75.沿岸都市サリーデ
御者台の高い位置に登っていたティレイアが声を上げた。
「おぉー! 見えてきたよ! サリーデだ!」
「おぉ〜」
その隣にいるツァミも感嘆の声を上げる。
このサフィア率いる行商の馬車は予定通り十日間の道程で、沿岸都市サリーデに到着することが出来た。
途中、魔獣との遭遇は数回。山岳地帯では山賊の襲撃にも遭ったが、一人の怪我人も損害も出すことなく、その旅路を終えようとしていた。
何事もなく十日間を終えたのは良かった。この十日間の護衛で二百万もの報酬がもらえるのだから本当にありがたいが、正直俺はあまり参加しなかったので、ちょっと申し訳ない気持ちもある。
襲撃を受けても基本的に馬車は足を止めない。止まると囲まれたり追いつかれる危険が増すからだ。
なので魔獣に襲撃された時はティレイア、ミザネアの高ランク魔術師コンビとツァミ。そして弓手のナディライが魔獣どもを蹴散らしていた。
俺はほとんど馬車の上から指示してただけ。直接戦闘は全然してない……。
ま、それは仕方ない事だしね。俺が活躍してたらそれだけ魔獣どもに近付かれたってことだし、それはミザネア達魔術師が優秀だったってことだしね。
イオアトスに戻ったら貰った報酬で少し贅沢でもしようかと考える。
だがその前に、サリーデのフェスティバルだ。
明日がフェスティバルの前夜祭で、本番は三日間行われる。護衛を受けた俺達五人はフェスティバル終了後にサリーデからイオアトス行きの馬車で帰ることになっている。
つまり前夜祭も含めると四日間も遊び回れるということなのだ。しかもその間の宿泊代は依頼人のサフィア持ち。
初めて訪れるサリーデのフェスティバルに少し浮かれ気味だが、俺以上に浮かれてしまっているのが目の前にいる。
「わぁー、とうとう来たのねー。何処から見て回ろうかなぁ〜。ふふ〜……楽しみだなぁ」
目をキラッキラに輝かせたミザネアが荷台の窓からサリーデの方を見つめながら声を上げていた。
この中でフェスティバルを一番楽しみにしていたのはこのミザネアだ。
彼女は楽しみを隠し切れない様子で、馬車の中でずっとソワソワしていた。荷台に戻ってきたツァミも表情こそ分かりにくいが、ミザネアと同じように窓から顔を覗かせて目を輝かせていた。
そしてハイテンションなハーフエルフ。こっちはまだ御者台に乗り上げて声を上げている。
「おおーぅ! 集まって来てるねぇー! 人がまるでホウキで集められたゴミのように沢山だよぉ」
言い方! けど確かに多い。昼過ぎだがサリーデの町の門には数多くの馬車や旅人が押し寄せていた。
これは俺達も町に入るまではだいぶ待たされそうだな。
◇◇
サリーデの門前に並んで受付を済ませた俺達の馬車はやっとサリーデの町へと入っていった。
町のメインストリートには数え切れないほどの馬車が、大河の如く流れていた。その両対岸には人が流れを作り、そしていくつもの露店が既に設置されていた。前夜祭の前日だが、もう営業を始めている露店も多いみたいで行列を作っている露店なども見える。
こんなにも人が集まるんだな、フェスティバルって。前に俺がサリーデに来た時はフェスティバルの時期じゃなかったからここまで人は多くなかったな。
ただ朝から晩まで魔獣倒しまくって、宿屋に戻って泥のように眠るというすごい三日間だった記憶しかない。ハッキリ言ってほとんど町の印象は全然記憶に残っていない。
女性陣はその活気に溢れる大街道を見て、更にテンションが上がっていた。
大街道を抜けて馬車は脇の通りに入っていく。しばらくして馬車はテントのある広場へと到着する。そこには数多くの馬車が停められてる。
俺達の馬車も停車して馬車を降りる。ここはフェスティバルに参加する商会などが、馬車が停める共同の馬車置き場だそうだ。
馬車を降りた俺達はサフィアの元に集まった。
「護衛の皆さん、今日まで護衛いただき、ありがとう、ね」
サフィアが護衛の俺達一人一人に感謝の声をかけていく。そしてそれぞれ今回の護衛の報酬を受け取ると、サフィアは迎えに来た側近の女性に声をかけて、再び俺達に話し掛ける。
「私はこれから明日以降の準備に向かいますので、ここでお別れとなります。フェスティバル中、皆さんが滞在する宿はこちらの者が今から案内致しますので」
側近の女性が小さくお辞儀する。
サフィアが更に続ける。
「明日の夜は前夜祭です。私どもでちょっとした宴を準備していますので、ぜひ参加してください、ね」
なんとも悩ましげな口調で俺達にそう告げると、サフィアはまた俺達の所に近付いて一人一人握手を交わす。
ディケイド、ハルバリと順に握手を交わすと、次は俺の前へ。
「ラドウィンさん。どうもありがとう、ね」
「いえ、こちらこそ」
「サリーデのフェスティバル、楽しんください、ね」
「はい。ありがとうございます」
そこでサフィアが不意に俺の耳に顔を近付けると、
「ウチで面白いカフェも出していますので、ぜひ遊びに来てください、ね」
そう小声で俺に耳打ちすると、ミザネアとツァミの方に向かった。
びっくりした……。綺麗な顔が急に近付いてきたからめちゃくちゃドキドキしてしまった……。
あの……ミザネア、ツァミ……ジト目でこっち見るの止めてもらえませんか? 俺は別に何も変な事はしていないので。
サフィアが立ち去った後、ティレイアとナディライが俺の元へとやって来る。
「ラドっち、お疲れ!」
「ラドウィンさん、お疲れ様でした」
「二人ともお疲れ。色々とありがとう」
「いえいえ、こちらこそ急な護衛の依頼を受けていただいて、本当に助かりました」
「ホント、ラドっちがヒマ人で良かったよ」
ヒマ人て……。それぞれの言葉で感謝を伝えてくる姉弟。
そういえば二人はフェスティバルの間はどうする予定なんだろうか? とりあえず聞いてみると、
「僕は店番ですね。サフィア姉さんは今回いくつかの店を出しているので、一緒に順に回っていく予定です」
「アタシはカフェでお手伝い! 絶対ラドっちも楽しめるから絶対遊びに来てねっ!」
と、二人も色々と商会の仕事を手伝うようだ。
そうこうしている間にサフィアは立ち去り、俺達は側近の女性に連れられて、宿屋へと向かった。
その道中、目をキラキラさせたミザネアとツァミが話しかけてくる。
「ラドさん、ラドさん! もう開いている露店とかもあるみたいですし、この後皆で見に行かない?」
「ツァミ、祭り、見たい」
「え? 二人は疲れてないの?」
「全然」
「こくり。だいじょぶ」
二人は散歩を待ちわびる犬のように顔を輝かせている。たぶん尻尾があったらすごい勢いで振ってるんだろうな。
こういう所でおじさんと若者の体力の差を感じてしまうね。
戦闘と行動で使う体力は別物、ということなのだな。
で、そんな二人の勢いに負けて、長旅の疲れを一旦宿屋のベッドで回復させたいというおじさんの野望は砕かれ、おじさんははしゃぐ二人に連れられて、フェスティバル前で賑わう町に繰り出すことになったのだった。
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作者が嬉しくて小躍りします。




