疾風会の影
放課後の学園は、夕陽に染められていた。
長い廊下に伸びる影が赤く揺れ、外から吹き込む風は熱を帯びている。
隣を歩くのは、例のゼロ判定の“王”。
彼の名はすでに学園中に響き渡り、恐怖と畏怖が入り交じった視線が絶えず突き刺さる。
それでも堂々と歩く姿は、やはり異質だった。
(……やっぱり、この人は別格だ)
「やあ。珍しいな、こんな時間に」
不意に声をかけられ、俺は肩を跳ねさせた。
廊下の先に、一人の上級生が立っていた。
背筋を伸ばし、制服をきっちりと着こなす姿。
柔らかな笑みを浮かべているのに、近づくだけで空気が張り詰めた。
俺は無意識に息を呑む。
「……誰だ?」
隣の“王”が低く問う。
青年は微笑を崩さずに答えた。
「ただの休養中の生徒だよ。今は表に出られない身でね」
曖昧な言葉。だが、その声音には奇妙な重みがあった。
「君がゼロ判定の新入生か」
彼の瞳が主人公を射抜く。
値踏みするようでいて、どこか愉快そうに見つめている。
「ふん……そうだとしたら?」
「なるほど。やはり、只者ではないな」
さらりと言うその声音には、確信めいたものが宿っていた。
まるで“王”を初めから知っているかのように。
「そして君も……」
彼は今度は俺を見た。
「日向 悠真、だったな。怯えはあるが、逃げてはいない。
……その姿勢は、評価できる」
「っ……!」
胸が熱くなった。
彼の言葉には、嘲笑がまるでなかった。
ただ、事実を見抜き、その価値を認めるような声音。
「さて、邪魔をしたな。続きを楽しみにしているよ」
そう言って、彼は廊下を去った。
残されたのは張り詰めた空気と、胸のざわめき。
「……誰なんだ、あの人」
思わず呟く。
隣の“王”は低く答えた。
「虫どもとは違う。骨のある気配だったな」
それ以上は語らず、歩き出す。
俺も慌ててその後を追った。
二人が去った廊下の影。
そこに氷室拓真が現れる。
「……わざわざ姿を見せるとは、らしくないですね」
青年は微笑を崩さずに振り返った。
「氷室か。やはり見ていたか」
「当然です。あなたが現れれば、疾風会の均衡は揺らぐ」
「復帰はまだ許されていない。分かっているさ」
彼――篠宮 智真は、肩を竦めた。
「だが……あの少年には興味がある」
「……ゼロ判定の新入生ですか」
「ああ。久しく忘れていた“王の気配”を纏っていた。
……退屈しのぎには、悪くない」
氷室の瞳がわずかに揺れる。
しかしすぐに冷徹さを取り戻した。
「ならば俺が証明します。真に頂点に立つのは誰かを」
「楽しみにしているよ、氷室」
そう言い残し、篠宮は再び廊下の影に姿を消した。
残された冷気だけが、二人の会話の緊張を物語っていた。
◆キャラクター紹介(第13話)
【篠宮 智真】
ランク:A(現在は休養中、復帰できない事情あり)
性格:温厚で礼儀正しい。人心掌握のカリスマ。
今回の描写:主人公と悠真には「正体不明の休養中生徒」として接触。
氷室との会話で初めて「疾風会リーダー」であることが明かされる。
【氷室 拓真】
ランク:B
立ち位置:副将。冷徹な秩序主義者。主人公を「正しく潰す」と宣言。
【日向 悠真】
ランク:D
今回の描写:智真に「逃げない姿勢」を評価される。
弱い自分でも認められたことに戸惑いと誇りを覚える。