最弱の転生者
黒雲が垂れ込める春の空の下――
高く聳え立つ鉄と大理石の門が、まるで異界の入口のように睨みを利かせていた。
その名も 凰嶺学園。
国家が異能者育成のために設立した特別機関であり、法の外側に存在する巨大な要塞。
学園都市そのものが一つの独立自治区のように扱われており、
そこに住む市民たちさえ「異能者という怪物の飼育場」と囁く。
ここに足を踏み入れることは、社会の頂点に立つか、
あるいは奈落へと堕ちるか――その二つに一つしかない。
正門をくぐる新入生たちは皆、昂然とした面持ちで自らの未来を信じていた。
煌びやかな制服、意気揚々とした足取り。
幼き頃から異能を誇りとし、今まさに社会へ証明する日が来たと胸を張る者ばかりである。
だが、その群れの中に、一人だけ異質な存在があった。
「……ふん。見事な虫籠だな」
低く響く声。
その口調は尊大で、どこか人を見下す威圧を孕んでいた。
言葉を発した少年は、特別目立つ容姿ではない。
整った顔立ちに健康的な体躯――ただの新入生の一人に過ぎぬはずだった。
だが彼の心の奥底には、誰も知らぬ真実が潜んでいる。
――かつて異世界において「魔王」と呼ばれた存在。
幾多の勇者を打ち砕き、世界そのものを掌握しかけた覇者。
その魂は、病弱な少年の身体に転生し、いま再び人の世に甦ったのだ。
転生先の少年は生来虚弱で、ろくに学校に通うこともままならなかった。
だが魔王としての魂が目覚めた瞬間、病は霧散した。
今では健康そのもの、むしろ常人を凌駕する肉体を宿している。
彼は新たな舞台に立ち、笑みを浮かべる。
「我が余生を過ごすには、なかなか退屈せぬ檻よ」
周囲の新入生が思わず振り返る。
その尊大な口調に、眉をひそめる者もいれば、面白そうに嗤う者もいた。
入学の儀式の一つとして行われる 適正検査。
全ての新入生は順番に舞台へと上がり、魔力を測定する水晶に手を触れる。
その数値によってランクが決定され、今後の立場が一生左右される。
国家にとっても極めて重要な儀式であり、教師や生徒会役員が監視する中で進められる。
「次、受験番号二一八――」
番号を呼ばれ、少年は舞台に上がった。
ざわめく観客席の視線をものともせず、彼は悠然と水晶に手をかざす。
水晶は青白く輝き、通常ならすぐに数値を示す。
だが――
「……?」
数秒、十数秒。
水晶は沈黙したまま、微かに軋む音を響かせただけだった。
観客席がざわつく。
「何やってんだ?」
「壊したのか?」
「いや……反応がない……?」
試験官が渋い顔をして口を開いた。
「……判定不能。記録上は――Eランクとする」
その瞬間、場内にどよめきが走った。
「E!?」
「ゼロ判定だってよ!」
「ウソだろ、ただの人間か?」
嘲笑、驚愕、失望。
新入生たちの視線が一斉に少年へと突き刺さる。
舞台の中央に立つ彼は、しかし不敵に笑みを浮かべていた。
「……ふむ。やはり貴様らの尺度では測れぬか」
(当然だ。我が魔力はこの世界の理に収まるものではない。
ならば――最弱の仮面を被り、頂点を掴むのも一興よ)
少年――転生魔王は、観衆の嘲りを浴びながら静かに笑った。
その様子を見下ろす二人の影があった。
壇上に立つ壮年の教師、嵯峨 玄道。
険しい皺を刻んだ顔は一切の情を捨て、冷徹に制度を運営する監督官。
そしてその隣に佇むのは、凰嶺学園生徒会長にして序列第一位――神威 蓮司。
冷ややかな双眸が少年を射抜く。
一瞬、その視線に興味の色が宿った。
「……二度目でそれか。やはり、面白いな」
(ほう……この男、我が異質さに気づいたか)
魔王の微笑みと、学園の王者の視線。
二つの影が交差し、新たなる物語の幕が切って落とされた。
◆キャラクター紹介(第1話)
【主人公(転生魔王)】
ランク:E(測定不能/ゼロ判定)
異能:不明(実際には“魔王の力”であり、学園の測定器では判別不可能)
性格/立ち位置:前世は異世界の魔王。転生後は健康体となり、尊大な魔王口調を崩さず。
学園社会では「最弱」と嘲られながら物語を始める。
【嵯峨 玄道】
ランク:教員(戦闘ランク不明)
異能:非公開(序列戦の監督官として公表されていない)
性格/立ち位置:壮年の教師。冷徹な制度執行者として、学園の秩序を守る存在。
【神威 蓮司】
ランク:序列第1位(S相当)
異能:不明(伏線として非公開)
性格/立ち位置:凰嶺学園生徒会長にして絶対的王者。
弱者を切り捨て、支配することを当然とする冷酷な支配者。