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パーティーをリストラされたおじさん冒険者(46)は実は無自覚に最強でした〜そしておじさんなのに何故か無自覚にモテてしまいます〜  作者: 十目 イチ
第八章 護衛とフェスティバル

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86.殺す理由

 女の刺突が俺の肩口を狙って伸びる。それを剣で受けるが、女はその腕をすぐに引いて二撃目を放つ。反対の肩を狙った二撃目は体を捻ることで躱す。女の無手の左拳がまた顔面へと伸びる。

 さっきと同じような連携。息を止めているが、甘い刺激臭が鼻先に迫るのを感じる。

 パンチを躱し、再び距離を取る為大きく後方へと跳ぶ。充分な距離を開けて、大きく静かに息を吐き出した。


 女の左手に匂いの元があるな。

 奴の左手は常に俺の顔面近くを狙ってきている。


 ふぅ、と小さくため息をついた女が手に持ったナイフをくるくると回しながら、不満げに口を開く。


「全然攻撃してこないし、眠らないのね。何か時間稼ごうとか思ってない?」

「さあ? 君の攻撃に隙がなくて反撃出来ないだけだよ 」


 確かに女の言う通りだ。俺は反撃せずに女の攻撃を凌ぎ、時間を稼いでいる。

 時間帯は既に夜中だが、ここは路地裏。

 誰かがこの騒ぎに気付いて、ここに人が来ることを期待している。そうすればこの女は即座にこの場を離れると踏んでいるからだ。


 不満げな女の表情が意地悪そうな笑みに変わる。


「そう……。言っておくけど、しばらくここには誰も来ないから」


 こちらの狙いが読まれたか。でも何故誰も来ないなんて言い切れるんだ? 周りには民家が一杯ある。誰か一人ぐらいは気付くはずだ。

 女が笑みを浮かべたまま続ける。


「この辺りに消音効果の結界を張っているの。だから周りには何も聞こえていない。しばらくは誰も気付かない……」


 消音効果の結界……ね。なるほど、やられたね。

 つまり俺達のこの戦闘音は周りには聞こえてこないということだ。それは非常にマズいね。

 じゃあこの女をなんとか無力化しないと、俺はハルバリを連れて安全にここを立ち去ることが出来ないわけだ。


 ……だったら腹を決めるしかないか。けど……


「何故、俺を眠らせる必要があるんだ?」

「……なんでだろうね?」

「君が人を殺すところを見たからかい?」


 右手で弄んでいたナイフの動きが止まり、女の表情が固まった。


「そう……アナタとその赤い髪の獣人の()は見ちゃったからね」


 女が無表情に言い放つ。そしてその目に冷たさが宿る。

 

 女が再びフェイントを織り交ぜた不規則なステップで距離を詰めてくる。

 そしてそこから繰り出される刺突。


 たぶんだけど、強化魔法で視力も強化されていなかったらこの刺突は凌げなかったかもしれない。

 初動の動作が分かりにくい上に、速い。

 何とか動きが見えているので躱せているが、並の視力で初見だとしたら、対処するのはかなり難しいだろう。


 その刺突が俺の顔面狙いから軌道を変えて、足に向かう。足を引いて躱し、同時に水平斬り。

 身を屈めて躱した女がまた俺の足を狙う。


 狙い通りだ。

 その攻撃を躱さず、足裏をナイフの切っ先に合わせる事で防ぐ。靴裏に女のナイフが食い込む。そしてそのまま体重を乗せて踏み込んだ。


「ぐっ……」


 ナイフごと右手を踏まれた女が苦痛の声を上げる。が、その体勢のまま左拳を俺の顔面へと伸ばす。

 その拳を片手で受け止めた俺は、そのまま女の左腕を引き寄せる。剣を手放し、女の襟を掴んで右足で女の足を刈るように引っ掛ける。

 倒れた女の上に乗って馬乗り状態になった。同時に女の左袖から、手の平に収まるほどの小さな小瓶が落ちた。


 これがあの催眠効果のある匂いの正体か。中身は何かの香料で、恐らく魔術も込められているんだろう。


 女が体を起こそうとするが細身のこの女に、馬乗りになった俺の体を持ち上げる力はない。

 抵抗しようとする女の側頭部に拳を見舞うと、女の体から力が抜けた。


「まだやるか?」


 女は無表情のまま、上に乗った俺の顔を見上げる。


「ワタシを殺さないの?」

「殺されたいのか?」


 女は表情を変えず、俺から視線を逸らす。


「別に……どっちでも」


 何と言うか、覚悟が決まっているというよりも何もかも諦めたように女が呟いた。


「一つ、教えてくれるかい?」

「……何?」

「眠っている俺の連れは目を覚ますんだろうな?」


 女が驚いたように目を開く。そして笑みを浮かべると、


「ええ。小一時間もすれば目を覚ますはず。だけど眠らされた前後の記憶は無くなっているけどね」

「なるほど……」


 どういう理屈かは分からないが、そういう魔道具のようだ。あの小瓶は目撃者を殺さずに眠らせて、目撃した事を忘れさせる為に使う魔道具といったところか。

 だとしたらこの女は……


「君は殺し屋……かい?」


 女の顔から笑みが消えた。無表情に俺の顔を見上げる。そして無表情のまま口を開く。


「だとしたら……ワタシを殺す?」


 殺し屋か……。まさかとは思っていたけど、こんな若い女が殺し屋をしているなんて思いもしなかった。

 そういった事を生業にしている奴らがいるとは聞いていたが、実際に会った事はない。


 初めて会った殺し屋の女は無表情のまま、下から俺の顔を見つめている。


「殺さないよ。殺す意味がない」

「次に会った時はワタシがアナタを殺すかも」

「次にやっても俺が勝つさ」


 何の根拠もないけどね。今日俺が勝てたのも……


「君は俺を殺そうとしていなかっただろ? だから次も俺が勝つよ」


 女の目が大きく見開いた。そして薄く微笑む。


「そう……気付いてたんだ……」

「ああ。三十年も冒険者をやってりゃ、目と動きを見ただけで分かる」

「ふぅん……」


 この女殺し屋には最初から俺に対する殺意は感じなかった。

 攻撃は鋭かったが、どれも急所を外したものばかり。背後から男の心臓をひと突きに出来る人間が、殺そうとする相手にわざわざそんな事をする理由はない。

 だとしたら答えは、俺を殺すつもりがなかったから……ということだ。


 女は目を細め、口元に歪な笑みが浮かぶ。


「殺さないならどうする? もうワタシを押し倒しちゃっているんだし、ナニしちゃう? 好きに出来ちゃうよ?」


 妖艶な笑みを浮かべたまま、女の左手がゆっくり俺の顔に向かって伸びる。艶かしい指が俺の首元を撫でる。


 やれやれ……今度は色仕掛けか……。

 あいにくこんな状況でそんな気分になれるほど、俺の胆力は座っていない。


「却下」

「……つまんない」


 女はそっぽを向いて、頬を膨らませた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


☆評価はいつでもお待ちしていますので、よろしくお願いします!

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