94.辞めた
レヴィアラと名乗った女殺し屋は俺の向かいの席に座り、ニヤニヤと笑顔を浮かべて俺の顔を眺めている。
何でコイツがここにいるのか、さっぱり分からねえ。もしかして俺を追いかけてこの町まで来たのか?
警戒して俺が体を強張らせると、レヴィアラは両手をひらひらと見せて、
「何もしないわよ。こんな所で暴れるほどバカじゃないわ」
レヴィアラが周りに視線を向けながら話す。
朝のピークを過ぎたとはいえ、このレストランにはまだ他の冒険者達がいる。どれだけの達人だろうがここで騒ぎを起こして、これだけの数の冒険者に一気に来られたら間違いなく取り押さえられるだろう。
レヴィアラがテーブルに置かれた食事用のナイフを手に取り、くるくると回し始める。
「言ったでしょ? ワタシはラドウィンに興味があるの」
「それだけの理由でわざわざイオアトスまで?」
「あら? ワタシにとっては充分な理由だけど?」
ますますワケが分からない。この女の狙いというか、目的が分からん。
そもそも何故俺がイオアトスにいる事が分かったんだ?
もしこの女の顔を見た事がある俺や、ハルバリを殺しに来たんだとしても、こうやって堂々と姿を見せるメリットは何もない。
この女についての色んな疑問が頭の中をよぎるが、レヴィアラは相変わらずニヤニヤと口角を上げて、ナイフを回している。
俺は最後のパンを口に放り込み、ジュースで流し込むと、改めてレヴィアラに問いかける。
「で、俺に興味があるのは分かったけど、何をしに来たんだ?」
「とりあえず、アナタとゆっくりお話しがしたいな」
首を傾けたレヴィアラは俺の目を見つめたまま、更に口角を上げる。
何も話さなければ理知的な雰囲気の美人だ。だけどその濃灰色の瞳からは感情が読み取れない。口元も口角は上がっているが、歪でちょっと病的な印象を受ける。
感情は読み取れないけど、その目から真剣さだけは伝わってくる。
「いや、俺は別に君と話したいことはない。それに前にも言ったけど、俺は殺し屋に興味はない。むしろ関わりたくない、避けたいと思っているんだが?」
「辞めた」
「え?」
「殺し屋、辞めたの。ワタシ」
俺の目を見つめたまま、無表情にレヴィアラが言い放つ。そしてその細い首にかかる冒険者認識票を見せる。
「ワタシ、冒険者になったの。ラドウィンと一緒よ」
「いやいや、待て待て。冒険者って言っても……」
レヴィアラの首の認識票はアイアンランク。つまり成り立ての新参者だ。とりあえず冒険者登録しましたって感じだろう。それに冒険者しながらでも殺し屋は出来るような気がするけど。
「とりあえずワタシの顔を知っている依頼人は全部殺して来たわ。だからもうワタシは冒険者なの」
待て待て待て……何? 顔を知っている依頼人を殺してきた? つまり……
「君が殺し屋だって知っている人間は……」
「ラドウィンだけよ」
レヴィアラがニヤリと微笑む。
嘘だろ? コイツに今まで何人の人間が殺しを依頼してきたかは分からないけど、顔を知っている人間全部って……。
「それは……冒険者になる為に?」
「そう。というより、完全に殺し屋を辞める為にね」
人を殺してきた事を、何の抵抗もなく話すレヴィアラに異常さを覚えずにいられない……。俺とは感覚が余りに違い過ぎる……。
レヴィアラがテーブルに頬杖をついて顔を近付ける。
「ねえ……それよりゆっくりお話するんだったら、場所を変えない?」
さっきから一応、お互い声のトーンは落としているが、周りに聞かれるとマズい内容ばかり話している。
更にパッと見美人のレヴィアラには、遠巻きにいる男冒険者どもの視線が注がれている。俺も出来れば早く場所を変えたい……というか、本音はこの女から離れたい。
けどたぶんこの女は何処までもついて来そうな気がする。
だったら一旦満足するまで話をして、それから離れた方がいいだろう。邪険に突き放すと余計に追いかけられそうだ。
とりあえず何処でこの女と話をするか、だが……。
人目がなくて誰にも話を聞かれない場所となると、町の外か。
何処がいいのか……。
俺の頭に一つの場所が思い浮かぶ。あそこなら人目もないし、自然に連れて行けるか。
レヴィアラに一つ提案してみる。
「今からクエストを受けないか?」
◇◇◇
俺と元殺し屋のレヴィアラが今いる場所はイオアトスから離れた遺跡群の迷宮の中だ。
俺とツァミが初めて出会ったのとは別の迷宮だ。この遺跡群にはいくつかの迷宮があり、大抵の迷宮では魔晶石が湧く。
俺とレヴィアラは魔晶石採取のクエストを受けて、この迷宮にやって来た。
迷宮に行くと告げると、そこからは何も聞かずに機嫌良さげについてくるレヴィアラ。
二人で入ったこの迷宮は全四層しかない。魔晶石は少なめらしい。とりあえず四層まで下りると、壁や床に魔晶石が湧いていた。
事前に聞いていたよりも魔晶石が多いな。これはこれでラッキーだ。
とりあえず湧いている魔晶石を採取していくことにする。
無言で採取を始めた俺に、レヴィアラが不思議そうに尋ねてくる。
「ラドウィンはいつもこんなクエスト受けてるの?」
「ああ。そうだ」
「飽きない?」
「飽きないね」
「ふぅん……」
不思議そうに答えたレヴィアラは見よう見真似で魔晶石の採取を始める。
サリーデで俺達を襲った時と同じようなナイフを使い、器用に床に湧いている魔晶石を切り出していく。彼女の腰には湾曲した刀が下げられている。
あの刀が主武器なのか。
レヴィアラが俺のその視線に気付き、ニヤリと口角を上げた。
「どうしたの? ラドウィン? ムラムラしてきちゃった? ここなら誰もいないね?」
「してねーわっ!」
と、突然変な事をのたまう元殺し屋の女。
今まで俺が全く出会った事のないタイプの人間だ。いい加減にして欲しいという気持ちと同時に、どうしてこの若さで殺し屋などという物騒な仕事をするようになったのか、という興味が湧いてくる。
魔晶石取りの作業をしながらレヴィアラに聞いてみる。
「ところで……どうして君は殺し屋なんかしていたんだ?」
コンコンと、レヴィアラの手元で鳴っていた魔晶石を切り出す音が止まる。
レヴィアラが身を屈めたまま、ゆっくりと俺の方に顔を向ける。初めてサリーデで彼女を見た時、あの店荒らしの男を背後から刺していた時と同じ冷たい無表情な顔で俺を見つめる。
「ラドウィンは知りたい?」
抑揚のない声でレヴィアラが俺に問いかける。レヴィアラの感情が読めない俺は視線を手元に戻して答える。
「別に……話したくないならいいよ」
咄嗟に、あまり踏み込んではいけない話題のような気がした。なのでそう答えたが、レヴィアラは少しの沈黙の後、
「あの時のワタシにはコレしか生きる術がなかったから……」
まるで自分に言い聞かせるように小さく彼女は呟いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
レヴィアラは一応、一般教養はあるけど価値観や優先順位が人とはだいぶズレているという感じです。




