90.フェスティバルフィナーレ②
たどり着いた町の外壁沿いは、町の中心地の人波が嘘のように人影がなかった。皆フィナーレの花火を見る為に町の中央に集まっているということか。
通りや路地に人影はないが、建物の屋上にはちらほらと人影は見える。
ミザネアが辺りに人影がない事を確かめる。
外壁の尖塔の扉には大きな錠前が付いていて、予想通り中に入るのは無理だろう。
ミザネアはどうやって上まで登るつもりなのか……。
「さ、ラドさん。行くわよ」
「行くって、どうやって……」
と、言いかける俺に応えず、ミザネアは魔法の詠唱を始める。
やっぱ土魔法か。ひょっとしたらとは思っていたけど……。
外壁近くの土が盛り上がり、地面から迫り上がった土壁が外壁に沿って階段状に並ぶ。
外壁の上まで繋がった土壁の階段に素早く乗り込むミザネア。
「さ、ラドさん! 人に見られる前に早く!」
「わ、分かった」
俺とミザネアはその階段を駆け上がり、外壁の一番上にたどり着く。高さは約二十メートルといったところか。
だけど外壁自体はそれほどの厚みはない。それに町には外壁よりも高い建物もあり、皆花火を待っているとはいえ、俺達が見つかる可能性もある。
一般市民ならともかく、憲兵に見つかると厄介だ。どの町でも大体そうだが、外壁の上は立入禁止で、登っただけでも罪になるからだ。
しゃがんだミザネアに倣って、俺も身を屈める。するとミザネアが鞄の中を漁る。
「……あった。これを使えば大丈夫ね」
ミザネアが鞄から取り出したのは巻物と呼ばれる魔道具。魔法や魔術を封じ込めているアイテムだ。
これを使えば魔法が使えない奴でも一度だけ封じられた魔法を使う事が出来る。
「ミザネア。それって何の巻物?」
「光属性の魔法よ」
「光属性? それをどうするんだい?」
「私達の姿を見えにくくするの」
見えにくくする? 光属性の魔法で?
どうやって?
いたずらっぽく微笑むミザネアが続ける。
「ねえ、ラドさん。ネルアリアさんと初めて会った時の事、覚えてる?」
「ああ。えっと、たしか……」
俺とツァミとミザネアが冒険者ギルドで話していて、いつの間にか隣のテーブルに居たんだよな。話に集中していたとはいえ、いつ来たのか全然気付かなかったのはハッキリと覚えている。
「ネルアリアさんはその時、この光魔法を使っていたの」
「光魔法で何を?」
「それは……」
ミザネアの説明ではネルアリアはあの時、光を屈折させる魔法を使っていたそうだ。
その作用によって、見る角度によっては姿がかなり見にくくなるらしい。
時々その魔法を使って、急に現れたように見せて人を驚かせているらしい。変人のネルアリアらしいイタズラってとこか。
光魔法の理屈は何となく解った。
次に出てくる疑問は、何故その光魔法を封じた巻物をミザネアが持っているのか、ということ。
正直、大した魔法が入っていない巻物でもかなりお高いと俺は記憶している。
ミザネアはかなりお金を持っていると思うけど、理由が分からなかった。
「でもどうしてそんな巻物を?」
「ネルアリアさんから貰ったの。この巻物は実験作なんだって。だからくれたのよ」
なるほどね。ネルアリアだったらやりそうだ。
「じゃあ使うわね」
ミザネアが巻物を広げ、封じられていた魔法を解放する。
巻物がほのかに光り、柔らかな光が俺達を包んだ。
ホントに見えにくくなったのか?
手を見てみると、何となく輪郭がぼやけているように見える。
「離れるとほとんど見えないらしいわよ。でも横からとか見るとあんまり変わらないんだって」
「じゃあ、町の方向からは俺達はほとんど見えなくて、同じように外壁に登っている奴からは見えるってこと?」
「たぶんそうだと思う」
結構大ざっぱだな。まあ憲兵にさえ見つからなければいいわけだし、これでエエか。
不意に夜空が明るくなり、少し遅れて花火の破裂音が届く。フェスティバルのフィナーレ、花火の始まりだ。
「わぁぁ、始まったよ。ラドさん!」
「ああ」
ミザネアと二人、地べたに腰を下ろして夜空を彩る花火を見上げる。
大陸一のフェスティバルの花火だけあって、その規模はかなりのものだった。
まるで昼のように町を明るく照らし、色とりどりの花火が夜空を彩る。
俺の隣でミザネアは子供のように無邪気な笑顔を浮かべて夜空を見上げていた。
俺も視線を空に戻して、見事な花火を見上げる。
っ!?
ミザネアの頭が不意に俺の肩に触れた……いや、置かれた。俺に寄りかかって肩の上に頭を乗せてきたのだ。
ミザネアの髪からいい香りがしてくる。
ちょっと待て……。これはイイ雰囲気というヤツなのか!?
いや、そんな訳ない! ただミザネアはもたれる所がないから俺の体に寄りかかってきているだけだ。
出来るだけ顔を真正面に向けたまま、視線をミザネアに向けると、ミザネアの顔が超至近距離で俺の顔を見上げていた。
髪色と同じ碧色の瞳が何か物言いたげに俺を見つめる。そしてゆっくりと眼を閉じた。
これはいいですよってこと? キスしていいですよっことぉ!?
イヤ! そうだとしてもそれはミザネアの本心じゃない! ミザネアはただフェスティバルと花火でテンションが上がって、その場の雰囲気に流されているだけに違いない!
何とかこの雰囲気を打破しなければ!
ハッと気付いた俺は自分の鞄を弄る。そして乱暴に引っ掴んだ物を取り出す。
宿から出る時に忍ばせておいた酒とツマミだ。それを手にミザネアに我ながらぎこちない笑顔を見せる。
「は、花火見ながらちょっと飲んでいいかい?」
「え? ええ。いいわよ……」
ミザネアの戸惑った返事が返ってくる。すぐにツマミのナッツの袋を地面に置いて、瓶に入った酒を一杯呷る。
やはり花火を見ながらの一杯は最高だ……と言いたいところだったが、至近距離にいるミザネアに緊張して、正直味はあんまり分からんかった。
ジト目のミザネアがそんな俺を見上げながら何か呟く。
「…………のにな……」
「え? 何?」
ミザネアの小さな呟きは花火の音にかき消されてほとんど聞き取れなかった。
そしてミザネアはいたずらっぽく微笑むと、俺が持つ酒瓶に手を伸ばす。
「ラドさん。私にもちょっと頂戴」
「え!?」
俺から酒瓶をひったくると、ぐいっと一口。そして首を傾けて俺の顔を覗き込むと、
「花火を見ながらのお酒は最高……よね?」
「ああ。そ、そうだね……」
満足気に微笑んだミザネアが、再び夜空を彩る花火を見上げた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
サリーデのフェスティバルには大陸中の花火職人が集まってきて、この技能を競いあっているという裏設定があります。




