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9.配達をお願いされる

 ミザネア達とヴァルタロフの卵採取のクエストをした翌朝、俺は宿の部屋で剣を見ながら落ち込んでいた。


「ウソ……だろ……」


 俺の愛用している剣、それほど高級ではなく何の変哲もない長剣。その刀身に多数のヘコみを見つけたのだ。

 昨日のヴァルタロフと戦った時に出来たヘコみだというのは間違いない。

 けど、俺はあの時この剣に強化魔法をかけていた。強化魔法をかけていたにも関わらず剣がヘコんだ事にショックを受けていた。

 強化魔法がかかった状態で剣をヘコませたって何年ぶりだ? くそ……でもまあ、それだけあのヴァルタロフの攻撃が強力だったってことにしよう。


 普通、冒険者はこまめに剣などの武器はメンテに出す。クエストに出る度にメンテに出す冒険者もザラにいる。持ち物や武器の不備は時として命に関わる。だからベテランになればなるほど、そのケアには余念がない。

 ところが俺は武器に関してはそのマメさが欠落している。それは強化魔法の弊害である。


 強化魔法をかけていれば少々のことでは剣は傷まない、という思い込みが俺をものぐさな人間にしてしまったようだ。

 反省はするけど落ち込まない。愛用の剣がヘコんだんだから直さないといけないし、今度からはもっと剣の状態に気を配ればいいだけだ。


 となれば切り替えて、剣を修理しに行かねば。

 イオアトスにある武器屋は一つしか知らない。とりあえず俺はヘコんだ剣を持って、この町で唯一知っている武器屋へと向かった。


 ◇◇


 少し奥まった路地の中にある小さな武器屋。訪れるのは実に十年以上ぶり。まだあるのかと心配しながら向かったが、俺の記憶そのままのベルアド武器店がそこにはあった。

 重厚な木の扉を開けて中へ入る。小さな店内には剣やら槍が壁に立て掛けられ、隅の方には鎧類も置いてある。ぱっと見は雑多な店内。他に客はいないが、店員もいない。けど店の奥から鉄を打つ音が聞こえる。

