氷室拓真の誘い
放課後の校舎は、ざわめきの残滓を抱いていた。
昨日から続く噂――疾風会が壊滅したという話題は、いまだ生徒たちの間を駆け巡っている。
「Eランクのゼロ判定が、五人をまとめて潰したらしい」
「しかも最弱の技で……?」
「やばい、あいつ絶対ただのEじゃない」
廊下を歩けば、隠すつもりのない視線が突き刺さる。
好奇心、恐怖、侮蔑、憧憬。
どれも下らぬ。
王の歩みに、雑音は必要ない。
我は無言で教室を後にし、夕陽の沈む学園を一人歩いていた。
裏庭へ向かう途中――声がした。
「待っていたよ。ゼロ判定の新入生」
冷ややかな声。
振り返れば、そこに立つのは一人の青年だった。
鋭い眼光、整った顔立ち。
纏う空気は、ただ者ではない。
制服の着崩しすらなく、規律を体現するような立ち姿。
「……氷室 拓真、か」
名を呼ぶと、青年は僅かに口角を上げた。
「光栄だな。俺を知っているとは」
氷室 拓真――疾風会の副リーダー。
昨日、暴走した五人を自ら粛清した男。
名は既に学園中に響き渡っていた。
「誤解されがちだが、疾風会は本来、無意味な暴力を振るう集団ではない。
リーダー不在の間に愚か者が増えただけだ。……それをお前が一掃してくれた。
むしろ礼を言いたいくらいだ」
「ほう」
「だが――」
氷室の瞳が鋭さを増す。
「お前の存在は、あまりに異質だ。
ゼロ判定でありながら、あの力。
このまま放置すれば、学園の序列が乱れる」
言葉には圧があった。
威嚇と同時に、評価も含まれている。
「だから俺は提案する。
お前が疾風会に入れ。俺と共に、この学園を支配するんだ」
(……なるほど)
我は心中で鼻を鳴らした。
氷室の言葉は、勧誘の形を取っている。
だがその本質は挑発だ。
従え、と言っているのだ。
氷室という枠の中に収まり、力を貸せと。
「支配、か」
我はゆっくりと歩み寄り、氷室の前に立った。
「勘違いするな。
我は従う者ではなく――従わせる者だ」
夕陽の残光が瞳に宿り、空気が凍り付く。
氷室は眉を僅かに動かし、しかしすぐに薄笑いを浮かべた。
「……そう来るか。だが、その傲慢さ、嫌いじゃない」
二人の間に、見えぬ火花が散る。
「いずれ、序列戦で相まみえるだろう。
その時に分かる。どちらが王にふさわしいか」
氷室の声は冷ややかでありながら、熱を帯びていた。
ただの敵意ではない。
認めざるを得ない力を感じ取った上での宣告だ。
我は口の端を吊り上げ、静かに言葉を返す。
「楽しみにしておけ。
その時、貴様は知るであろう。
真なる王とは誰かを」
氷室は一歩後ずさり、踵を返す。
その背中は自信に満ち、冷徹さを湛えていた。
「……ならば、その日まで強くあれ。
弱者と同じでいるなら、俺の相手にすらなれない」
残された言葉は、挑発か、それとも期待か。
いずれにせよ――運命は確実に交わる。
夕闇の学園に、静かな風が吹いた。
◆キャラクター紹介(第11話)
【氷室 拓真】
ランク:B
異能:氷結系(詳細は未公開)
性格/立ち位置:冷徹で知略を持つ副リーダー。疾風会を正しい姿に戻すために動く。
主人公を「異質」と評し、勧誘の形で挑発。
【主人公(転生魔王)】
ランク:E(測定不能)
今回の立ち位置:氷室の勧誘を即座に拒絶し、「従う者ではなく従わせる者」と宣言。
両者の対立は不可避に。