抽選の罠
二戦目が終わり、観客席はまだ興奮冷めやらぬ雰囲気に包まれていた。
Bランク相楽鷹真の圧倒的な勝利。
その残像が脳裏に焼きつき、俺――日向悠真はただ唾を飲み込むしかなかった。
(……あんな奴らがゴロゴロいるのかよ。
俺がここで生き残れるわけ、ない……)
心臓がばくばくとうるさい。
手のひらは汗でじっとりと濡れ、脚が震えていた。
だが、逃げ場などない。
壇上で、副会長・天城緋彩が無機質な声を響かせる。
「次の抽選を行う」
からん、と金属球が落ちた。
その瞬間、背筋が凍る。
「――三戦目、Dランク・日向悠真。
対戦相手は……生徒会書記、桐生澪奈」
「えっ……!?」
会場中がざわめいた。
「生徒会!?」「新入生と!?」「なんでそんな組み合わせが……!」
俺は耳を疑った。
生徒会――あの絶対的権威の一角と、俺が……?
壇上の生徒会長・神威蓮司は、僅かに口角を上げた。
その笑みは冷酷にして計算高い。
(……やっぱりそうか。
俺じゃなく、“あいつ”を揺さぶるために)
自然と隣を見る。
“王”は表情を変えず、ただ組んだ腕を解かずに座っていた。
だが――その瞳の奥で、微かな炎が揺れている気がした。
舞台に上がったのは、凛とした姿の少女。
黒髪をきちんと結い上げ、冷ややかな眼差しを浮かべる。
桐生澪奈。
生徒会書記。秩序を重んじる、結界系の異能者。
「ルールは理解しているな、日向悠真」
俺に視線を向け、静かに問う。
その声には侮蔑も敵意もなかった。
ただ“事務的な確認”という冷たさ。
「は、はいっ……!」
喉が乾いて声が裏返る。
観客席からは失笑が漏れた。
「新入生には荷が重すぎる」
「もう負け確定じゃん」
耳に突き刺さる声。
胸が締めつけられそうになる。
審判の合図が下る。
「第三戦――始め!」
瞬間、澪奈の足元に光の紋様が広がった。
幾何学的な陣形が床を這い、瞬く間に舞台全体を覆っていく。
「こ、これは……!?」
「〈封陣結界〉。
君の動きを制御するための、最も基本的な布陣だ」
見えない力が全身を絡め取り、足が重くなる。
動こうとするたびに鎖のような圧が押し返す。
「うっ……!」
観客席から歓声が湧いた。
「さすが生徒会!」
「結界系は新入生じゃ突破できないだろ!」
(くそっ……動けねえ!)
俺は必死に呼吸を整える。
ただ捕まって負けるなんて、嫌だ。
情けなくても、足掻かなきゃ――。
(……そうだ、俺の異能……!)
俺の異能、〈振動感知〉。
敵の動きを直接止める力じゃない。
でも、床や空気を震わせることで“位置”を探ることはできる。
目を閉じ、集中する。
足元の振動、空気の震え――。
「……そこっ!」
体を捻り、結界の最も弱い部分へ拳を突き出す。
光の陣がきらりと揺らいだ。
「ほう……?」
澪奈の目が僅かに細まる。
「無駄ではなかったか」
彼女が手をかざすと、陣形が再び強化される。
今度は完全に動きを封じられ、呼吸すら重くなった。
「ぐっ……! ……動け……!」
観客席で、彼は相変わらず冷静に見下ろしていた。
だがその口元が僅かに吊り上がる。
「虫けらなりに、抗う姿勢は悪くない」
その言葉に、悠真の心臓が一瞬だけ熱を帯びた。
(……まだ、終わらない)
澪奈が静かに歩み寄る。
「これ以上は危険だ。降参しろ」
「……っ、いやだ……!」
「無駄だ。君の力では、この封陣を破れない」
「それでも……逃げない!」
声が震えていた。
でも、その言葉だけは揺るがなかった。
観客席がざわめく。
「おい、あいつ……意外と根性あるぞ」
「でも勝てるわけねえだろ」
澪奈の瞳が僅かに揺れた。
ほんの一瞬、冷たい無表情がほころんだように見えた。
「……なるほど。
ならば、最後まで抗ってみせろ」
結界の鎖がさらに強く絡みつき、悠真の膝が床についた。
全身の力が抜け、視界が霞む。
「勝負あり。勝者――桐生澪奈」
審判の声が響く。
観客席から拍手と歓声。
俺は床に手をつき、必死に息を整えた。
(……負けた。
でも、立ち向かった。最後まで)
隣の観客席で、“王”の瞳が静かに光っていた。
「よくやったな、悠真」
その一言が、全てを救った気がした。
◆キャラクター紹介(第19話)
【桐生 澪奈】
生徒会書記。結界系異能〈封陣結界〉の使い手。
今回:悠真を圧倒するが、彼の「最後まで逃げない姿勢」を評価。
【日向 悠真】
Dランク新入生。
異能:〈振動感知〉。結界の弱点を一瞬突くが、突破はできず敗北。
今回:敗北するが、決して降参しなかったことで観客の印象を変える。
【主人公】
観戦者。悠真の抵抗を「悪くない」と評価。
彼にしか見えない価値を感じ、わずかに微笑む。
【神威 蓮司】
生徒会長。対戦カードの仕組みを操作し、悠真を使って主人公を揺さぶる。