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隣に座る理由

凰嶺学園の空気が変わったのは、ほんの数日の出来事だった。

最初はただの笑い種だったEランクの新入生が、疾風会を潰し、氷室拓真と真正面から言葉を交わした。

その噂は、まるで火の手のように広がり、学園全体を飲み込んでいった。


「ゼロ判定って聞いてたけど……本当は測定不能らしい」

「氷室とやり合ったんだって? マジで?」

「いや、まだ戦ってはいない。ただ……氷室が一目置いてたらしいぞ」


廊下の隅で囁かれる声が耳に刺さる。

視線が痛い。

それは俺に向けられたものじゃない。

隣に座る、あの少年に――転生魔王なんて知る由もない、

ただのEランクに見えている彼に注がれている。


(……やっぱり、俺は場違いだ)


そう思うのに、足は勝手に教室へ向かっていた。




教室に入ると、視線が一斉に集まる。

けれど、その中心にいる本人は何一つ気にした様子もなく、堂々と席に腰掛けていた。


まるで王座にでも座るように。


「おはよう」


声をかけてみる。

返ってきたのは、低くも威厳に満ちた声だった。


「ふん……騒がしい虫どもだな」


それだけ言って、窓の外に視線を逸らす。

相変わらずだ。

あの人は、周囲の空気なんて気にしない。

Eランク? 最弱? そんなレッテルは一切通用しない。


俺とは、違う。




授業が始まっても、心はざわついていた。

ノートを開いても文字は頭に入らない。

気づけば、昔のことを思い出していた。


俺はいつだって「弱い」と言われ続けてきた。

スポーツも勉強も中途半端。

喧嘩なんか一度も勝てたことがない。


「お前は守られてばっかりだな」

「日向は後ろに隠れてろよ」


そんな言葉が積み重なって、いつしか自分でもそう信じるようになった。

――俺は弱い。だから、誰かの隣にいても足手まといにしかならない。


その意識は、凰嶺学園に来ても変わらなかった。

むしろ、Dランクなんて中途半端な適性は、笑い者になるには十分だった。




でも。


隣に“あの人”が座っていたから、まだ救われていた。


Eランク――いや、“ゼロ判定”。

最弱と烙印を押されながら、王のように振る舞う彼。

笑われても気にせず、むしろ嘲笑を返すような態度。


初めて会ったとき、俺は無意識に声をかけていた。

「弱い者同士、仲良くしよう」なんて。


今思えば失礼極まりない。

でも彼は、突き放しながらも拒絶はしなかった。

あの瞬間から、俺は救われていたんだ。


(……だから、俺は隣に座り続ける)


たとえ何もできなくても。

彼の横で笑われても。

それでも構わない。




昼休み。

教室を出ると、数人の生徒が俺を呼び止めた。


「なあ、お前……なんでまだゼロ判定と一緒にいるんだ?」

「怖くねえのか? いつか巻き込まれるぞ」

「氷室とぶつかるなんて言われてんだ。普通なら距離置くだろ」


痛いところを突かれる。

確かに、その通りだ。

氷室と敵対する存在の隣にいるなんて、自殺行為に近い。

俺が殴られるのも当然だろう。


でも――


「……放っとけよ」


それだけ言って、歩き去った。

背後で「馬鹿だな」と笑う声が聞こえた。


(分かってるよ。俺が馬鹿だってことくらい……)


それでも、心は揺らがなかった。




放課後。

机に突っ伏したまま眠っていた彼が、ふと目を開けた。


「……ふん、また虫どもが騒いでいるな」


「はは……そうみたいだな」


自然と笑ってしまう。

なぜだろう。

周囲の噂や恐怖がどれだけ膨れ上がっても、この人は変わらない。

その堂々とした姿勢に、俺は少しずつ勇気をもらっていた。


(俺は……弱いままだ。

でも、それでもいい。

せめて、あの人の横で見ていたい)


そう決意したとき、心の中のざわつきが少しだけ静まった。




夜。

寮に戻り、一人になっても考えていた。


氷室拓真。

彼とあの人が戦うことになるのは、もはや時間の問題だ。

秩序と王。

ぶつかれば、学園は大きく揺れるだろう。


そのとき、俺は何ができる?

答えは、何もない。


でも――


(俺は逃げない。

最弱の俺にできることなんて限られてる。

それでも隣に立って、支える。

足手まといでも、情けなくても……俺は、俺なりに)


暗い天井を見つめながら、そう心に刻んだ。




◆キャラクター紹介(第12話)


【日向 悠真ひなた・ゆうま

ランク:D

異能:振動感知センス・バイブレーション

今回の立ち位置:主人公を尊敬しつつも劣等感に苛まれる。

「俺は弱い。でも、それでも隣に座り続ける」という決意を固める。


【主人公(転生魔王)】

ランク:E(測定不能)

今回の描写:悠真視点から見た孤高の王。周囲の恐怖や噂を意に介さず、堂々と存在感を放ち続ける。


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