プラリネット垣間クマー
二組、青沢賢臣
「きゃーーーーーーー!!?」
おれは今、危機的な状況にある。
具体的に言うと空にいる。いるというか落ちている。
……死ぬやん?いや死ぬってオイ!!!!訓練室からいきなり空に飛ばされてもどうしろと?死ねばいいとおもうよ?ふざけるなまだ今週のアニメ見てないんだぞ……!焦りから自分でもなにを考えたらいいかよくわかんなくなってきた……待て、この状況!アレじゃないか!?オタクとしては一生に一度は言いたいあの……!あのやつ!
「着地任せた!アー、ぶぶぶべっしゅッッッッッ!?」
普通におれ一人なので任せても無理である。知ってた。
地面に激突してローリングした。痛みとサマーバケーションしている……!どうやら飛ばされる前にかけた強化魔法がまだ効いてるみたいだ。体に怪我がないか触りながら調べるが見たところないので大丈夫だろう。それからここドコー?と周りを見回していると建物が見える。じゃあおれは市街地の方に飛ばされたのか……。
とりあえず立ち上がった。うーん、二足歩行や。これで行こう。
歩いていると交差点があった。人はいなさそうだなーとウロウロしていると大きな衝撃が体を揺らした。
「マンマミーア!?!?」
交差点の真ん中で体が一回転する。交通事故多発地域か?信号はお守り下さい!と倒れながら脳内でキレていると誰かが体を起こした。
「大丈夫か!?」
この声は……あっ!同じクラスの木野地君だ!なんでここに?と思いながらも木野地君は体を支えながら立たせてくれた。
「すまないな、まさか人がいるとは……」
「?どういうこと?」
「ああ、俺がぶつかったんじゃなくてアイツが」
そう木野地君が指さした先には――――――
ゴリラがいた。
えっゴリラ?なんで?Why?頭の中がはてなでいっぱいになりながらもなんとか整理しようとする。しかし、交差点の真ん中に佇むゴリラを見つめているとだんだん面白くなってきてまともに思考できない。無理だろ、こんなの。だってゴリラだし。
「あいつ、俺の魔法ピン持って逃げやがったんだよ……」
そういう木野地君はかなり疲れている。どうやら飛ばされたあとすぐにゴリラが現れ、木野地君の魔法ピンを強奪して逃走したのを追いかけてきたんだとか。怒涛の展開だ……おいたわしや木野地君……そう思うと動かねばという気持ちになった。
「木野地君、手伝いますよ」
「!いいのか?でも時間が……」
「なにいってんすか!仲間でしょう!それに二人で捕まえるほうが早いっす!」
「……!おう!ありがとな」
そう言って二人でゴリラのいる方へと視線を向ける。やつはまるで俺たちを挑発するかのようにピンを指で回して待っていた。木野地君にアイコンタクトを送ってお互いに頷く。地面のコンクリートに靴が擦れる音がしたのを合図に走りだす。街を駆ける俺たち&ゴリラ。当たり前だが、スピードが全く違う……!追いつけない!しかし姿が見えなくなるわけではなくあくまで一定の距離でやつは逃げる。時には信号機で回転したり、また時には曲がり角でジャンプして壁を走ったり。なんかあのゲームを思い出しちゃうな……!あのバナナの!新作が出たやつ!
「っは……!これ!追いつけるのか!?」
「わ、わかんない……っ!今んとこおちょくられてるだけ、っみたいっな感じ……っ」
どれだけの時間が経ったのか分からないがそろそろ心臓が限界だ……!一旦休戦を木野地君に申し出た。口から内臓とか飛び出しちゃうんじゃない?ってぐらいの疲労だ。
「っおえぇ……やっ、やっ……ぱっ普通に……!追いかけるんじゃっ無理そ、うですね……」
「……っは、そう、みた、いっ……だ、な」
そこら辺にあったベンチに腰掛ける。二人とも疲労困憊でグロッキーだ。息を整えながらやつを見る。うわ……全然余裕そう……なぜにそんなに走れるんだよ……ゴリラか?ゴリラだったわ……くそう。そう考えていると不意にゴリラはこちらを一瞥して去っていく。あれ?一定の距離をさっきまで保ってたのに……?まあ今ここにいられてもさすがに追いかけられないが。やつは建物の影の隙間に消えていった。
「っはー……悪かったな、巻き込んじまって」
「大丈夫っすよ、おれが自ら志願したんですから」
「喉渇いたな……この自販機、動くのか?」
木野地君が通りの自販機に近づいていく。しばらく自販機を観察していたがお金を入れるところがなくとりあえずボタンを押してみるとジュースが出てきた。そこは親切設計なんだ……ん?そう考えるとゴリラ魔法ピン強奪事件はかなり不自然だ。ベンチと自分の影を見つめながら考える……これもしかして訓練の一つなんじゃ?そう考えられるのなら、話が変わってくる。これが魔法の訓練なら魔法を使って解決するのでは?そして解決すればもしかしたら記憶の泡沫とやらが手に入れられるのでは……!
