胡蝶の夢
十三話
「この木を動かしてみないか?」
「動かす……?ああ!移動魔法か」
最初に学んだ魔法である移動魔法をやってみることにした。木を動かせば地面になにか埋まっているかもしれない。
真野先生に教えてもらった通りに木を魔力で包むイメージをする……が、お、重い……!物の重さを魔力でも感じるのか……!一本の木を動かすにはかなり魔力を使いそうだ。
たぶん俺がまだ魔力の使い方が下手とか理由があるんだろうけど、これも訓練の一貫なんだろうな。そう思いながら少しずつ木を動かすと、音を立てて木が空中に上がっていく。地中にあった根が見え始めた……!
「凄いね!」
「なんとかな!でも……」
とりあえず木を横に置いて元の場所を見ると、地中には硬い岩盤のようなものがあった。その中心に亀裂が入っている。
「これ、どうしたらいいんだ?」
「そうだね……割ってみるかい?」
「割るってどうやって……え」
裕也がおもむろに襟につけられたピンに手を伸ばす。そしてそれに魔力を流し込むと、剣が現れた。ということは、まさか……?
「剣で割るつもりか!?」
うん、と裕也は素直に頷く。いやいや、無理だろ!どう考えたって剣を叩きつけても割れるような硬さじゃない。逆に剣が割れてしまう。そう止めようとしたが、裕也は意外と強情で譲らない。
「できるさ、これくらい」
「そうかなあ……」
彼が身体に強化魔法をかける、と同時に剣にも強化魔法をかけ始めた。な、なるほど!その手があったか……!俺は無意識に強化魔法を身体にかけるものとして扱っていたが対象は別に自分の身体だけじゃなくていいんだ!称賛の目で裕也を見つめていると、彼は少し微笑んで後ろに下がりながら剣を構える。
そして――
「はあ……ッ!!!」
剣を構えた裕也が地中のひびにめがけて飛び、突き刺す。突き刺したひびから大きな岩が崩れるような音が鳴る。破片が飛び散る。少しずつひびが広がり、陽の光に照らされていく――輝きの中、柔らかな光を放つ泡沫が現れる。
や、やった……!これが記憶の泡沫!
大きな宝石のようなものの中から泡がふわふわと浮かんで、それを膜が包んでいる。
「うん、これが記憶の泡沫だろうね」
「ああ……!すごいな!」
「さあ刀真、早く触れなよ」
「え、ほんとにいいのか……?俺が先にもらっちゃっても」
「?そういう約束だもの、いいよ?」
そ、そうか……そういう約束だけどいいんだろうか?まあ、本人がいいって言ってるし……よし!もらってしまおう!俺が約束を守ればいいだけだ!
覚悟を決めて記憶の泡沫に手を伸ばすと膜が破れて中にあった泡たちが俺を包んでいく――――――
これは記憶だ。
誰かが泣いているのに手を伸ばせない。彼は障子の向こうで泣いている。寂しさに、うなされている熱に。すぐそばに俺はいる。でもその障子の向こうの彼の助けにはなれない。なぜなら俺はその障子の向こうに入れない、入る資格がない。自分の無力さに腹が立つ。ああ!俺に力があったら……!そうやって無力に打ちひしがれて手を握りしめる彼が何人もいる……いや彼じゃない、彼だけじゃなくて……。
顔が見えない彼は誰だろう