88.ちょっと距離が縮まった気がする
「そう……それは大変だったわ、ね。二人とも本当にありがとう」
深々と頭を下げるサフィア。
朝を迎えてカフェは営業時間となり、サフィアがカフェを訪れていた。
そしてカフェの一角で、俺とハルバリはサフィアに昨晩の報告をしていた。
「でもこれで今日の最終日は安心して営業出来るわ、ね」
「はい。とりあえず良かったです」
メイドカフェは朝から大盛況だ。他の店からも店員を増員して、周りではその店員達が走り回っていた。
サフィアが神妙な表情で、俺とハルバリに尋ねてくる。
「それで……殺された二人は食事会の時にピプロットの側にいた男で間違いないの、ね?」
「一人は間違いないです。俺とハルバリがハッキリと覚えていたので」
「……ウチはスマン。思い出されへん」
ハルバリはあの女殺し屋が言っていた通り、女殺し屋に会う少し前からの記憶を失くしていた。俺と二人でカフェの見張りをしていた所までは覚えているらしいが、その後に店荒らしが入って来た事と、追いかけて女殺し屋に遭遇した事は完全に忘れていた。
ずっと苦々しい表情のハルバリを見て、サフィアが声をかける。
「でもハルちゃんもラドウィンさんも無事で良かった、わ」
「でも殺し屋に狙われるって……」
「あの商会に恨みを持っている人は多いと思う、わ。それに……商会の中でも幹部同士がお互いの足の引っ張り合いをしているみたいだし、ね」
「なるほど……」
思った以上にあのピプロットという男のボルドン商会はヤバい所のようだ。
まあ、明日には俺はこの町を去るわけだからもう関係ないが。
サフィアが俺達から視線を外し、ニッコリと微笑む。するとその方向にいたティレイアが早足でやって来る。
「話は終わった? お姉ちゃん」
「ええ。終わったわ、よ」
「よし! じゃあ、ラドっち! ハルちゃん。行こっか!」
「行くって……どこへ?」
「最終日だよ! 思いっ切りフェスティバルを満喫するに決まってるじゃない!」
ティレイアはずっとこのメイドカフェで働いていたので、昨日も一昨日も昼間はフェスティバルを回っていなかったらしい。
今日はカフェも店員を増員させてティレイアは店に出ないということだから、一日中遊ぶ気満々だ。
ティレイアの視線の先には同じようにウズウズと様子を窺っているミザネアとツァミ。
「ほら! ミザネアとツァミちゃんも待ってるよ!」
待ってくれ……寝ずにこの店の見張りをしていた俺としてはちょっと眠りたいんだが……。
そこでサフィアが優しくティレイアに言葉をかける。
「ティレちゃん、ラドウィンさんもハルちゃんも昨日はこの店を守ってくれたの、よ? 少し休ませてあげて」
ナイス! サフィア! 俺はこの瞬間、サフィアが美しい女神のように見えた。
ミザネアとツァミもティレイアの隣にやって来る。
「おじたん、顔が疲れてる」
そうなんだよ、ツァミ。俺、疲れてんの。だから……ちょっと休ませて欲しい。
更にミザネアも言葉を挟む。
「そうね……ラドさんとハルバリは休んでもらって、私達だけで行きましょ? ね、ティレイア」
「う〜〜、そうなの? ハルちゃん、ラドっち」
「ウチは寝たい。体が重い」
「右に同じく……」
消極的な俺とハルバリの返事を聞いて、口をへの字に曲げたティレイアが諦めたように息を吐く。
「そだね。ラドっちはもういい歳だもんね。徹夜明けは寝ないとツラいだろうから……諦めるよ」
自分がおじさんなのは認めるが、改めて人に”いい歳”と言われるとちょっとヘコむ。
というわけで、俺とハルバリは宿に戻る事になり、ティレイアはミザネアとツァミの二人と一緒にフェスティバルを回る事になった。
ホッと一息ついた俺とハルバリに、ミザネアが声をかける。
「でも今日は最終日で、夜に花火が上がるらしいんで、それは皆で揃って見ましょうよ」
「そうだよ! よし! ラドっちとハルちゃんはそれまでしっかり休んでたらいいよ!」
チラッとハルバリの顔を見ると、俺と目が合い、すぐに逸らした。
「分かった。ほなそれで」
「うん。分かった。夜にまた合流しよう」
俺とハルバリはカフェを出て宿の方へと向かい、ティレイア達はフェスティバル最終日で盛り上がる町の中心地へと向かって行った。
◇◇
宿に向かう道中、隣を歩くハルバリが俺に話し掛けてくる。
「ちょっと聞いてエエか?」
「何だい?」
「何でウチだけ先に眠らされたんや?」
「それは……たぶんハルバリが獣人族だからじゃないかな?」
「何でや?」
「だって獣人族は俺達より鼻がいいだろ? だから香料がより早く効いたんじゃないかな?」
「なるほどな……」
ハルバリは俺よりも早く殺し屋に眠らされた事が悔しかったようだ。というか、覚えていない事で納得出来ない、といった感じだ。
ハルバリが俺の顔を見上げてくるので、俺が更に続ける。
「でもハルバリが先に眠らされたから、俺は殺し屋が何かしてきた事に気付けたしね。その点では感謝してるよ」
「覚えてないこと感謝されても嬉しないわ、ボケ」
と、キツい一言で返し、ハルバリは前を向いた。
ホントは同時に匂いを嗅がされたけど、直感的に俺が瞬時に息を止めたからだと思うんだけど……言っても誰も得しないから黙っておこう。
ハルバリが前を向いたまま更に聞いてくる。
「その女の殺し屋ってどんな奴やった?」
「どんな……か。変な奴だったな」
「顔とかは覚えてんか?」
「ああ」
俺が覚えている限りのその女の特徴を伝えると真剣な顔で、何かを探すように辺りの人混みに視線を向けるハルバリ。
「どしたの? ハルバリ。もしかして探してる?」
「そやな……たぶん見つけられへんとは思うけど……見つけたらボコらな気ぃ済まへん」
やっぱり悔しかったのか。
顔を覚えていない相手を探すのはさすがに無理だと思うけど、ハルバリの顔は真剣だ。
「俺も見つけたらハルバリに知らせるよ」
「逃げそうになったら、半殺しまでやったら許す。後はウチがやる」
「全殺しは駄目だよ?」
「殺し屋やったら別にエエやろ」
駄目だよ。現行犯の相手をやるならともかく、そんな事したらハルバリが犯罪者になっちゃうから。
そうこうしているうちに、宿が見えてきた。
「じゃあ、ハルバリ。また夜、花火の時に」
「ああ。また後でな、ラド」
そう言い残して、ハルバリは向かい側の宿へと歩いて行った。
…………今、俺の名前言ったよな?
初めてハルバリに名前を呼ばれたよ。
嬉しくなった俺は、足取りも軽く宿の部屋へと戻って行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
作者は昔から徹夜が出来ません。目をつぶれば一分以内に眠れる自信があります。