「木野地君!」
とりあえず考えたことを木野地君に話す。そういえばゴリラで吹っ飛んだから忘れてたけど、記憶の泡沫を手に入れるのがこの訓練の最初の目標だ。それをクリアしないと補習なのだ。それは困る……!
「確かにな、ならますます追いつかねえと……でもどうすればいいんだ?」
「ん〜〜〜」
まあそう簡単には思いつかない。のでとりあえず歩きながら探すことにした。しかし全然いねえ!市街地だから建物が多くて探せど探せど見当たらない。太陽の影は少しずつ動いている。踏み出す足に焦りが乗る。
「なあ、裕見かけなかったか?」
「え?ああ……いつも一緒におられるあの方っすか?」
「ああ……あいつ、俺がいない間ちゃんとやれてるか心配でな。まあ頭はいいから大丈夫だとは思うんだが、いかんせん突拍子も無い行動をとるからな……」
「おれは見てないっすけど……仲良いですよね~なんとなく分かるっすよ!これは幼ななのアレっす!あたしがいないとダメなんだから……!のやつっすよね」
「お、おう……?よく分かったな幼馴染なんだ。昔から家同士で仲良くてな」
「くー!萌えるっす!家同士が仲いい系幼馴染……!憧れのやつだ〜!やっぱりあれっすか?朝起こしに行ったり?」
「ん?まあそうだな、あいつは朝弱いから起こしに行ってたぞ?」
くー!萌え萌えのエモっす!と木野地君と芥江君の関係に萌えているとふと、木野地君が俯く。
「でも、俺がいないとダメ……なのはちょっとまずい気もしててさ。将来、ずっと一緒にいられるとは限らないし……そろそろ離れてやって一人でもあいつがやれるように突き放す、まではいかなくてもなんとかしないといけないんじゃないかって気がしてるんだ」
ビルの影が伸びていく。伸びた影は木野地君の顔をより一層暗くした。木野地君の瞳は少し潤んでいて影の中で光を放っている。……きっとすごく大切なのだ、芥江君が。だからこそ、大切だからこそ相手のためになにができるかを考えているのだろう。
でも――――
「おれは、」
「おれは芥江君のそばにいたほうがいいと思います。」
だって、きっと悲しい。もし、もし二人が離れ離れになったら、その時にもしものことがあったらきっとすごくすごく後悔する。今木野地君はすごく悩んで苦しい。だからこそ芥江君のためってとこしか考えられないのだ。ほんとはそこに木野地君のことも考えなきゃいけないのに。まだ二人のこと全然知らないけど教室で魔導具の授業を受けたとき、出てきた魔導具を眺めている木野地君に芥江君は本当に嬉しそうに一番に駆け寄ったのが思い出されて。そして食堂で楽しそうに話している二人は幸せそうだった。
だから――
「もし離れるときが来たとしても大丈夫なようにしたいのなら、その準備は二人でだってできると思うんです。なにかを始めるときは誰かに教わらないとできないから。お互いに教え合えば、一緒にいられるし。」
「――!」
影は少しずつ動く。太陽が位置を変えなくても、雲が遮らなければ。夜が来ても大丈夫。月が照らしてくれるから。
「……ありがとう、少し怖くなくなったよ」
そう言って木野地君は微笑む。もう瞳は輝きを包んでいた。