ゆきゆきて、春
一話目
門をくぐると膜を突き抜ける感覚があった。
学園に張られた結界の中に入ることを許されたよう
だ。
自分と同じように膜の中に同級生と思わしき人たちが
入っていく。桜並木は少し散っていて見頃は過ぎたようだったがそれでも俺たちを歓迎しているように感じた。
物珍しさに辺りを見回しながら歩くと門の向こうに校
舎が見えた。「ようこそ、魔法学園─[[rb:三花星 > ミカボシ]]学園へ」 案内役の上級生たちが口々にそう新入生たちに告げている。どうやら新入生一人に上級生一人がついてこの学園のことを教えるらしい。
「おーい阿賀刀真くん!あれ、来てないのかな?」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声の主の元に近づいてみると自分が着けている赤色のネクタイとは違う緑色を身に着けていた。自分を案内してくれる上級生だろう女子生徒に声をかけてみる。
「あの…」
「おーい阿賀刀真くん、いますか〜!」
「すみません…」
「変ね…やっぱりいないのかしら」
「すみません!!!!!」
「きゃあっ!?誰…っていうか、いつからそこに!?」
「少し前から話しかけてました」
ごめんね気づかなくて、と彼女は謝ってくれたが彼女はなにも悪くない。なぜなら、基本的に俺は影が薄い。これには理由がある、それは俺の中に神様がいるからだ。ある日この神様に出会い力尽きそうな彼を不憫に思った俺は助けるために霊力─存在する力をこの神様に渡し、俺の中にいさせることで消滅しないようにしている。
このせいで家族にも認識されることが危ういためいつもは魔道具である眼鏡をかけて霊力を補強しているのだが、あまりにも桜が綺麗だったので肉眼で見たくて外したのをわすれていた。
「はじめまして、私はあなたに学園の案内をする3年生の朝日奈真理よ」
横で二つに結んだ先輩の青い髪が風でなびく。
肌をなでる桜色の風は少し寒かった。
「阿賀刀真、です。よろしくお願いします…先輩」
名前を告げると先輩は微笑んだ。
「背筋を伸ばして?これから入学式なんだから!華々しい学園生活の始まりを目一杯楽しむためには最初が肝心よ?」
ハキハキとした声で先輩が話しかけてくれる。
溌剌としていて元気いっぱい、という感じの人だ。
「この学園はすごーく広いから私から離れないこと!迷ったら最後、2日は余裕で見つからないからね?」
「そ、そんなに…?新入生、毎年何人か死んじゃってないですか?」
「さすがに死んではないわよ?ただちょっとトラウマになるだけで…」
「精神的に死んじゃってるじゃないですか…」
そんな恐ろしい話をしながら歩いていると校舎が近づいてきた。
改めて校舎を見ると圧倒的で大きく感じた。
細部には模様のような物がある。おそらく呪文が書かれているのだろう。しかしそれらは校舎になじんでいてデザインの一部にしか見えず、なんとなくイメージしていた魔法学園とは違っていた。
「俺、魔法学園ってもっとおどろおどろしい感じだと思ってました」
「本の読みすぎ!でも確かに普通のおしゃれな校舎って感じよね。いろんなところに魔法や呪文がかけられてるとは思わないわ」
「どんな魔法がかけられてるんですか?守護魔法とか?」
「それもあるけど、意外とくだらない魔法もかけられてるわ。テストで成績優秀だった人にお菓子や花が上から降ってきたりとか、一人でにモップが走ってたりとか…」
「なかなか面白い魔法もあるんですね、もっと厳格なところだと思ってました」
「創立者がおちゃめな人だったみたいね」
そんな話をしながら入学式が行われる講堂へ向かう。これからはじまる学園生活に高鳴った胸の気持ちを、かけ直したメガネのフレームを触って落ち着かせる。道中では朝日奈先輩に
「ここは職員室!先生たちがお茶しばいてるわ!」
「こっちは中央談話室!誰かしらが集まってるわ!」
「この辺は購買!魔導具や魔導書、雑貨にお菓子…なんでもあるわ!」
などの主な施設を紹介してもらいながら進む。先輩テンション高いけど普段からこうなんだろうか?そう思いながらついていくと講堂に着いた。既に人がかなり集まっている。
「初めて1年の子の案内するから楽しくなっちゃった!
じゃあ、私は3年生のクラスのところに行くね」
「ありがとうございました、お世話になりました」
「あら、あと1年は一緒に過ごすのよ?これからもよろしくね」
じゃあね!と去っていく朝日奈先輩に礼をして席につく。
落としと視線に映った新品の靴がまるで自分のように見えた。これから幾度の経験を重ねては汚れて、磨いて─そうして一人前の魔法士になっていく。
メガネのフレームをかけ直す。正面を見つめる──
その先の未来に夢を抱きながら。
舞台の、幕が上がる