 カウンターから奥に向かって呼びかける。


「お~い! 誰かいませんか〜? バザフー!」


 カウンター奥の工房から聞こえていた音が途絶えた。そしてドタドタと足音が近付いてくる。


「すいやせん! お待たせしました〜」

「久し振りだね、バザフ」


 奥から出てきたのはガタイのいい褐色の口髭イケオジ。ゴーグルを外しながら俺の顔を見る。


「おおーっ! ラドウィン!? ラドウィンじゃねえか! ひっさしぶりだなぁ! おいっ!」

「元気そうだね」

「おうよ! どうしたんだ? 観光か?」

「いやいや、観光で昔馴染みの武器屋には来ないだろ」

「ハッハッ……違えねえ」


 この褐色のイケオジはバザフ=ベルアド。元々冒険者をしていたが、十五年ほど前に鍛冶師に転職して、このベルアド武器店を経営している。

 彼とは歳も近く、彼が冒険者をしていた時からの知り合いだ。

 前にイオアトスを拠点にしていた時は、ずっと彼が打った武器を使っていた。


 このベルアド武器店は小さいけど、バザフは腕の良い鍛冶師だ。上位ランク冒険者の顧客もけっこう多い。


 ついさっきまで鉄を打つ音が聞こえていたから忙しいんだろう。剣の修理頼んだら数日かかりそうだな。


「で、どうした? ラドウィン」

「あ、ああ。ちょっと剣をヘコましちゃってね」

「ほー、どれ? 見せてみ」


 腰に差していた剣を渡すと、バザフがすぐに刀身を確かめる。


「受け傷か。魔獣の爪か?」

「嘴だね」

「嘴? ヴァルタロフか?」

「おぉ! 正解」

「なるほど……よく生きてたな」

「森の中だったからね。木がなかったら今ごろ地面のシミになってたよ」

「ハッハッハ……分かった。じゃあ、何日か預かるが、いいか?」

「分かったよ」

「代わりの剣が要るんだったら、この辺に掛けてある奴だったらどれでもいいぞ」

「まあクエストを受ける予定はないけど、一応借りておこうかな」


 とりあえず腰に剣がないのは何か不安になるので、カウンターすぐ横の壁に掛けられている数本の長剣から借りる剣を選んでみる。選びながらバザフに声をかける。


「忙しそうだね。まだ一人でお店やってるのかい?」

「いや、いつもはバイトが一人いるんだが、休んでんだよ。今日は配達はあるし、急ぎの仕事はあるしでよ。かなりてんてこ舞いだな」

「そりゃ大変だ」


 バザフは俺の雑談に答えながら伝票を書いて、俺の名前を書いた札を俺の剣に引っ掛けてカウンターの横に立て掛ける。


「てなわけで、俺はまた工房に戻るからよ。剣選んだら勝手に持ってってくれ」

「ああ。分かった。忙しいのに邪魔したね」

「構わねえよ。これも仕事だ」


 すっかり冒険者じゃなくて、商売人だな。もう冒険者よりも鍛冶師の方が長くやってんだもんな。当然か。

 バザフが奥の工房に向かおうとして、ピタリと足を止めた。何かを思い出したようにカウンターに戻ってくる。


「ラドウィン! お前、クエスト受ける予定ないって今言ってたか?」

「え? ああ。言ったけど?」


 バザフの口髭がニンマリと笑う。


「ラドウィン。すまねえが、配達を一件頼まれちゃくんねえか?」


 ◇◇


 昔からの知り合いのピンチ。そりゃ手助けしてあげたいと思っていたよ。

 だから配達を頼まれた時は、あーまぁ配達一件ぐらいなら散歩がてら行けるし、軽く引き受けたんだけど……。


 今、俺の目の前にある建物は王国騎兵師団イオアトス支部。その剛健な建物が俺を見下ろしている。

 バザフから頼まれた配達先はこの王国騎兵師団の副団長宛て。

 いや、騎兵師団の建物に入るだけでも緊張するのに副団長って。バザフにそんな大物の顧客がいるなんて思いませんやん。


 前は王都にいたから騎兵師団本部も見たことあるし、騎士の人達も普通に王都を歩いていたりしたから知ってますよ。ちなみにこの国では騎兵師団員のことは騎士と呼びます。


 でも建物の中に入ったことはないし、騎士の方とお話したこともない。

 別に後ろめたいことがあるわけじゃないけど、冒険者というのは騎士の方々にはなんか一歩引いてしまうんだよね。

 イオアトス支部とはいえ、今俺はその建物の中に足を踏み入れようとしている。


 バザフから渡された木箱には書類が貼り付けてある。それを見せれば大丈夫ということなので、建物前にいる見張りの騎士に配達に来たことを伝え、その書類も見せる。


「うむ。ルキュア副団長宛てだな。中へどうぞ」


 こうして初めて騎兵師団の建物の中に入る俺。ついキョロキョロと色んな所を見回してしまう。

 通されたのは小さな応接室。そこで座って待つように言われたので、ソファで待つことしばし。

 扉が開いて一人の女性が現れる。動きやすそうな軽装だけど、ピッと伸びた背筋が騎士らしさを感じさせる。


「ベルアド武器店の使いの者ですね。ご苦労様です。王国騎兵師団副団長のルキュアと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。こちらで間違いないですか?」


 事前に聞いていた名前から女性ではないかと思っていたが、この金髪美女が副団長本人だったか。

 そのルキュア副団長に木箱の書類、そしてここに入る時に書いた書類も見せる。おそらく木箱の中身は大きさからして長剣だろう。ルキュア副団長は木箱の封を開けながら二枚の書類に目を向ける。

 そして一瞬手が止まると、俺に向かって視線を上げた。


 あれ? 何か変なことしたかな、俺。


 再びルキュア副団長が木箱を開けて、中の長剣を取り出す。幅広の両手剣。

 珍しい形の剣だ。確かベンゼルも同じような剣を好んで使っていたな。

 ルキュア副団長は無言のままその剣を鞘から抜いて刀身を確かめる。


「確かに……。間違いありません。わざわざありがとうございます」

「いえ。それでは……」


 深々とお辞儀して早々に立ち去ろうとする。こういう場所はやはり苦手なので。


「ラドウィン=ロングロッド氏。少しお時間よろしいか?」

「はい?」


 呼び止められると思ってなかったので、自分でもびっくりするぐらい間抜けな声が出た。さっきの書類で俺の名前が書かれていたからか。

 ルキュア副団長の切れ長の瞳が俺を見つめる。歳は二十代半ばぐらいだろうか。綺麗な金髪の美女が真っ直ぐに俺を見てくる。

 いや……密室に男女が二人きりなので変な疑いを掛けられる前に立ち去りたいんだけど……。


「呼び止めて申し訳ない。改めて……私はルキュア=オールレブと申します」

「えと、こちらも申し遅れました。私はラドウィン=ロングロッドと申します……え? オールレブ?」


 思わず顔を上げてルキュア副団長の顔を見る。あぁ……そう言われれば似てるわ。金色の髪とか切れ長の目とか。

 ルキュア副団長は軽く微笑み、言葉を続ける。


「弟のベンゼルがいつもお世話になっております。貴方の事は弟から聞き及んでおります」


 ベンゼル……騎士のお姉ちゃんがいたんだ。で、俺の何をこのお姉ちゃんに言ったんだよ。 

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


ここから第二章です。

これからも是非よろしくお願いします!

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