満ちゆく杯
十九話
さて、戦闘だ。後ろに下がった二組の二人を見送って正面の先生に向き直る。先生はまたも余裕そうにカップの紅茶を飲んでいた。砂糖結構入れるな……甘党なのかな?
「よい判断ですね阿賀刀真くん」
「お褒めいただき光栄です、先生」
俺達五人は二組の彼らが戦っている間に作戦を立てた。途中で奇襲することも考えたがそれより先生の攻撃パターンを読みとくことにした。見ていると先生の魔導具はティーカップ、皿、フォーク、スプーン……この4つだ。これを巨大化して防御したり攻撃したりしている、のだがその巨大化で気づいた点がある。例えば皿を大きくしている時、他の3つは基本的に巨大化しないのだ。つまり、4つのうち1つしか巨大化出来ず同時には出来ないのでは?ということだ。先ほど二組の子がナイフで攻撃をしたとき皿を大きくして防御した後、鞭の攻撃をフォークでいなしていたがこの時皿は小さく元の大きさに戻り、フォークが大きくなっていた。
「どれか1つを防御に使わせて巨大化させた後、もう一撃……あるいはもう二撃目の攻撃で防御が追いつかない状態にさせた、この瞬間を狙おう」
「なるほどな!……でもそう上手くいくのか?」
「なにも先生は俺達に自分たちを完膚なきまでに倒せ、なんて言ってなかったろ?一撃……一撃与えられたらいいんだ。なら一瞬相手の考えを上回れば出来るはずだ――」
「我に仇なす者の血を這え、ブラッド・ル・ミスコア」
グラスの割れる音が辺りに響き渡る。
始めに仕掛けたのはルベリクスさんだ。彼の魔導具による魔法で遠距離からの波状攻撃。溢れ出した血のような液体が礫となって先生に向かって飛んでいく。先生はそれを大きくした皿で防いだ。ルベリクスさんはそのまま大量の礫を飛ばす――そして先生の周りには防がれた液体が溜まっていく。
「我が血は揺らぐ炎と知れ、ブラッド・ラ・フェード」
溜まった液体が一つになり、塊となって下から突き上げる。だが先生はそれを今度はティーカップで受け止める。
「おや!いいですね!面白い魔法だ」
そう言って笑う先生はまだ余裕そうだ……しかし俺たちはその余裕を崩す必要がある。そう出来ると信じている。
「天より地を衝く刃!アロシェンド!」
ルゼインくんが上空から飛び降りるように攻撃を放つ。剣が輝きながら光を連れて一閃。大きな半月を描いたその攻撃は先生のスプーンによって防がれた。
「美しくて良い攻撃です!」
攻撃を防がれたルゼインくんは一度後方へ引き下がる。その隙に守道が先生の後ろから薙刀を大きく振るう。
「水流集え!この一撃で凪ぐ!水陣連斬!」
よし!決まった!
守道の水を纏わせた刃が連続して横に薙ぎ払われる。先生はそれをフォークで防いでいるが、巨大化はしていない……!なぜならルベリクスさんがこの間も礫を広範囲に飛ばして皿を巨大化させているからだ。そして守道の攻撃は水を纏っている……つまり――飛沫がある。これによって先生は目を一瞬瞑ることになる。
「やや!水を纏わせた攻撃……!素晴らしい!服が濡れてしまいますね!」
その飛沫に先生が目を瞑ると信じたその一瞬にかける。羽知瑠が召喚したパンダが静かに上空から大きな体を広げながら飛びかかる――
「我が獣よ……その爪を、その牙を、眼前の敵へ向けろ!召獣五式!熊猫!」
飛びかかったパンダが大きな両方の手を掲げてその爪を伸ばす。クロスさせた爪があと少しで先生の頭に一撃が入る――というところで先生は再びスプーンで防いだ――
「よくできた連携プレーです!素晴らし、「刺刺突咢」」
斜め上の、少しだけ目を見開いた先生の顔がやけにはっきりと見える。きっと1秒もない瞬間だった。
羽知瑠のパンダが飛びかかった時、俺はそのパンダの背中にいた。大きな体躯で自分の姿を隠して先生に近づいたのだ。飛び降りる音が聞こえないように、先生に気づかれないように慎重にその背から離れる。そして――
「ふむ……やられてしまいました……」
先生は両手を上げて降参だ、とひらひら振る。
その左腕の裾は――確かに切り裂けていた。