は会場を一巡した。
誰もが誇らしげに胸を張りながらも、同時に隣を競い合い、敵視している。
この場所では友情も信頼も二の次、ただ己が上に立つことのみが価値を持つのだ。
「静粛に」
嵯峨の一声により空気が張り詰める。
やがて壇上にもう一人の影が現れた。
銀糸の髪を背に流し、整った顔立ちに冷徹な双眸を宿す少年――
凰嶺学園生徒会長にして序列第一位、神威 蓮司であった。
その姿を目にした瞬間、講堂全体がざわめきに包まれる。
誰もがこの男の名を知っていた。
入学からわずか一年で全学年を制し、絶対的王者に君臨した存在。
蓮司は壇上に立ち、視線を鋭く走らせる。
声は冷たい刃のように、会場を切り裂いた。
「――ここに集った諸君。
力なき者は去れ。
凰嶺学園において、“弱者”に居場所はない」
一瞬の沈黙。
その言葉の意味を噛み締めた瞬間、空気が凍りついた。
「本学園の秩序は、“序列戦”によって保たれる。
力を示すことでのみ、貴様らの価値は認められる。
敗者はすべてを失い、勝者がすべてを奪う――それがこの檻の掟だ」
観客席の新入生たちは息を呑んだ。
ささやき声が漏れる。
「やっぱり本当だったのか……」
「負けたらクラスも席次も奪われるって……」
「序列戦は公開だ。全校生徒の前でな」
その恐怖と興奮の渦を、魔王は冷笑しながら眺めていた。
(ほう……面白い。
弱肉強食を公然と掲げるか。
我が支配していた魔界と何ら変わらぬではないか)
生徒会長・神威 蓮司の眼差しが一瞬、魔王と交差した。
そこにあったのは冷徹な蔑み――いや、わずかな興味か。
「ふん……この男、我を見定めようとしているな」
魔王は笑みを深め、心の内で呟いた。
(よかろう。我が“最弱”として出発してやる。
いずれこの舞台の頂点が誰か、思い知らせてやるのも愉快だ)
壇上の蓮司は冷酷に言葉を締めくくる。
「――我に挑む権利は、序列を上げた者だけにある。
力を証明した者だけが、この檻で生き残るのだ」
その言葉を合図に、入学式は終焉を迎えた。
だが新入生たちの胸中には、早くも“次なる戦い”への火種が燃え上がっていた。
(序列戦……愉快な遊戯よ。
その盤上にて、我が退屈を払うとしよう)
魔王は静かに笑みを浮かべながら、学園生活の第一歩を踏み出した。
◆キャラクター紹介(第2話)
【嵯峨 玄道】
ランク:教員(戦闘ランク不明)
異能:非公開(序列戦の監督官ゆえ未公開)
性格/立ち位置:壮年の教師。冷徹に制度を語り、弱者の救済を否定する。学園制度を体現する存在。
【神威 蓮司】
ランク:序列第1位(S相当)
異能:不明(伏線として非公開)
性格/立ち位置:凰嶺学園生徒会長。圧倒的な力で学園を支配する絶対王者。
弱者を切り捨てる姿勢を隠さない。