97.自己新記録
半壊したスライムから伸びた鋭い触手は、レヴィアラの背中に刺さり、腹からその先端が突き出ていた。
くそっ! まだ生きてやがったか!
剣を抜いた俺がレヴィアラに伸びる触手を斬り、そのままスライム本体に斬りかかる。
こいつ、核が回復……いや、再生してやがる。さっき蠢いていた両断された核の片割れは半球状から丸い球体に戻りつつあった。
その核を数回、斬り刻む。真っ赤な核は細切れになって、粘着性の液体がスライムの形を失い溶け始めた。
なんちゅう回復力だよ……。だが、そんな事より……。
俺は踵を返すと、レヴィアラの元に駆け寄った。
「おいっ! 大丈夫か!?」
床に倒れたレヴィアラの周りに血溜まりが広がっていく。腹には拳大の傷が見える。
レヴィアラの口のまわりには吐き出した血が付き、既に目は虚ろになっていた。表情は苦痛に歪むのではなく、何が起こったか分からず困惑しているという感じだ。
俺の呼びかけに反応し、レヴィアラの目が俺に向けられる。
「……どうした、の? ワタシ?」
「刺されたんだよ! 聞こえるか?」
レヴィアラがゆっくりと自分の腹を見て、また俺に目を向けた。
「あ……これは……もうダメ……だね」
レヴィアラが諦めたようにうっすらと微笑み、力なく言葉を続ける。
「もう……捨てて、行っていい、よ」
「バカか!? とにかくここから出るぞ!」
俺はレヴィアラを背負い、立ち上がった。細身の彼女の体は見た目よりも更に軽かった。そしてそのまま迷宮の出口に向かって駆け出した。
くそっ! 町までどのくらいかかる? 迷宮を出るまでは? どうやっても町までは二時間以上はかかるか?
頭の中で最短ルートと最速の手段を走りながら考える。
「もう……いいよ、ラドウィン。捨てて、行って……」
「バカ野郎! 諦めんな!」
レヴィアラが俺の耳元で呟くが、それを無視して全力で走る。
強化魔法を考えたが、強化魔法の効果は数分間。連続で使用すれば反動が返ってきて動けなくなる。かえってタイムロスになる可能性が高い。
「もう……いい、よ」
「おいっ! 勝手に諦め……」
レヴィアラの体から力が抜け、彼女の頭が俺の肩に乗る。俺の手に彼女の腹の傷から出る血が滴ってくる。
「おいっ! レヴィアラ! 起きろ!」
俺の声に反応が返ってこない。レヴィアラは気を失っていた。耳元で聞こえる彼女の呼吸がどんどん弱くなっていくのを感じる。
……かなりの出血だ。早くしねえと……。
ここで俺は腹を決めた。
強化魔法だ。ここで使わねえと、俺は絶対に後悔する。
反動? 関係ない! 強化し続ければいいだけだ!
俺は筋力と瞬発力に全振りした強化魔法を発動させた。
◇◇◇◇
前にグリハンに襲われて重傷を負った時に世話になったイオアトスにある治癒院。その待合室に文字通り、滑り込んだ俺は叫んだ。
「こいつを助けてやってくれ!」
その瞬間、俺の体を引きちぎるような激痛が走る。ここに来るまでに使った強化魔法は八回。今まで一日にそんな回数使ったことはない。
一回連続で使っただけで、しばらく動けなくなるぐらいの痛みが返ってくる。それが八回ともなると……、
「ぐあぁぁぁぁぁ――――っ!」
あまりの激痛で、俺はその場で気を失った。
◇◇
俺は治癒院の待合室の端っこにあるベンチの上で目覚めた。周りには誰もいない。
まだ全身の筋肉が固く引きつっていた。無理やり体を起こして、受付カウンターに向かう。思っていた以上にふらついてカウンターに寄りかかる。
カウンターの奥から白衣の男が現れた。
現れたのは白髪交じりのあの時の治癒師の男だ。俺の姿を見るなり声をかける。
「おっ、起きたみたいだね。すまんね、あっちの女の子の方が重傷だったから君は放ったらかしにしたよ。あっははは……」
呑気に笑う治癒師の男。
「で、レヴィアラ……あの女はどうだった?」
「ああ、彼女ね。かなり酷かったね。よく即死しなかったと思うよ」
「それで?」
「かなり危険な状態だったからね、治癒魔法をかけさせてもらったよ。あと解毒魔法も。傷はすぐに何とかなりそうだけど、毒はかなり厄介だね。完全解毒まではもう少し時間がかかるよ」
「そう……か。良かった」
「治療代は君持ちで大丈夫かね?」
「う……。そう……だな。とりあえず俺が払うよ」
痛い出費だけど、助けてやってくれと頼んだのは俺だ。あの女が金を持っているかどうか分からないが、とりあえず俺が一旦払うのが筋だろう。
支払いを終えると、強化魔法の反動の影響もあって全身の力が抜けて崩れ落ちるようにカウンターに寄りかかる。
元殺し屋のよく分からない女とはいえ、目の前で死なれるのはさすがに夢見が悪い。とりあえず助かってひと安心だな。
治癒師の男が俺の顔を覗き込むように聞いてくる。
「で、アレは何にやられた傷なの? あんな強力な毒を持つ魔獣なんて、この辺で聞いた事ないけど?」
「俺も初めて見た魔獣だ。迷宮にいたデカい…人間サイズのスライムだった」
「スライム? あの刺し傷がスライムの攻撃で?」
「ああ。触手みたいなのが伸びたんだ」
治癒師の男が腕を組んで考え込む。そして俺の顔に視線を戻した。
「ひとまずギルドに報告に行った方がいいね。その迷宮は立ち入り禁止にした方がいい。動けるかい?」
「何とかな……。とりあえず今からギルドには行くつもりだ」
「そう。じゃあ僕も急いで報告書を作るからギルドの職員に渡してくれるかい?」
「そうか。助かる」
「ところで……」
治癒師の男が興味深そうな笑みを浮かべ、尋ねてくる。
「あの娘は君の彼女かい?」
「違うわ! 知り合ったばかりの他人だ」
「そう。すごい美人さんだったからね。君も案外やるもんだな、と思ったんだけど違うのか。あっはは、すまんね」
治癒師の男は下世話な笑顔を浮かべながら、報告書を作る為に後ろの部屋へ下がって行った。
しょーもない事を詮索せずに仕事をしろよ。まったく。
こういったイレギュラーな事案があった時は冒険者は必ず冒険者ギルドへ報告する義務がある。
今回の事が異変かどうかはギルドが判断する事だが、その際に治癒師の報告書があれば、より詳細な情報が冒険者ギルドへ届けられる。
今回の場合は、俺からは未知の魔獣の出現場所と特徴を。治癒師からはその魔獣が持っていた猛毒の危険性、という感じの情報だ。
俺は治癒師が作った報告書を持って、冒険者ギルドへと向かった。
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